第6章 冬至のお菓子
ユージュナとラーラは白い湯気の中にいた。母と娘は並んだ蒸し器から平たいカボチャ菓子の塊を取り出し、盆で冷まして切り分ける。アルプ西郊の外れ屋敷はずっと野戦病院になっていたが、新年準備に没頭する2人は笑顔だった。
「カボチャは豊作で小豆もたっぷり! ここの屋敷のレシピ、美味しいね、母さん」
「みんな、冬至祭の代わりに新年を祝いたいはずよ。ミナス・サレもきっとお菓子を作っているわ。シドは元気かしら、戦後処理でたいへんでしょうね」
ラーラは炊事場の外の空を見た。
「あ、観測飛行艇がまた飛んでる」
「ラーラ、耳の具合はどう?」
「ひどく大気が震えているみたい、ずっと変。シャルの輸送船が戻ってきたらミナス・サレに直通で連絡できるのに。東メイスへ行ったままだわ」
ラーラはオンヴォーグを唱えるたびにシャルを想った。冬至から夜明けはますます遅く、陽の入りは相変わらず早かった。冬の厳しさが増せば増すほど、彼女はオンヴォーグの中に光を求めた。
「お菓子を一切れ真空包装にしたいわ。母さん、コードを使える?」
「ふふ、シャルに取っておきたいのね。いいわよ」
ユージュナは息を整えた。彼女は清拭コードと簡易圧縮コードを唱えた。
「不思議ね。同じコードでもガーランドのはシンプルなのに、玄街のは複雑で難しい。わざと煩雑にしたとしか考えられないわ」
「ガーランド・ヴィザーツに解読されないためにじゃない?」
「ん……」
ユージュナは何か別のことを考えているようだった。聞き覚えのある機体の音がした。
「輸送船が帰ってきた!母さん、シャルに渡してくる」
ラーラは小鹿のように駆け出した。母はその後ろ姿に微笑み、自分の暗い推測を忘れようとした。
ユージュナの推測はすでに現実になっていた。ミナス・サレ市民は半ばパニック状態にあった。サージ・ウォールの変異は確実になり、毎時210メートルの速さでアナザーアメリカの中心へと移動していた。
垂直だった吹き上げの暴風はやや右に傾き、じわりじわりと荒地を吞み込む。それが塩湖を渡り、ミナス・サレに到達するまで20日。残された時間はあまりに短かった。
シド・シーラは芳翆城の自宅に戻った時、そこにある全ての品に別れを告げた。紙挟みに何枚か写真を忍ばせた。それからラーラとユージュナのために宝石の首飾りをポケットに入れた。自分のためにはナイフと火打石と極秘開発の携帯食を鞄に入れた。
芳翆区の患者はすでに半分がオハマ1に去っていた。がらんとした上層階を抜けて、慎重な移送を待つ重症者のフロアに入ると、とたんに引っ越し準備と通常業務に追われる看護師の群れにぶつかる。
担架で運ばれる老人がシドに腕を伸ばした。
「シーラ医師、私はここで死にたい。ミナス・サレが私の故郷だ」
玄街人として生きた者の多くがそう訴える。シドは言った。
「医師の判断に従ってもらう。あんたは見込みがあって、青闇から来るなと言われている。行先はブルネスカ領国東部の外れのヴィザーツ屋敷、腕のいい医療ヴィザーツが待っているよ」
何度同じことを告げたか分からない。
シドは移送計画の進捗と見直しのため、本城に向かった。ミナス・サレ大移動作戦を指揮するのはジュノア・アガンだ。彼女の隣にいるはずの紋章人はどこへ行ったのか。
「彼女ならガーランドのマギア・チームと第4会議室ですよ。私は今からヒロ・マギア氏の説明を聞くところなの、あなたは?」
「もちろん御一緒します。息抜きがてらだが」
「実は私もよ。マリラさまがガーランド艦隊の大型輸送艦を明日から派遣して下さるから、少し肩の荷が軽くなったわ」
「市民の動揺は相変わらずです。私自信、セバン高原戦以上に落ちつかない」
「ここを放棄する日が来るなんて……悪夢を見ているようよ。でも、ガーランド・ヴィザーツがサージ・ウォール収縮を止める実験に協力できるのはうれしいことじゃない?」
「収縮?」
「ええ、創生伝説の時はサージ・ウォールはテネ城市近くで発動し、今の地点まで環状に拡大した。それが今度はテネ城市へ、つまり発動地点へと収縮しているのよ。マギア氏は反転現象と言ってたわ」
第4会議室はマギア・チームのほか、スピラー隊と飛行艇のパイロット、ミナス・サレの各部局長と保安局の要員が揃っていた。クラカーナ・アガンは杖一本で動き回っている。
「ヒロ・マギア殿、我が領国を実験場に選んでいただき光栄だ。成功の暁には本城が残る可能性があるだろうか」
「領国主殿、オレっちにその保証はできませんよ。実験は小規模だし、成功すると限らない。それに時間が足りない」




