転生①
「ゆ、勇者さま?」
「……っ」
双眸から光を無くし、その場に倒れ伏せていく二人の男女。
その二人の表情。
それは、信頼し切っていた者に裏切られたモノのソレだった。
その二人を踏みつけ、ジークは淡々と周囲を見渡す。
見た目は、アレンそのもの。
しかし、その中身はジーク。
赤々と輝く双眸。
そして、足元に広がる闇。
その異様な光景。
それに、ギルド内の平穏は混乱へと転じる。
「ゆ、勇者様!? あ、貴方は一体ーーッ」
目を見開き、声を張り上げようとするローブ姿の女魔法使い。
黒のローブに身を包み、その手には杖。
薄縁眼鏡をかけ、その整った顔立ちは歴戦の冒険家そのもの。
しかしその身は震え、視線の先に佇む勇者を明らかに畏れていた。
ジークに杖を向け、震えながら魔法を発動せんとする女。
その姿にジークは手のひらをかざす。
そして、吐き捨てた。
「収納する」
「てめぇの魔力を」
刹那。
魔力が無くなり、女は魔法が使えなくなってしまう。
しかしそれに気づかず、女は叫ぶ。
「ゆ、勇者のカタチをした悪魔!! 火球!!」
当然、火球は現れない。
汗を滲ませ、「そ、そんな」と呟き、後ずさっていく女。
「収納する、距離を」
「ひぃっ」
女の眼前。
そこに現れ、杖を握り締めたジーク。
そして、問う。
「オマエは俺をどう思う?」
「勇者であるこの俺を」
潤んだ女の瞳。
それを見据え、ジークは無機質に問いかける。
そんなジークの問いに女は答えた。
震え、絶望に彩られた表情を晒し、答えた。
「あ、悪魔。あ、貴方は、ゆ、勇者ではありません」
「いい答えだ」
吐き捨て、ジークは杖から手を離す。
拍子に女はその場にへたり込み、カチカチと歯を鳴らしジークを見上げる。
その姿。それはまさしく、抗えぬ執行人を見つめる処刑人そのもの。
「これから俺はオマエ以外を殺す」
「よく見てオけ。世界を救った勇者様が罪なき人々を蹂躙する姿。それをしっかりと」
「そして、ツタえろ。その口で俺がやったことを、この光景を知らぬモノたちに」
声を響かせ、女から意識を逸らすジーク。
呼応し、腕に自信のある冒険家たちのかけ声が反響する。
「人殺しッ、あんたは勇者なんかじゃない!!」
「罪なき人を殺めるその所業……いくら勇者であろうと許すことはできない!!」
「このギルドから逃がすわけにはいかない!!」
ジークを囲み、力を行使しようとする面々。
武闘家。剣士。治癒士。魔法使い。
その他にも様々な冒険家たちがオーラを纏い、ジークを共通の敵と見做す。
静かにモノたちを見渡す、ジーク。
「かかれ!!」
何者かの号令。
それを合図に、彼等はジークへと攻撃を繰り出していく。
しかし、数秒後。
「収納する」
「この女以外のモノたちの命を」
その短き言葉。
それにより、室内は死の空閑へと変わる。
糸が切れた人形のように、瞳から光を無くし崩れ落ちていくモノたち。
残ったのは、ジークと女の二人のみ。
慟哭し、頭を抱え蹲る女。
その女に、ジークは声を落とす。
「さっさとイけ」
「そして、伝えろ。この勇者の所業を」
染み渡るジークの声。
そこには宿っていなかった。
一欠片の慈悲も、一欠片の容赦も宿ってはいなかったのであった。