二章三節 - 宵口と鍛冶商人
「鍛冶屋、砥ぎ師――、九鬼傘下にある武器・防具関係の職人になら、つけで仕事をさせます。そうですね、三年――いや、五年なら待っても良いですかね。
まだ中州が相手国と決まったわけではないんですよね? それならば、起こるかどうかも分からない戦で国力を下げる必要はありません」
「九鬼はいつから商人になったんだ……?」
大斗が言っていることには裏がある。
中州城下町で最も有名な鍛冶屋と言えば九鬼だが、それだけで城下町中の鍛冶仕事を賄えるわけもなく、他にもいくつもの鍛冶や砥ぎ師などが存在する。そしてそれらはいくつかの集団をなし、そのひとつを武官筆頭九鬼家が統括していた。
彼らがつけで仕事をしてくれるならば、多くの武官は九鬼傘下の職人を頼るだろう。そして数年後、多くの金が彼らにおちることになる。
「まぁ、九鬼傘下には優秀な職人が多いから助かるには助かるが……。できるのか? たった今、思いつきで言っただろう?」
「やります」
大斗はきっぱりと答えた。できるできないに関係なく、絶対に行うと。
「お袋は根っからの商人で、俺にも商人の血が流れています。そんな俺がこんなに良い商売の機会を見逃すわけないじゃないですか。大丈夫です。商売は信頼が第一。できないことに手なんか出しませんよ」
「そこまで言うなら、北斗――当主にも話を頼む。だが、中州が九鬼を優遇するわけじゃないからな。選ぶのはそれぞれの兵士だ」
「承知しています」
最上位の大臣――卯龍にくぎを刺され、大斗は深くこうべを垂れた。
そして、すぐに退室の文句を言いながら、一の間に控えている水月絡柳文官五位に目くばせして立ち上がる。絡柳も軽く肩をすくめて立ち、まだ続く話し合いの邪魔をしないように身を低くして大斗に続いた。
謁見の間を出た大斗は、そのまま縁側を歩いて行く。
与羽がついて行くので、そばにいた辰海、雷乱、竜月もそれに倣った。
「大斗。お前、敬語話せたんだな」
戸の開け放たれた謁見の間が見えなくなったところで、絡柳が口を開いた。
「おかしいかい?」
心なしか愉快そうな笑みを浮かべて、大斗は絡柳を振りかえった。それと同時に足もとめる。
「そうだな。唯我独尊の大斗にも敬意を示す相手がいたんだと――」
絡柳は悪びれる様子もなく答えた。
「そんなくだらないこと言って欲しくないな」
傷ついたような口調は、わざとか。
「それで、絡柳。薬師夫婦の話を聞かせな」
「きた、命令口調」
絡柳は整った顔に楽しそうな笑みを浮かべた。
「と言うか、お前。話の全貌を知らずにさっきのつけの件言ったのか? 安請け合いはするもんじゃない」
「うるさいよ。とっとと話しな」




