第104話 トキなのか?
「ん……ここは?」
おれは周囲を見回した。
さっきまでいた秋葉原のメイドカフェは、跡形もない。
王妃さまもいる。
そして――
自動小銃を持ったテロリスト達もいる。
「ユイト……」
「はい」
「ここは……」
思い込みの激しいテロリストの一人が呟いた。
「ここが……十字軍の時代なのか?」
だが、マシンには、王妃さまとおれがいる二つの時代が登録されていた。そして二人を追跡する位置情報もそのままのようである。どうやらテロリスト達が入力した「十字軍の時代」という目的地よりも、あらかじめ登録されていた王妃さまの追跡情報を優先してしまったらしい。今度は王妃さまの宮殿に来ていた。幸い女の子達は転送されなかったようだ。
「十字軍はどこに居るんだ……」
「でかい十字が目印だからすぐ分かるだろう」
「そ、そうだな……」
二度もいきなり転送され、なにが起こっているのか、何処に居るのか、未だ男たちは事態をしっかり把握出来ていないらしく行動が鈍い。連中の隙をみて、直ぐユミさんにメールを送った。
「わたしと王妃さまはテロリスト達と共に宮殿に来てしまいました。一体どうなっているのですか?」
「ユイトさん、実はこちらにも数人のテロリストが残っています。彼らは大変興奮していて、とても危険な状態です」
「テロリスト達だけを他の土地に飛ばしてしまうと言うような事は出来ないんですか?」
「それが、連中のひとりが威嚇の発泡をした際、どうやらマシンのどこかに当たってしまったのです」
事態は最悪だと分かってきた。メールを送る程度なら出来るが、人の移転は出来る時と出来なくなる時があるようなのだ。始めはメイドカフェで次は宮殿の一室と、マシンに登録してある人物の位置情報を追って目まぐるしく転送されてしまった四人のテロリスト達。タイムマシンの噂は聞いていても、実際に時空を超えるのは初めてなんだろう。直ぐには状況が飲み込めないようで、腰が引け、固まってなにやら相談をしている。下手に刺激するのはまずい。
だが王妃さまがおれに耳打ちをして来た。
「ユイト、直ぐ衛兵を呼び――」
「王妃さま、今銃を持っている連中を刺激するのはまずいです。少し様子を見ましょう」
「 ……分かりました」
幸いこの部屋は王妃さまの厳命で、時空移転の事情を知っている者しか入ってはいけない事になっている。しかし事態はそうのんびりしていられる状況ではないようだ。
「おい、お前達、ここに来い」
言葉は分からないが、ドアの側に行った男が銃で手招きをしたから、多分そう言っているのだろう。
「ここを開けるんだ。他の部屋を見る。先に行け」
ここは王妃様の寝室から通ずる秘密の部屋であるがゆえに、まだ誰もこの事態を把握している様子はない。おれが思わず振り返ると、さすがこの宮殿は王妃さまの領分だ。毅然とした態度を示し、
「行きましょう」
それでも心配になったおれは、ドアを開けながら王妃さまに聞いてみた。
「王妃さま、衛兵は呼べば直ぐ来れるのでしょうか?」
「この建物はとても広くって、駆けつけるまでには少し時間が掛かります」
「…………」
「衛兵は外から進入しょうとする敵に対処する為配置されているんです。内部に敵が出現する事は想定されておりません」
その時、苛立った声が王妃さまとの会話を遮った。
「なにをブツブツ言ってる」
テロリストの男が銃を振り上げた。
「やめろ!」
王妃さまが銃で殴られそうになったのだ。男から王妃さまを庇ったおれの頭に激痛が走る。
「ウッ!」
そのままおれは気を失った。
「ユイト、大丈夫?」
気が付いたおれは床に寝かされ、王妃さまが看護をしてくれていた。
「王妃さま、イテ!」
起きようとしたおれは頭に違和感がある。王妃さまが手にするハンカチに血が滲んでいるではないか。どうやら自動小銃の硬い台尻で、したたか殴られたらしい。部屋の隅には数人の小姓、貴族らしい男女のグループがひとかたまりにされている。
「衛兵に連絡は行っているんですか?」
「もうこの状況を知らせる者は行っているはず――、ほら、見てユイト、衛兵が来たわ」
隣室のドアが開くと数人の衛兵が銃を構えて入って来た。
「まずい、王妃さま床に伏せて」
「え?」
おれが王妃さまの身体を掴み強引に引くのと、テロリスト達の自動小銃が火を噴くのは同時だった。
――ダダダダダッ!
「キャーッ!」
「伏せて!」
部屋中が悲鳴と銃声に包まれる。
そして王妃さまを抱き寄せた瞬間――
目の前が真っ白になった。
何も聞こえない。
銃声も、
悲鳴も、
足音もない。
まるで世界そのものが、突然、時間を失ったようだった。
そして、
「ユイト……」
何処からか、声がした。
「ユイト」
やはり何処からかおれを呼ぶ声がする。
「大丈夫?」
「ん?」
またおれの耳元で声がした。
王妃さまではない、この聞き覚えのある声は……
「トキ!」
なんと、おれの耳元で語り掛けて来るのは、あの地球を去ると言っていたトキではないか。
「トキなのか?」
「そうよ」
おれは何もない空間に向かって話し掛けた。
「だって――」
「私が地球に居られなかったのは、何度も実体化していたからなの」
「…………」
こうしてコミニュケーションを取っているだけなら問題ないと言うのだった。
「それにこの十八世紀ならネットゲームの魔物もいないでしょ」
確かに、それはそうだ。おれが鶴松に転生してその後、トキも人の身体に転生してアパートに来ていた。だけど同じアパートの住人がプレイしていたらしいネットゲームの魔物が、トキの超自然な能力に引き寄せられてリアル世界に出現してしまったのだった。そのせいでトキは地球を離れざるを得なかった。
「あっ、じゃあ連中はどうなった?」
おれは周囲を見回した。テロリスト達はどうなったんだ。王妃さまは無事なのか?
起き上がると、傍に王妃さまが居た。
「あの者たちは?」
「砂漠へ送ったわ。人のいない場所なら、誰かを傷つけることもないでしょう」
トキらしい判断だった。
「王妃さま」
「ユイト」
「大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫よ。それに、あの者たちも居なくなってしまったわ」
テロリスト達は、トキが砂漠の彼方に飛ばしてしまったと知った。
やはりトキは地球を離れた後もおれを注視していて、この危機から救いに来てくれたのだった。
しかし、この後の王妃さまの質問におれはうろたえる事になる。
「ねえ、ユイト」
「えっ」
「今ユイトは誰と話していたの?」
「あっ、いや、それは……」
これは困った、なんて説明したらいいんだろう。
「トキって呼んでたわよね。ユイナさんでもユミさんでもなく、一体誰の事?」
「えっ、あっ、あの……」
王妃さまがじっとおれの目を見つめている。
「もしかして、ユイトが無意識で名前を呼んだ方って……そのトキさんという方に一度お会いしたいわ」
「いや、あの、王妃さま、それはちょっと違います」
なにが違うんだか、おれも不必要に狼狽してしまった。まずいな、これは何て説明したらいいんだ。
「あの王妃さまトキって、その、時、つまり時間を意味する言葉なんです」
「…………」
「それで、無限の時間に向かって話しかけていたわけです」
かなり苦しいいい訳だが、王妃さまは何とか納得してくれたか。
「そう……時間に向かって話しかけていたのね」
「はい」
「…………」
王妃さまは納得したように頷いた。
だが、その青い瞳は明らかに納得していなかった。
「だけど王妃さま、まだユミさんの所にはテロリスト達が居ると思われます。私は今からすぐに助けに行かなくてはなりません」
「分かりました」
テロリスト達が居なくなったこの宮殿には、もう危険は無いだろう。
「トキ頼めるか、ユミさんの所だ」
「分かったわ。でもねユイト、今の私は誰でも好きな場所へ送れるわけじゃないの。あなたの周囲にある空間を少しだけずらしているだけよ」
再び周囲の空間がゆがんだ。
「ユミさん」
「ユイトさん!」
タイムマシンにも頼らず、突然研究所に現れたおれにユミさんはびっくりしている。
「一体どうやって?」
ユミさん達は狭い部屋に閉じ込められていた。
「それよりユミさん、テロリスト達は何処に居るのですか?」
「今もマシンの側にいるはずです」
「分かりました」
ユミさんたちを解放して、タイムマシンの部屋に来ると五人のテロリストが居た。勿論この期に及んで問答無用だ。すぐトキに連中を砂漠に追いやってもらう。
「ユイトさん、本当に、一体どうやってここに……」
「それは、説明が難しいのですが――」
「やはり日本のタイムマシンだったのですね」
「あっ、いや、そうではなく……」
結局今回も、トキの存在で時空移転出来ているとは分かってもらえなかった。ましてや転生などという事は、理解の範囲を越えているらしかった。
おれはタイムマシンが修復されると。一旦現代に戻る事にした。
アパートに戻ると結菜さんが夕食の支度をしているところだ。
「ただいま」
「あら、王妃さまは?」
「うん、先に帰えられたよ」
「せっかく美味しい料理を作って待っていたのに」
結菜さんは何も知らずに夕食の準備を続けている。
「食事の前にシャワー浴びてくるよ」
「はーい」
今日は本当にいろいろ有り過ぎた。
秋葉原、
メイドカフェ、
テロリスト、
宮殿、
銃撃戦、
そして――トキ。
今日一日で、いったい何が起こったんだ。
それでも、目の前にはいつもの夕食がある。
今日ほど、普通の夕食がありがたいと思った日はなかった。




