四章五節 - 夕暮と理想の国
「……悲しいな」
与羽はつぶやいてその想像をかき消した。
しかし、分かった。自分なら確実に相手を殺そうとは考えない。
今まで尊敬しか抱いていなかった歴代の城主に、明らかな嫌悪を感じた。
「私は、こんな奴らの血を継いどるんか……」
誇りに思っていた龍神の血。しかしそれは、ただの残酷で自己中心的な獣の血でしかないのかもしれない。
与羽は座った状態から後ろにばたりと倒れこんだ。天井をぼんやりと眺める。
「乱兄も、私の知らんところでこんなことやっとんかな……」
わからない。
「もう、いや……」
華金が攻めてくるかもしれないと知ってから、ずっと嫌なことしかない気がする。
好きな国が脅かされ、信じていたものを疑ってしまう。全てを失ってしまう恐怖感。
与羽は天井を眺めながらも、脳裏に理想の国を描いた。
人々が助け合い、みんなが笑顔で幸せに暮らす国。
ひと月前ならば、それは現実の中州とぴったり重なるものだった。しかし、今では理想と現実がぶれ、歪んで見える。現実を理想に近づけようとすると、その現実はさらにいびつに醜くゆがんでいった。
どれくらいそうしていただろうか。一番日の長い時期であるにもかかわらず、辺りは暗くなりはじめていた。
しかし、明りをつけるのさえ億劫だ。ずっとこうして寝転んでいたい。理想に浸って。
「与羽」
ゆらりゆらりと理想と、理想と一致していた過去の記憶の中を漂っていた与羽は、自分の名前を呼ぶ声で現実に引き戻された。
「入るよ」
与羽の返事を待たずに入ってきたのは辰海。
一日中様々な仕事を言いつけられ、夕方遅くになってやっと時間が取れた。
明りもつけずに畳に寝転がり、焦点の合わないうつろな目で天井を見つめる与羽を見て、辰海はどう思っただろうか。
ある程度は予想していたのかもしれない。
辰海は素早く持ってきた盆を机に置くと、机の隅に置かれていた油皿に火をつけ、与羽を抱き起した。不安定な体を、後ろから抱きとめるようにして支える。
「少し休みなよ。お茶とくだもの持ってきたから」
辰海が示した盆の上には、まだ湯気の立ち上る温かな緑茶と昨日与羽が買ってきたのと同じ桃、この季節には珍しいりんご。くだものはどちらも一口大に切って盛られていた。
手を伸ばそうとしない与羽に、辰海はりんごを一かけ楊枝で刺して自分の口に運んだ。わざとシャクリとおいしそうな音を立てて噛みしめる。
「ほら、おいしいよ」
今度は桃を食べる辰海。
「辰海……」
「なに? 与羽」
与羽がどんなに暗い声を出しても、辰海は明るい声を変えない。
「……何で笑ってるの」
与羽から辰海の顔は見えないはずだが、辰海は確かにほほえんでいた。




