73 手紙
冒険者登録試験が終わり、冒険者証発行のため書類に記入していた時。
「あっ」
リオンは声を上げた。名前の隣に種族、その隣に年齢を書く欄があった。そこで初めて、リオンは自分の誕生日が過ぎていたことに気付いた。年齢の欄に「12」と記す。
「リオン、どげんしたと?」
「えーと、この前誕生日だったなーって気付いた」
「ええ!? そげん大事なこっ忘れちょったとか!?」
「え、そんなに大事かな……?」
「十二になったたろ? 大事じゃっど!」
リオンが首を傾げていると、エルテガがそっと耳元で囁いた。
「黒犬族は十二で成人じゃっと。つまいのはて、結婚でくっちこっじゃ」
「へぇ~、そうなん…………け、結婚!?」
キリシュがくねくねもじもじしながらリオンをちらちらと見ている。
「ちょ、ちょっと落ち着こうか、キリシュさん! 一緒に旅をして、大切な人になったらその時考えるって話じゃなかったっけ!?」
「そいはそうじゃっどん、こいでいつでん番になれるっちおもたらさ、何か嬉しくて」
「…………あ、はい」
キリシュの気持ちは分からなくもないし、そんな風に言われるのも嬉しくないわけではないリオンだが、胸中は非常に複雑である。
「ユードレシア王国に手紙を出したい方~」
キリシュに何と言えば良いか分からず悩んでいたリオンに助け舟が訪れた。兎耳の初老男性が、カウンターの向こうできょろきょろとリオンを探している。
「はい、はーい!」
「……もう」
リオンが手を挙げてカウンターへ向かい、キリシュは少し不満顔で付いていく。エルテガは素材の査定をしていたカウンターから呼ばれてそちらへ行った。
「見積もりが出来たけれど、やはりかなり高額になりますよ?」
職員が手紙を運ぶ経路と手段を説明してくれる。
「ここヴィーゼンの冒険者ギルドには『精霊術士』が所属している。重い物は運べないが、手紙くらいなら『風精霊』に運んでもらうのが最速。ただし距離に限度があるため、いくつかのギルドを経由しなくてはならない」
そう言ってエバンシア島の地図を見せてくれた。
「ヴィーゼンからここ、ドグラム王国南西のライサム。次に北西のバレンダム。そしてメディスル王国南西部のコルトン。最後が最北端のフロンテノール。フロンテノールを除き、各ギルドには精霊術士が在籍しているから、風精霊に運ばせる。フロンテノールのギルドから港へ、そこから海路でショーグラン王国に運び、陸路でユードレシア王国の王都ドレンの冒険者ギルドまで」
改めて説明されると、分かってはいたが、ユードレシア王国が遠すぎて眩暈がしそうだった。
「精霊術士に四回依頼するから、その依頼料が二万五千かける四で十万フロリン。船便が四百フロリン。そこから陸路で運ぶ料金が三万フロリン。合計十三万四百フロリンになる。ただしこの方法なら、天候次第で四十~四十五日で届けることが出来る」
手紙を運んでもらうだけで百三十万円以上の出費だ。現代地球の郵便システムがいかに優秀で格安か分かるというもの。そもそも現代地球なら手紙ではなくメールで済ませるだろう。
ただ、二~三か月はかかると予想していたので、それよりかなり早く届けることが出来る。少しでも早くルーシアやシャロン、家族たちを安心させたいが……。
「あの、もう少しお安く――」
「そいでよかど!」
リオンが、時間を犠牲にしてもう少し依頼料を抑えようと思ったところ、背後からエルテガが力強く宣言した。
「エルテガさん、いくら何でも十三万四百フロリンは高過ぎると思うんです。もっと安い方法で――」
「ないごてよ? はよ無事を知らせたいんじゃろう? ぜんのこた心配せんでよか。素材がわっぜよか金額で売れたでな!」
上機嫌のエルテガがそんな風に言った。
「……いくらになったんですか?」
「三十八万フロリンじゃ!」
「でも、三人で分けたら足りませんよ?」
「ないをいうちょっとか? ほとんどリオンが倒した魔物じゃっどが」
リオンは素材を売ったお金は三人で等分するつもりだった。その場合、リオンの取り分は十二万六千六百六十六フロリン。だから「足りない」と言ったのだ。しかし、エルテガは最初からお金はリオンの為に使うと決めていた。
リオンの為とは、第一に自分の無事と居場所を祖国に知らせること。そして次に、祖国へ帰ること。彼はそれにかかる費用を黒犬族に頼らず、自ら作り出すのが当然と考える少年だった。ならば、黒犬族としてはそれを全力でサポートするのが当たり前ではないか。
「おいたっはぜんを稼っために旅にちていっわけじゃなか。わいをたすくっためじゃ」
「じゃっど、リオン! どうせあたいたっはお金をあんまいつこわんたっで!」
父と娘はそう言って「あははー!」と朗らかに笑った。
「……ありがとうございます。それでは遠慮なく使わせていただきます」
「「うん!」」
リオンはエルテガから受け取った十三万四百フロリンを、兎耳の職員に渡す。
「……手紙は?」
「あっ」
肝心の手紙を書いていなかったリオン。三十フロリンで紙を買い、カウンターから離れた机に座って手紙を書く。
『親愛なるユードレシア王国の皆さま
ご心配おかけして申し訳ありません。
僕は今、エバンシア島の南部、ラルグリア王国の王都ヴィーゼンにいます。これからグレンドリア大陸行きの船が出ている、メディスル王国のフロンテノールを目指します。この手紙は四十五日くらいで着くらしいです。ここからフロンテノールまでは一年程度かかりそうです。しかし、旅をサポートしてくれる黒犬族の父娘が一緒なので心配いりません。何があっても必ず帰ります。
リオナード・シルバーフェン
追伸
ルーシア。時間はかかるけど、絶対に生きて帰るから待っていてください』
婚約者へ直接伝える言葉がないのはどうかと思い、リオンは最後に付け加えた。
カウンターへ手紙を持っていくと、先程の職員が丁寧に折り、封筒に入れてギルドの封蠟を捺す。それから預り証を発行してリオンに手渡した。
「確かにお預かりしました。最速で届けるよう、冒険者ギルドは全力を尽くします」
「ありがとうございます、お願いします!」
リオン、キリシュ、エルテガの三人は冒険者ギルド内の懇談スペースで今後について話し合っていた。テーブルにはギルドに借りたエバンシア島の地図がある。
「エルテガさん。最初の計画では、このままほぼ真北に向かって、ドグラム王国のトゥルーシカを目指すってことでしたよね?」
エバンシア島のほぼ中央部東側には、切り込みが入ったような形状の巨大な湾がある。デルペイタ湾というが、その湾の南側にあるのが港湾都市トゥルーシカだ。そこから対岸のベルーナカまで船が出ており、比較的安全に航行出来るらしい。ポワンカ村の村長でキリシュの祖母マーシュから提示されたルートがこれである。
「風精霊は島の西沿岸を進むようですが、そのルートは難しいですか?」
先程手紙を運ぶルートを聞いたリオンは、西の沿岸を北上した方が最終目的地のフロンテノールが近いように感じたのだ。
「西はこっが問題やっと」
デルペイタ湾の反対側をエルテガは指で示した。
「山岳地帯が沿岸で崖状になっちょっし、船もでちょらん。こっちから北側へ行くのは無理やっと」
「そうなんですね」
そこが難なく通れるのなら、ヴィーゼンに行くと決まった段階でマーシュが教えてくれただろう。
「おやっどん。山岳地帯には遺跡があっちいうちょらんかった?」
「遺跡?」
「うん。古代文明の遺跡。山岳地帯の北側につながっちょっち話とちごたけ?」
「えっ!? 北側に?」
島の中央には獣人でも超えられない山岳地帯が鎮座しており、それを迂回するために大幅な時間のロスになっているのだ。もし、その遺跡が山々を貫通するトンネルのようなものなら、フロンテノールまでの道程はかなり短縮出来る。
「う~ん……あっにはあっどん、北に抜けられるっち話はわっぜ昔のこっじゃ。今も抜けられるか分からんし、ないより危険じゃっど」
エルテガが言うには、実際に遺跡の中を通って山岳地帯の北側まで行ったというのは百年以上前の話らしい。さらに島の中央部は森が深く、かなり強い魔物が生息している。遺跡の内部にも、それらの魔物が住み着いている可能性が高いと言う。
古い話だから、遺跡に辿り着いても中で崩落が起き、通り抜け出来なくなっていることも考えられる。その場合、逆に時間のロスになる。それだけのリスクを冒す価値があるかどうかという話だ。
だがリオンが引っ掛かったのは別の部分だった。
(古代文明と言えば『マギアム文明』だ。もしかしたら活きている『ポータル』が見つかるかもしれない。そのポータルがグレンドラン大陸に繋がっている可能性もある!)
その可能性は非常に小さいだろうことはリオンも承知している。それでも、「遺跡」という響きにロマンを感じてしまうのだ。
(異世界と言えばダンジョンや遺跡じゃないか! お宝が僕を呼んでいる!)
たぶん呼んでいないが、リオンはそんな風に冒険心を掻き立てられた。だが――。
「あるかないか分からない近道のために、二人を危険に晒すわけにはいきません。予定通りトゥルーシカを目指しましょう」
自分の冒険心を満たすために、キリシュとエルテガを危ない目に遭わせるなど言語道断。その上、無駄足だった時のことを考えると手堅くいった方が良いと思えた。リオンは自制の出来る転生者なのだ。
きっとエバンシア島にはまた来る。遺跡にはその時行けばいい。
「リオン、ほんのこてそいでよかと?」
キリシュが気を遣った風で尋ねるが、これはきっとキリシュ本人が遺跡に行きたいだけに違いない。
「急がば回れってね」
「?」
「急いでいる時こそ、危ない近道より遠回りに見える安全な道の方が結果的に早く目的地に辿り着けるって意味だよ」
「……好機逸すべからずとも言うけど」
「……キリシュ、そんな言葉よく知ってるね」
「急がば回れ」、「好機逸すべからず」、どちらも正しい。
「リオンがそいでよかちゆじゃっでそうすっが」
「は~い」
エルテガがリオンの意見に賛成したことが決定打となった。
「そう言えばエルテガさん。ベルガーさんのことなんですけど」
「ああ。大昔の話じゃっどん、白虎族のこどんたっが人族に攫われたことがあってな。そいで人族を目の仇にしちょっごた」
「なるほど。それなら仕方ないのかな……他にも人族を嫌っている種族がいるんですか?」
「そうじゃなぁ。リオンに先入観を持って欲しくなかで、あんまいゆうごちゃなかなぁ」
「あ、分かりました」
獣人の国では、人族のリオンが異分子なのは仕方のない話である。だからジロジロ見られたりするのは気にしないようにしていた。だが好奇の目で見られるのと敵意を向けられるのは違う。ただ人族だからという理由で襲い掛かられたらたまったものではない。
とは言え、それは何もエバンシア島に限った話ではない、とリオンは思った。人族しかいないユードレシア王国でも、敵意を向けられたり襲い掛かられたりすることはあるのだ。それと同じだと思っておけばいい。
「ただ……」
「ただ?」
「猿系の獣人には注意した方がよかち思っど」
「猿系……」
エルテガによれば、猿系の獣人は頭の横に耳があり、一見して人族と見間違うこともあると言う。
頭が良くてプライドが高い種族だそうだ。力はそれほどでもないが、精霊術士を多く輩出しているらしい。それもあってか他の獣人を見下す傾向があり、詐欺などの知的犯罪を行う者は大抵猿系の獣人という話だった。
「もしかして、僕が見られていたのは猿系の獣人と思われてたのかな」
「そいもあっかもしれんな」
人族は異分子で、猿系の獣人は警戒対象。何とも世知辛い。
「ところでエルテガさん。白虎族って特別魔力が多い種族ですか?」
「黒犬族よりは確実に多か。ないか気になっこっがあったのか?」
「何と言うかその、魔力が全身を凄い勢いで駆け巡っているように感じて。あれが<身体強化>なのかなぁって」
数年前、リオンはシャロンに<身体強化>について尋ねたことがあった。もちろん、自分も使いたいという目論見があったからだ。その時の彼女の答えは、「<身体強化>が使えるかどうかは先天的なものです」であった。シャロンもいつの間にか使えていたそうだ。
元冒険者で槍使いのアーチルが護衛になってくれた時にも尋ね、同じような答えが返ってきた。<身体強化>は学んで出来るようなものではなく、気が付いたら出来るものだ、と。
しかし、リオンの考えは少し違う。シャロンやアーチルは「無意識」で魔法を発動していると仮定しているのだ。<身体強化>が魔法の一種なら、意識して使うことも出来る筈だと考えている。ただこれまでは、どんな魔法なのか今一つ理解出来なかったのである。
「<身体強化>なぁ。おいたっは自然とつこちょっでなぁ」
「キリシュはどう?」
「あたいは『ん~っ!』って気合を入れちょっど!」
キリシュが拳を握って「ん~っ!」と顔を赤くしながら体に力を込める姿に、リオンは何だかほっこりした。ほっこりはしたが、そういうことが聞きたいわけではない。
魔法という「現象」を発動する時は、自分の魔力が体の外側に放出される。その点はリオンも感覚として理解していた。<身体強化>は恐らく、魔力を体内で循環させることが鍵だ。要練習だな、とリオンは考えるのだった。
明日の朝出発するということで、この日はヴィーゼンで宿を取ることにした。リオンたちが冒険者ギルドを出ようとしたところ、お世話になった兎耳の職員から声を掛けられた。
「エルテガ、ちょっと待ってくれ」
何だろう、と思いながら三人でカウンターの前へ行く。
「どげんしたとか、ヘッテライ」
職員の名前はヘッテライというらしい。
「あんたたちはこれから北に向かうんだろう?」
「ああ」
「あんたの腕を見込んでこの依頼を受けて欲しい」
ヘッテライはそう言うと、一枚の依頼書をカウンターの上に置いた。
「バルシャー村か。まぁ、確かに通り道じゃっどん……こん状況は、コカトリスの巣が出来たとじゃなかか?」
「恐らくそうだ。だから、普通の冒険者には頼めない」
「……こどん二人連れじゃっど?」
「あんたなら、子供たちを安全な場所に置いて一人で制圧出来るだろう?」
「はぁ~。まこてギルドは人つけがあれな。しかたんなか、一応うくっが、しくじってん罰則なしにしっくいやい」
「そのように手配しておく。助かった」
エルテガは面倒そうに依頼書を受け取ると、リオンとキリシュの背を押して今度こそ冒険者ギルドを後にするのだった。




