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第113話 畿内と周辺各地の城


 秀吉が居なくなってしまい、もう豊臣家に従っていた大名達を繋ぎ止める力は無かった。大坂の陣の段階で秀吉の恩顧を受けた大名の代替わりが始まっていたのだ。世代交代が進んで秀頼の権威は既に無く、徳川幕府の威光が天下の大名に認められていた。秀頼を討つことに抵抗を感じる武将は少なくなっていたのである。天王寺口の戦いまでは。

 一方関ケ原以降、力攻めを大名に強要しなかった家康は先を見据えていた。

 秀吉亡き後、日本の最大勢力は半島遠征などで有力な家臣や兵力を失う事の無かった徳川で、現実に全国の大名を従えていた。豊臣はその前に出ればただの一大名に過ぎなくなってしまっていた。家康やその他の大名にしてみれば、秀吉が居なくなってしまえば、その子孫や家臣にまで従う気持ちなど無かったのだ。

 征夷大将軍に従わない一大名である豊臣は打ち滅ぼされて当然という考え方でもある。


「幸村はおるか」

「はい」


 幸村と呼び掛けられる事に怪訝な表情を見せていた信繁であるが、今ではすっかりその呼ばれ方になじんでいる。


「これからは年貢米を半分に減らすようにしろ」

「半分ですか!」

「そうだ」


 これまで長い間戦乱が続いて百姓は苦労しているだろう。だから年貢を減らして負担を少しでも減らそうというのだ。


「それから休耕地を耕したり、新たに開拓した者には、その田畑から上がる作物を自由にしていいと知らせろ」

「はい」

「もし土地の持ち主との面倒があった場合でも、豊臣家が必ず仲裁に入るから心配するなと触れを出せ」

「分かりました」

「それからな、城下から主だった商人達を招待せよ」

「…………」


 商人達にはこれから豊臣の支配地域では自由に商売を出来るようにすると伝えた。さらに代表を選んで商売上のトラブルや問題点を討論するような場を設け、何時でも豊臣家に提案できるようにする。そしてこれが一番の案件なのだが、商売をする上で必要な金が乏しければ、豊臣家が工面をしようというものだ。その為の銀行というものを豊臣家主導で設立する。金利は年五分くらいと見ているが、必要なら話し合いで納得いくように決める。


「それから城下に神屋宗湛という者はいるか?」

「分かりませんが、探させます」

「大阪でなければ博多かもしれない。その者も特別に招待せよ。頼みたい事があるのだ」

「はい」


 東南アジアなど海外との貿易を盛んにさせよう。その為に必要な船はどんどん造る。商社を設立して、船の建造資金や貿易に必要な資金は株券を発行して賄う。もちろん豊臣家は筆頭株主となる。

 徳川が武士の棟梁で行くのなら、豊臣は民百姓さらに商人の国を支援して行くのだ。

 

「あの、秀頼様」

「なんだ」

「株券とは一体何なのでしょか?」

「商売に必要な資金を一般市民から広く集める、算段のようなものだ」


 勿論利益が出れば株数に応じた配当を出す。いずれ全ての運営を商人達に任せることにする。


「これからは米ではなく、貨幣の時代になるぞ」

「…………」





「トキ」

「なあに」


 秀頼は一人になるのを見計らってトキに話し掛けた。


「おれを一度現代に移動してくれないか。すぐまたここに戻りたいが」

「いいわよ」

(トキ……)

(…………)


 秀頼は蔵からインゴットを一つ持ち出す。

 現代に行くと、東京の田中貴金属店で紙幣に換える。次は量販店に行き、化成肥料を大量に買い付けた。




「これは人糞の堆肥と同じものだ」

「…………」


 集めた百姓たちを前に化成肥料の説明をする。


「どんな作物に利くかお前達で試してみろ。但しこれは人糞よりも強力だからな。注意して少しづつ使うようにしろよ」

「…………」

「全部の畑に使うな。まず一部の田で試して、出来具合を比べてみろ。そのうえで多く取れたなら、量を変えて試せ」


 使いすぎは逆効果になる。念のため少量ずつ渡して、後は百姓たちの裁量に任せた。

 次は大阪城下にあふれている浪人の問題を何とかする必要がある。いまだに夏の陣の高揚感が消えず、戦勝気分でいる者どもだ。大阪を去ろうとしていない。

 そこで勝永や幸村に軍を再編成させ複数の隊にして、大阪周辺の城を攻略させる事にした。八万から十万近くもの浪人が行き場も無く居ると思われるのだ。隊はいくらでも出来る。

 さらにこの時、家康は病の床にあるという情報が幸村配下の者からもたらされている。もちろんそれが本当だという事を、秀頼は十分承知だ。今徳川方は積極的に動ける状況では無いのだ。

 城の攻略は彦根城と津城等を除いて、順調にいった。先の戦で徳川方軍の殆どが武器を接収されている。大軍に包囲されると、どの城でも抵抗らしい抵抗も見せず豊臣の支配下となった。

 彦根城十八万石は徳川家康の命を受け、西国に向けての防衛拠点として築城されたものであり、さすがに当初ここの抵抗は激しかった。しかし勝永が大軍を従え包囲すると、鉄砲など一番肝心な武器弾薬が乏しい城内の戦意はやがて低下し落城した。

 そして津城は藤堂高虎の居城であったが、高虎自身は家康の見舞いに行っており留守であった。やはりここでも武器の少なさが決定打となり、包囲一か月で落城した。他には桑名城も激しい抵抗を見せたが、やがて物量の豊富な豊臣軍の前に落城した。姫路、和歌山城も大きな城であったが戦意は低く、大軍で包囲すると戦わず開城して降伏した。


 こうして大阪城下に溢れていた浪人達は、その殆どが常備軍として畿内と周辺各地の城に分散され、畿内と京周辺の治安は次第に安定していく。

 だが、それは同時に徳川にとって恐るべき事態でもあった。大坂城に集まっていた十万近い浪人が消えたわけではない。その全てが、豊臣家の兵になったのだ。

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