四章三節 - 朝曇と問答
「私も、十分戦えますよ」
少し尖った声で言う与羽。
「たった二人しかいない城主一族を二人とも前線に立たせるわけにはいかない」
部屋のすみに座った武官第一位――九鬼北斗の声には、感情がこもっていない。事務的で、冷たくさえある。
その隣にややはなれて座る大斗は何も言わない。しかし、その表情から父の考えに賛成なのだと察せた。
「でも――」
「辰海と絡柳でさえ、前線には立たない。中州に必要な文官だからな」
――与羽なら、なおさらだ。
暗にそう告げられた。
「せめて、見るだけでも――」
「君の場合、見るだけじゃ済まないでしょ?」
乱舞でさえ、今ばかりは与羽の味方にならない。
「見せたくないんだ」
その苦しげな響きを感じ取れないわけではなかったが、与羽は折れなかった。
「でも――」
「与羽ちゃん」
卯龍が口調は穏やかに、しかし相手を威圧する雰囲気を持って話しかける。
そのまま、ずんずんと与羽へ歩み寄った。辰海が、不安そうに父を目で追ったが動けない。
「俺を見ろ」
命令口調に与羽は卯龍を見上げた。
与羽の目の前に立った卯龍は、まだ若さを保った顔に厳格な表情を張り付かせている。今まで与羽が見てきた誰の顔よりも厳しく、彼女を畏縮させた。
彼の白髪も老成した雰囲気をかもすのに一役かっているのだろう。
「見るだけで満足できるのか?」
「します」
満足はできないが、理性でなんとかするつもりだと告げる。
「戦に、お前の綺麗事は通用しない」
「……はい」
「俺たちは全員お前に参加してもらいたくない。その理由が分かるか?」
「私が、城主一族だから」
「違う。お前に見せたくないからだ」
卯龍の言葉を聞きながら、乱舞が悲しそうに頷く。
「戦は汚い」
卯龍は続ける。
「いくら理想と綺麗事を並べても、敵も味方も死ぬ。殺さざるを得ない。それでも見たいと言うのなら、これを写せ」
そう言って卯龍が放り投げてきたのは、墨で塗り潰したような黒い紙で表装された一冊の本。
「あ!」
辰海がそれを見て声を上げる。
「それを与羽に読ましちゃダメです! 父上」
「卯龍さん!」
無言で与羽を取り巻くやり取りを見ていた絡柳も腰を浮かせて、その本を取り上げようとする。
しかし、それよりもすばやく与羽が拾い上げた。
「……何の本ですか?」
「中州の歴史書だ」
卯龍が答える。
「ただし、表では語られない暗黒面だけをつづったもの。拷問、暗殺、生贄――。そんなことばかりを書き残してある」
拷問、暗殺――。
そんなものは華金のような、侵略のことばかりを考えている国だけのことだと思っていた。
歴史書を抱える与羽の腕がかすかに震えた。




