72 冒険者登録試験
王都ヴィーゼンは、ユードレシア王国の王都グレンに比べると規模が小さく思える。防壁の中に入って、リオンは最初にそんな印象を抱いた。
目に入る建物がおしなべて低い。高くても三階建て、ほとんどが一階建てだ。恐らく人口がそれほどいないのだろう。
「エルテガさん。入都税、立て替えていただいてありがとうございます」
「こんくらい気にするこっはなか」
エルテガはヴィーゼンに何度も来ているらしい。一方でキリシュは初めてらしく、ずっときょろきょろしている。食べ物の露店が数多くあり、食欲をそそる香りが漂っているため、彼女はそちらへフラフラと引き寄せられている。
「キリシュ。迷子になるよ?」
「そ、そげなこっなかっ!」
リオンはキリシュが背負う背嚢の肩紐を引っ張った。彼女はばつが悪そうに反論する。
「エルテガさん、冒険者ギルドへ行く前に腹ごしらえしましょうか?」
「はっは! そうじゃな!」
冒険者の利便性を考慮しているのか、冒険者ギルドは門を入ると直ぐの場所にあるのだが、門の前は広場になっていて、そこに露店が出ているのだ。
「どの店にするかキリシュに任せた!」
「任された!」
キリシュが嬉しそうに品定めを始めた。見た目では美味しいかどうか判断がつかない。ここは黒犬族の鋭い嗅覚に期待しよう。
「ここがうまかっちおもっど!」
肉を串に刺して焼いている店が多い中、彼女が選んだのは意外にも(?)見た目が地味な食べ物だった。平たくて白い蒸しパンを二つに折り、そこに具を挟んだ食べ物のようだ。一個が手の平より大きい。値段は一個二十五フロレン。エルテガにお金を出してもらい、それを三つ買った。
「こ、これは……美味い!」
「じゃろー!」
蒸しパンは小麦の香りがしてほんのり甘い。そこに、ほろほろになるまで甘辛く煮込んだたっぷりの肉と、レタスのような生の葉野菜、細かく刻んだパプリカのような野菜が挟まれ、味と食感が絶妙なバランスだった。
美味しいし、一個で腹も膨れる。これが二百五十円なら大満足のリオンである。
「キリシュ、これ食べたことあるの?」
「なかど?」
黒犬族の嗅覚、恐るべし。今後街で何を食べるか迷った時はキリシュに選んでもらおうとリオンは決めた。
「ほいじゃギルドにいっが!」
キリシュも満足したようで、元気よく宣言して三人の先頭に立つ。冒険者ギルドは二階建ての白い建物で、入口に剣と盾を描いた木の看板があった。扉を開けて中に入ると、数人の冒険者らしき者たちが視線を向ける。やはり人族のリオンは珍しいらしく、視線がなかなか離れない。そんな中、エルテガがリオンを背中で隠すようにしてカウンターへ向かう。キリシュはいつの間にか掲示板の所へ行って、張り出されている紙を興味深そうに見ていた。
「冒険者ギルド、ヴィーゼン東支部へようこそ! きゅはどげなご用件じゃっどか?」
カウンターの中にいる、小柄な女性の獣人が朗らかな声でそう言った。
(おおっ!? 兎の獣人さん!)
茶色い髪から、兎のような長い耳がピンと立っている。制服を押し上げる大きな胸がカウンターの上に乗っていた。
(やっぱり冒険者ギルドの受付嬢はこうでなくっちゃ!)
リオンが一人納得してうんうん頷いていると、横から視線を感じる。キリシュがジトっとした目でリオンを睨んでいた。
「リオン、あげな人が好み?」
「え? いや別に」
「なんかニヤニヤしちょったけど」
「そんなことはないです」
リオンはキリシュと受付嬢から目を逸らす。
「リオン、依頼の内容を説明せんか」
「あ、すみません。グレンドラン大陸にあるユードレシア王国の王都グレンまで手紙を出したいんです」
「ユードレシア王国…………いっと待ったもんせ」
兎獣人の女性はそう言ってカウンターの奥に引っ込む。数分待つと、初老に差し掛かったような兎耳の男性を引き連れて戻ってきた。恐らく彼は彼女の上司であろう。
「えー、ユードレシア王国に手紙を出したいという少年は君かな?」
「はい、そうです」
流暢なグレンドラン大陸共通語で男性から問われ、リオンが答えた。
「一番時間がかかる方法でも結構な依頼料がかかるよ?」
「……ちなみに、早く届ける方法だとおいくらくらいでしょう?」
「あー、ちょっと待ってて。見積もりを出すから」
「あ、それでしたら、待つ間に僕と彼女の冒険者登録と、素材の買い取りをお願いしてもいいですか?」
「承知した。ワルシャくん、そちらはよろしく」
「はい!」
ワルシャというのが受付嬢の名前らしい。
「えー、こどんの登録には試験があいもす。ギルド職員と模擬戦をしっもらいもす」
獣人は種族によって成長の度合いが異なり、年齢で制限すると支障がある。そこでエバンシア島では年齢制限をなくす代わりに、見た目が子供の登録希望者に試験を課す。これは子供への嫌がらせなどではなく、相応の実力がないとすぐに命を落としてしまうから、それを見極めることが目的である。リオンとキリシュは事前にエルテガから試験があることを聞いていたので特に驚くことはなかった。
「はい、知ってます」
「あたいも知っちょっど」
「そいでは準備が出来たらお呼びしもんで。素材の査定もやっちょきます。そちらのテーブルに素材を出してもろがなっどかい?」
リオンたちはそれぞれの背嚢から、道中で回収した魔物素材を指定されたテーブルの上に積み上げていく。
「ま、まだあっとかいな……」
あまりの量に受付嬢のワルシャが引いていた。実はこれでも厳選した結果なのだ。途中で背嚢に入りきらなくなって、価値が低いものは泣く泣く捨ててきたのである。ワルシャがカウンターの奥にいた別の女性三人を引っ張ってきて素材の査定を始めた。
「登録試験を受ける二人はおっか?」
素材を全て出し終えた頃、建物奥の扉が外から開けられ、男性から呼ばれる。リオンたちはワルシャたちに素材のことをお願いしてその男性の所へ行った。ギルドの裏は高い壁に囲まれた更地になっていた。いかにも訓練場といった雰囲気である。
「わいたっか。おいは職員のベルガーっちうもんじゃ。元Bランク、見ての通り白虎族じゃ」
真っ白な髪の上に、先が丸くなった耳が付いている三十代後半くらいの男性だ。このベルガーが模擬戦の相手をし、もう一人壁際にいる兎耳の女性が採点するらしい。
「どっちが先にすっか?」
「あたいが行っ!」
模擬戦用の武器が無造作に突っ込まれた木箱から、キリシュは二本の短剣を取った。刃引きされているが、当たれば当然怪我するし痛い。ベルガーの武器は同じく刃引きされた長剣だった。
「エルテガの娘か。槍はつこわんとか?」
「おやっどんを知っちょっとな?」
「有名やっでな!」
ベルガーはそう言って、キリシュに向かっていきなり剣を振り下ろした。開始の合図もない不意打ちだ。子供相手に大人げないと思うが、冒険者が戦うのは魔物である。魔物に不意打ちは卑怯だと文句を言える筈がない。
キリシュはベルガーの前に立った瞬間から備えていたため、この不意打ちも身を捩じって見事に躱した。そこから腰を落とし、ベルガーの太腿を狙って短剣を薙ぐ。
ベルガーも速い。振り下ろしでキリシュを捉えられなかったのが分かった瞬間、剣を切り返して下段から彼女の剣を振り払う。さすがは元Bランクといったところか。
その後一進一退の攻防を経て、双方決定打を相手に与えることが出来ずに模擬戦は終了した。ベルガーが兎耳の女性に何か伝え、彼女がそれを書き込んでいる。それから十五分ほど休憩となった。
「キリシュ、凄かったよ!」
「悔しかー! 一本も当てれんかった!」
「ベルガーも本気じゃなかったどん、あれだけ打ち合えたら立派なもんじゃっど!」
本気ではなかったかもしれないが、決して手を抜いているようには見えなかった。それだけキリシュの双剣技は高いレベルにあるのだろう。
エルテガが娘に色々アドバイスしていると、ベルガーが訓練場の真ん中に向かうのが見えたので、リオンも武器を取りに行く。
「え? リオン、剣つこうと?」
「うん。あれ、言ってなかったっけ? あんまり得意じゃないけどね」
「聞いちょらん!」
リオンはいつも騎士団員相手の訓練で使うような長剣を選んだ。本来は片手剣だが、リオンは柄を両手で握り、正中線を守る正眼の構えを取る。
キリシュの試験中、リオンには気になることがあった。それを確かめるため、敢えて剣で試験を受けることにしたのだ。それにここで魔法を使うのは少し違う気がしたし。
「人族でも加減はせんど?」
「はい、お願いします」
リオンが言い終えると同時に、ベルガーの強烈な打ち下ろしが来た。騎士のような型通りの綺麗な剣筋ではない。まさに、魔物の頭蓋骨を叩き割らんとする一撃だ。
リオンは慌てず、いつも通り剣を斜めにしてそれを受け流す。まともに受けたら手が痺れて剣を持っていられなくなるからだ。
ベルガーは斜め下に受け流された勢いを利用し、空中で一回転してもう一度斜め上から打ち下ろしてくる。騎士なら踏ん張って切り上げてくるところだが、こういう変則的な動きは獣人ならではであろうか。
何とか体勢を崩してカウンターを放ちたいが、体幹が恐ろしく強いようで崩れる気配がない。結果、リオンは防戦一方になる。だが焦らず、丁寧に攻撃を捌き続ける。そんな中、リオンは気になっていたことを確認していた。それは、ベルガーの魔力の流れである。
(魔力が体中を物凄い速さで循環している、ように感じる……)
リオンはエルフのリーゼや魔物であるアスワドのように、優れた魔力探知能力を持っているわけではない。ただ治癒魔法の手ほどきを受けた際、自分の魔力が特定の部分に集中する感覚が分かった。それ以降、魔法を使う時は自分の魔力の動きを少し意識するようにしていたのだが、最近になって、他人の魔力の動きが薄っすらと見えるようになったのである。
ただし本当に薄っすらと、だ。陽炎のような、湯気のような、あやふやな感じ。だがベルガーの魔力の動きはエルテガやキリシュより激しいのか、ほんの少しだけ濃く見えた。
(もしかしてこれが<身体強化>が発動している状態なのかな?)
リオンのイメージでは、<身体強化>は必要な部位、例えば速く走りたければ脚の筋肉に魔力を集めていると思っていた。魔力が筋肉に何かしらの影響を及ぼして強化しているのだろう、と。だがそうすると<身体強化>は非常に難しい魔法ということになる。何故なら、単純な動作一つでも使う筋肉は多岐に渡るし、筋力だけ強化しても靭帯や骨、神経が追い付かない気がするのだ。しかもそれを一瞬で判断して魔法を発動し、次の瞬間には別の部位に意識を割かなければならない。そんなことは不可能だろう。だからリオンにとって<身体強化>は謎の魔法だったのである。
しかしベルガーの様子を見るとリオンの考えは間違いだったと分かる。魔力が特定の部位に集中するどころか、満遍なく全身に行き渡り、高速で循環しているのだ。リオンは<身体強化>のヒントを得たような気がした。
「戦闘中にかんげごっとは余裕じゃなっ!」
「ぐっ!?」
リオンが受け流すことを前提とした連撃。ついさっきまでより格段に重い。
「守るだけじゃ魔物は倒せんど!」
キリシュの時より本気度が上がっている。リオンが防御ばかりしているのが気に食わなかったのだろうか。まるでリオンを嬲って楽しんでいるように見えるのは、虎の獣人だという先入観のせいか。
「人族は国でおとなしぃしちょけばよかっ!」
どうも、ベルガーは人族が好きではないらしい。リオンに剣を振り下ろして残忍な笑顔になっているのは、人族を甚振るのが楽しいのかもしれない。
(僕だって、好きでこんな所に来たわけじゃない!)
帰りたくても簡単には帰れないのだ。物見遊山でエバンシア島の南端まで来たわけではないし、遊びで冒険者登録に来たわけでもない。だがベルガーがそんなことを知る由もなく、だからと言って事情を教える気にもなれなかった。
「リオン、負けんな! やっちゃえ!」
キリシュの声援がリオンの耳に届く。
魔法を使うのは違う気がしたが、相手がその気なら使うのもやぶさかではない。キリシュに無様な姿を見せるのも嫌だ。それに、人族を見下すようなベルガーの態度が気に入らなかった。
「<リポルション>!」
「うがっ!?」
連撃の勢いを反発してベルガーを弾き飛ばす。この模擬戦で初めてベルガーが地面に膝を突いた。
「何じゃ今んとは!?」
「僕は魔法士――魔法使いなんです。剣はあまり得意じゃないんですよ」
「はぁ!? ふざくんな!」
ベルガーは激昂し、膝を突いた状態から一息で飛び掛かってきた。キリシュと遜色ない、いやそれ以上の速さだ。
「<リポルション>、<カイエン・ボール>」
<カイエン・ボール>と聞いて、身を乗り出して観戦していたキリシュとエルテガが素早く背を向け、目と鼻と口を両手で覆った。
飛び込んできた勢いの分、激しく吹き飛ぶベルガー。その顔に<カイエン・ボール>が直撃する。
「ひ……ひぃぃいいい!? 目、目がぁぁあああー!? げほっ、うげほっ!?」
風で拡散していない、純粋なカプサイシンだ。その激痛は想像して余りある。ベルガーは既に剣を手放し、両手で目を覆って地面を転がり回っている。
「あー、すみません。牛乳ってありますか?」
「え? ……たぶんあるちおもっけど」
壁際にいた兎獣人の女性に牛乳を取りに行ってもらう。リオンも<カイエン・ボール>を実際に舐めたことがあるし、霧状に拡散したものの余波を受けたこともある。ベルガーのことは嫌いだが、さすがに可哀想になってきた。
女性が大きなガラス瓶に入った牛乳を持ってきてくれたので、リオンはそれをベルガーに飲ませ、目を洗うように進言した。その後<ウォーターボール>で目を洗ってもらう。
「どうですか? 少しはマシになりました?」
「あ、ああ……」
「この魔法、痛いですけど後遺症は残りませんから」
「じゃ、じゃっどか」
もしまだ敵意を向けてくるようなら、<アイシクル・ジャベリン>で威嚇しようとリオンは思っていたが、ベルガーは魂が抜けたように戦意喪失していた。心なしかリオンを恐れているように見える。リオンが少し動くとビクッとするし。
かくして冒険者登録試験は終わった。リオン、キリシュ、共に文句なしの合格。ついでに、最低ランクはFなのだが、二人ともEランクでの登録となった。
溜飲は下がったが、決して後味が良いとは言えない。転移して初めて謂れのない敵意を向けられて、少し意地になったかもしれない、とリオンは少しだけ反省した。




