五章四節 - 雨煙と中州の作戦
「雷乱、入っていい?」
外からそう声をかける。
すぐに「……おう」という返事があり、与羽は慎重に戸を開けた。
部屋は四畳半。使用人棟の部屋の中では最も狭い部類に入る。
雷乱は小さな机の上に火のついた油皿を置き、その火で刀の手入れをしていた。
「……戦に、出るつもり?」
与羽はそう尋ねた。
「当たり前だろ。オレはお前に忠誠を誓ったんだ。お前を守らなくてどうする?」
雷乱の言葉に迷いはないように聞こえた。
「…………」
与羽はしばし言葉を探した。
『本当に大丈夫?』『無理しなくていいよ』『祖国と戦うのがつらければ――』
様々な言葉が脳裏を駆け巡る。与羽は口を開きながら、雷乱の目を見た。
「……じゃぁ、とりあえず今の状況を話しとく」
彼女の口から出たのは、そんな無愛想な言葉だった。
「ああ、頼む」
そう言って、手入れ中だった刀を脇にどけた雷乱の目には、強い覚悟の光があった。与羽の言葉は、そんな彼に戦をためらわせる言葉をかけるべきではないと感じたゆえのものだったのかもしれない。
「……うん」
そして与羽は、自分が聞いてきた戦の内容を丁寧に話しはじめた。
中州の行動は早かった。
華金の動向を詳しく探るため、比呼や太一のような間者がこっそりと華金と中州を行き来して情報を運ぶ。
少数精鋭の選抜隊は城下町の南部にある湿地帯に広がり、華金の軍を足止めする準備にかかった。まだ華金軍が中州に向けて進攻を始めたという話は聞かないが、先手を打って罠を仕掛けるのだ。
城下民はもちろん、城下町の近くに住む農民にも情報をまわし、城下町よりも北にある村や町に避難するよう促しもした。すでに、非戦闘員の半数以上は荷物をまとめ、北に住む知人や親戚を頼る準備をしているだろう。今日が雨だということもあるが、城下町はいつもよりひっそりとしている。
最終的には、町人の六割ほどが、中州城下町を離れるはずだ。残るのは、自分の店や家を守ろうと意気込む若者や、頼る当てのない人々、旅ができないほど体が不自由な人や老人だ。中州城下町には、地下に数百人規模で避難できる空間があるので、彼らはそこや城内にかくまわれる予定になっている。
与羽は中州の戦の仕組みから、作戦、兵の配置までつまびらかに説明した。
人数の差を補うために自分達のよく知った土地、ここ中州城下町を陸から切り離している中州川で迎え撃つこと。そして、万が一中州川入口の水門が壊れたら、鉄砲水が来て何もかも流されてしまうので必ず素早くあがること、など細かいところまで指示した。
最終手段として、わざと水門を全開放し、すべてを流す作戦もある。そして、この作戦はほとんど毎回使われていた。それだけ毎回中州が追いつめられるということだ。




