五章五節 - 萎花の記憶
雷乱は相槌をうちながら聞いていたが、全てを理解して覚えたとは思えない。どうも、うわの空で聞いている感じがする。
「何か質問は?」
与羽は全て話しきったところでそう尋ねた。
「……ない」
「…………」
与羽はこちらを見ない雷乱の横顔を見た。最初の「戦に出る」と言った威勢の良さが完全に消えてしまっている。
「……雷乱。本当は戦に出たくないんじゃないの?」
「そんなわけあるか」
そう言った雷乱の声に、いつものすごみはない。それだけ答えて黙り込んでしまうのも、彼らしくない。
うなだれる雷乱を見て、与羽は覚悟を決めた。
「……雷乱」
そう呼びかける。ためらいがちに。しかし、強い意志を持って。
「……何だ?」
与羽の緊張を感じたのだろう。雷乱の声は堅い。
「華金にさ、家族とかいないの?」
これは今までずっと聞けずにいたこと。
雷乱は自分から望んで与羽に忠誠を誓った。与羽も彼が自分のそばにいることを許した。
しかし雷乱は華金の出身。向こうでの生活があったはずだ。
与羽は華金にいたころの雷乱を知らない。聞いたこともない。
正直聞くのが怖かった。雷乱には彼の生活があったのに、それを与羽が奪ったのではないか。ずっと確認しようと思って数年がたってしまった。
「……いねぇよ。親戚くれぇならいるかもしれねぇが、一緒に住んでた家族は死んだ」
雷乱はだるそうにその場にあおむけに寝転がった。左腕を枕にし、足をだらしなく組む。
「オレんちは貧乏な下級――いや、下級なんて言うのもおこがましいようなどん底武士の家でよぉ。親父は敵国の王の首をとったってことで、いくらか優遇されてたが、――そうだな、もっとはっきり言うべきか。
親父は、お前の親父の首をとったことで、華金王に気に入られていた。
だが、親父はずっとそのことで苦しんでいた。あの時、何とかうまくお前の親父を逃がすことはできなかったのか、生かすことはできなかったのかってな」
「……雷乱」
「黙っとけ、全部話させろ」
遠慮がちに静止を促した与羽を、雷乱は天井をぼんやり眺めながらさえぎった。
「それを気に病んでいた親父は、オレが元服した翌日に腹を切った。『これ以上華金王には従えない、俺は中州の友に殉じる』ってな。まぁ、オレの親父らしい不忠実な死に方だよな。
で、それからオレの家族は貧しくなる一方だ。
オレの家には、おふくろと、二人の姉、妹と弟が一人ずついたが、弟は小さいころはやり病で死んだ。上の姉とおふくろは家族のために一日中働いたが、親父が死んで半年くらいでおふくろが、一年と少しで姉が倒れたな。
下の姉は美人でな。華金王の後宮に召し上げられた。だが、あそこには醜い権力争いと王の寵愛合戦があるからな。王は姉を気に入ったみてぇだったが、それが気に食わねぇ女どもにあっけなく毒殺された。まぁ、そのおかげで華金王から――奴にしたらはした金なんだろうが、残ったオレと妹にしたらそこそこまとまった金がもらえたけどよ。
妹は近所の貴族の家に奉公してた。
オレは戦があるって聞いたらわずかな金のために自ら志願して兵になったし、博打や用心棒もやった。力には自慢があったからな。大工の手伝いやったり、墓穴を掘ったり――。あぁ、首切り役人は人気がない割に稼ぎが良かったから好きだったな。あの頃のことは今でも夢に見るが……。
とにかくできる限りの手段で金を稼いだぜ。何とか妹だけは良い相手と結婚させて、マシな生活をさせてやりたかったからなぁ。そのためには支度金が要る。
はぁ、オレと妹の顔が逆だったらな。なんでオレがこんな顔で生まれて、妹が十人並みだったんだか」
雷乱は右腕で口元以外の顔を隠していたが、彼の容姿は覚えている。いつもは眉間にしわを寄せて気づかせないようにしているが、女顔だ。しかもそれなりに美人な部類に入るだろう。




