71 王都ヴィーゼン
「よっ! ほりゃっ!」
「ふっ! ふんっ!」
リオンは、二体のオークと戦う父娘の姿を少し下がった場所から見ていた、
ポワンカ村を発って四日。相変わらず森であるが、一行は順調にラルグリア王国の王都ヴィーゼンに向かっている。
昨日、リオンはなるべく魔物に手出ししないで欲しいとエルテガに言われた。キリシュの訓練にならないから、と。それはそうである。それまでの二日間に遭遇した魔物は全て、リオンが魔法で倒すか撃退していた。父娘は素材回収以外することがなかったのだ。
予定より旅程が順調なこともあって、リオンはエルテガの申し出を快諾した。魔法で倒した方が圧倒的に早いのは事実だが、キリシュが自分の身を守る能力を高めることも重要だ。身を守る、と言うには些か攻撃的過ぎる気がしないでもないが。
エルテガの槍捌きが見事なのは知っていたが、キリシュがこれだけ動けるのは驚きだった。とにかく素早い。リオンなど、キリシュを目で追うのがやっとである。それでいて身のこなしに無駄がないのだ。
オークが振り下ろす棍棒をすんでの所で躱し、懐に入って双剣で連撃。すぐに離脱し、オークの攻撃範囲から外れる。エルテガの援護も素晴らしい。娘がどう動くか予め分かっているように、彼女を邪魔しない場所に位置取り、防御に徹する。
惜しむらくは、キリシュの攻撃力がまだ不足していること。逆に言えば、それさえ十分ならオーク程度は一瞬で倒せるだろう。
「やあー!」
キリシュの剣がオークの首を切り裂いた。致命傷だ。残り一体。攻撃力不足のため時間はかかるが、同じようにエルテガと連携して倒し切った。リオンが思わず拍手すると、キリシュは少し照れたよう頬を赤らめた。
「リオン、娘ん攻撃はどげん思うね?」
汗一つかいていないエルテガから問われ、リオンは思った通りに答える。
「出入りの速さ、攻撃の的確さ、間合いの取り方、全部文句ないと思います。王国の騎士でもこれだけの人はなかなかいませんよ。あとは力さえつけばオークなんて瞬殺ですね」
リオンは素直に称賛し、唯一の問題点を指摘した。エルテガも当然弱点は分かっているようだ。
「力だけはなぁ。一朝一夕では身に付かんでなぁ」
「こいでも前よっか力が付いたたっど!」
キリシュが胸を張って主張した。ファンタジー作品では「支援魔法」というものがよく登場する。対象の素早さや筋力を上げたりするものだ。「バフ」と言ったりもする。
「バフが掛けられたらなぁ……」
「「ばふ?」」
「あ、いや、力を上げたりする魔法のこと」
「そげんこっでくっと!?」
「あ、いや、聞いたことはないんだけど」
「なあんだ……」
この世界では見たことも聞いたこともないが、出来ないとは言っていない。<身体強化>や<視力強化>の魔法があるのだから、もしかしたら自分以外の身体能力を上げることだって出来るかもしれない。
だが、それにはまず、リオン自身が<身体強化>を使えるようになる必要があるだろう。どんな仕組みで身体能力が上がるのか分からなければ、それを他人に施すのは無理であろうから。
「地道に筋トレした方が早いかもしれないね」
「そんなー!?」
がっくりと項垂れるキリシュに、リオンは苦笑いを浮かべた。なまじっか魔法で強くなれるかもと期待したせいで失望が大きいのかもしれない。
「そげん簡単に強くなるったれば苦労はせんど!」
エルテガが大笑いしながら娘の背中をバシッと叩く。キリシュは恨めしそうな目で父を見上げた。
こんな風に軽口を叩き合えるのも、野営にも関わらずしっかり熟睡出来たからである。二日目の夜までは念の為交替で不寝番を行ったが、昨夜から全員一緒に眠っている。リオンの<コンプレックス・シールド>が朝まで維持されることが分かったからだ。よく食べ、よく動き、よく眠る。単純なことだが、体調を維持するには不可欠なことだ。野営では特に睡眠が難しい。時間が短くなるし、警戒するせいで眠りが浅くなる。リオンの障壁があれば安心して長時間眠れるので、三人とも元気一杯であった。
森で遭遇する魔物は、特に昼間はあまり代わり映えしない。最も多いのがグレイトハウンド(お金にならない)、その次がブッシュボア。たまにファングベアー、オーク、タロンベアー。稀にホーンウルフ、ブラックエイプ、スニークスパイダーといったところだ。
リオンは二人が元気のあるうちは戦闘を任せ周囲の警戒に徹するが、強敵の場合は先んじて魔法で倒す。キリシュにとって魔物との戦闘はあくまでも「訓練」である。命まで張る必要はない。
「はぁ……さすがにそろそろお風呂に入りたくなってきた」
その日の夜。夕食後にキリシュがそんなことを呟いた。ここに至るまでも、濡らした布で体を拭くことはしていたが、森の中に都合よく温泉が湧いていたりはしない。
「風呂、かぁ……」
ちょっと待てよ? とリオンは考える。「フェルシカ」の町の宿で、リーゼが魔法で風呂を作っていたな、と思い出した。木の蔓のようなもので浴槽を作り、魔法で出した水を同じく魔法で温めたと思われる。
言葉にすると期待させてしまうので、リオンは無言で立ち上がり、少し離れた場所へ移動した。
「えーと、水を通さないくらい固くするイメージで……<エンバンクメント>」
まずは浴槽の底を作り、その四方を土の壁で覆う。
「水漏れがないか確認しないと。<ウォーターボール>」
そこに水を注ぎ入れ、しばらく様子をうかがう。
「おお、いけそうだな。じゃあ<ウォーターボール>、<ウォーターボール>、<ウォーターボール>。最後に<ファイアボール>」
土の浴槽に水を溜めてから、そこにそっと火球を入れてお湯にする。
「どれどれ……おお、丁度いいじゃんか!」
手を入れてみると絶妙な湯加減だった。背中にキリシュとエルテガの興味津々な視線を感じていたが、どうやら期待に応えられそうだ。
「キリシュ! お風呂出来たよ!」
「へ?」
さすがに女の子に露天風呂はどうかと思ったので、入口をこちらから見えない向こう側とし、三方を高い土壁で囲んだ。石鹸などはないが、湯に浸かるだけでも全然違うだろう。
「すごか! お風呂ができちょっ!!」
「キリシュ、お先にどうぞ」
「よかと!?」
「もちろん……ちょっ、僕が向こう行ってから脱いで!」
目の前で服を脱ごうとするキリシュに慌てて背を向け、リオンは壁の向こうに避難した。
「青春じゃっどなぁ」
「エルテガさん、それは違うと思いますよ?」
「じゃろか?」
あなた父親でしょ、娘の貞操はどうでもいいんですか! リオンはそう叫びたいのをグッと堪える。
壁の向こうから『ふぉ~!』とか『ほわぁ~!』とか聞こえてきて色々と想像してしまうが、リオンは無の境地で雑念を振り払った。「一緒け入ったらよかとに」というエルテガの呟きに、父親もリオンと娘をくっつけようとしているのが分かって困惑する。獣人――黒犬族は男女の関係にオープンなのだろうか? そうなのかもしれない。確かめたいが、藪蛇になりそうなので止めておいた。
キリシュが風呂から上がってホカホカしている姿に和み、続いてエルテガに入ってもらった。また『ふぉ~!』とか『ほわぁ~!』とか聞こえてくるが、雑念はちっとも生じない。
「リオン、あいがとな」
「どういたしまして。僕も入りたかったから」
「じゃあ次は一緒け」
「入りません」
「ええ!?」
「ええ、じゃないの!」
「ちぇー」
せっかく雑念を振り払ったのに余計なこと言わないで欲しい、とリオンは思う。しばらくしてホカホカのエルテガが出てきたので、リオンも風呂に浸かることにした。
(王都で石鹸を手に入れよう)
そうすれば野営がもっと快適になる。湯に体を沈め、リオンは久しぶりに考え事に耽った。
転移してから一週間。この短い期間でやりたいことがグッと増えた。
まず飛行。これは練習次第で出来そうな気がしている。
次に転移。マギアム文明の「ポータル」に出来るのだから、きっと魔法も存在する筈。ただ、これは手掛かりが皆無である。もし実現したら、キリシュをいつでもポワンカ村に帰してあげることが出来るし、米や味噌の流通にも絶対に役立つ。
そして身体強化。エルテガやキリシュが意識して<身体強化>を使っているのなら学ぶことが出来るかもしれない。
最後に、忘れてならないのが防御である。天使ベルケエルが言っていた「空間を引き延ばす」魔法。これについてはちょくちょく考えてはいるのだが、まだ考えがまとまらない。何となく、転移とも関係しそうな気がしているのだが……。
「っ!? ルシアレン様へのお祈り!」
ベルケエルと会った後、ユードレシア王国にいた間は毎晩欠かさず女神ルシアレンに祈りを捧げていたのだが、転移してからそれをしていなかった。リオンは慌てて浴槽から上がり、服も着ずに片膝を突いて天に祈る。そして今まで通り、二礼二拍手一礼も加えた。もちろん素っ裸のままだ。
(色々大変なことがあって失念しておりました! どうかお許しください!)
優しい女神様ならきっと事情を察して許してくださるに違いない。リオンはそう思うことにした。
服を着て二人の所に戻ると、不思議そうな顔で尋ねられる。
「何か、パン、パンって聞こえたど?」
「ああ、気にしないで。ルシアレン様に祈りを捧げていただけだから」
「へぇ~?」
キリシュはあまり興味がなさそうだ。エルテガも同様である。リオンもそれまで信仰心がなかったので、とやかく言う気はさらさらない。
その夜は風呂に入ったこともあり、これまでより熟睡できた。
それから三日後の昼頃。
「リオン! ヴィーゼンが見えっきたど!」
昨日の昼過ぎには森を抜けて草原地帯に入っていた。ラルグリア王国では沿岸の街道以外整備されていないため、リオンたちは道なき道をずっと西に向かって進んできた。草原は太腿くらいの高さまで草の丈があって、森の中よりもよほど進み難かった。リオンはそれでずっと辟易していたのだが、キリシュの声に顔を上げ、遠くに防壁を確認すると少し元気を取り戻した。
「ええい、まどろっこしい! <リポルション>!」
「「おおっ!?」」
草原地帯に入ってからこれまで魔物の襲撃もなかったので、浮遊して進んでみてもよいのではないかという気持ちになった。目的地が見えて、あと少しの行程が面倒になったのだ。キリシュにも「安全な場所に出たら魔法で浮かせてあげる」と約束したことであるし。
草の上、地上から約六十センチメートル辺りまで浮かぶと、キリシュとエルテガは慣れない感覚に戸惑いの声を上げた。
「二人とも、そのままじっとして。<エアバースト>」
二人をそっと押すように<エアバースト>を発動。その後、二人を追いかけるように自分の後方へ<エアバースト>を放つ。
(う~ん……自分の制御より人の制御の方が簡単だな)
これは、風の壁で押すのか、風を放った反発力で進むのかの違いだ。直接押す方が制御しやすいのである。
(てことは、自分に<エアバースト>を撃てばいいのか?)
落ちても大怪我はしない高さだし、思い付いたらやってみるに限る。自分の背後一メートル辺りから、自分に向かってかなり弱めの<エアバースト>を撃ってみた。
「おおっ! 進みやすい!」
<リポルション>や<レトログレイド>は散々自分に掛けているのに、攻撃に使える魔法を自分に向かって放つという発想に今まで至らなかった。キリシュとエルテガのおかげで「飛行魔法」の実現に一歩近付いたのである。
その後、草丈が低くなる辺りまで、三人はふよふよと浮き、ふわっと進んでいった。なおキリシュは大喜びだったが、エルテガはずっとびくびくしていた。
少し飛んだおかげで思ったよりも早く防壁の近くまで来た。王都に入る門は街道と繋がっているので、少し南下して街道に出る。そこには思っていた以上に人がいた。見える限り全員が獣人だ。馬車のような乗り物もあるが、それを曳いているのは毛の長い牛のような動物だった。
「キリシュ、あの乗り物――」
「ん? ああ、バイソンキュラスっち言うたっど。貴族とか王族くらいしかもっちょらんな」
「バイソンキュラスか」
馬車と比べても速度が出るようには見えない。それに今後の旅は恐らく森を進むことが多いだろうから、あのような乗り物は不要だな、とリオンは考えた。そもそも手に入れる方法も分からないことであるし。
王都に入る東門の列に並ぶと、リオンをジロジロと見る者が多い。この辺りで人族は珍しいだろうから仕方のないことだ。
「おい、わいは人族か?」
大きな体の男から声を掛けられた。頭の上には丸くて可愛らしい耳が付いている。熊の獣人だろうか?
「はい、そうですよ」
「そうか。めずらしかな」
巨体だから威圧感があるが、別に難癖をつけようということではないようだ。
「グレンドラン大陸出身です」
「ほお! そげんとおかとっから来たとな!」
その厳つさにも関わらず伝わってくる人の好さが、何となくルーシアの父、アライオス・レッドラン辺境伯を思い起こさせる。思い出してしまったことで、リオンは急に寂しくなった。熊(?)獣人の男に、泣き笑いのような顔を向けてしまった。
「こわがらせっしもたか!? 申し訳なかこっじゃ」
「あ、いえいえ! あなたのせいじゃないので気にしないでください」
キリシュが側に来て、そっと手を握ってくれる。エルテガもリオンを守るように後ろに立った。
「おいは冒険者ギルドにおっで。困ったことがあれば『ブロド』っち言えばわかっでな!」
ブロドと名乗った男はそう言って列から離れていく。その先には仲間らしき男が二人いた。彼もきっと冒険者なのだろう。これから王都の外へ依頼をこなしに行くようだ。
「リオン、だいじょっ?」
「うん。キリシュ、ありがとう」
「あん男の名、どっかで聞いた気がすんなぁ」
エルテガがそんなことを呟いた。
気持ちを切り替えよう、とリオンは思った。王都ヴィーゼンに来たのは、自分の無事と居場所を大切な人たちに知らせるため。それと、魔物の素材を売って路銀を作るためだ。感傷に浸っている場合ではない。
王都に入る列はスムーズに進み、すぐにリオンたちの番が来た。
「身分証」
金属鎧に槍を持った門番がぶっきらぼうに言う。三角の尖った耳は、ネコ科だろうか? リオンはまだ見ただけでは何系の獣人なのか分からない。
「こっちの二人はまだ身分証がなか」
「……入都の目的は?」
「冒険者ギルドで依頼を出すつもいじゃ」
「入都税二人分、六百フロレン」
身分証がない者は、街に入る際に税金を取られる。「フロレン」はエバンシア島で広く使われている通貨の単位で、リオンの感覚では十フロレン=一エラン(エランはユードレシア王国の通貨単位。日本円で約百円)である。つまりヴィーゼンの入都税は一人三千円だ。
ポワンカ村の長マーシャに冒険者登録を勧められた理由の一つが、この税金を取られないようにするために身分証を得ることである。
リオンとキリシュの入都税を支払うと、三人はヴィーゼンへ足を踏み入れるのだった。




