王都①
轟く、魔物たちの雄叫び。
それに大気が震え、地が揺れる。
「蹂躙する。王都を」
「俺の故郷をそうしたように。王の街も蹂躙する。一人も逃すな。女、子どもにも容赦するな。これは、復讐だ。俺の、復讐。俺の中にはない。この街に対する慈悲の心など欠片も」
淡々と響く、ジークの声。
そこに宿るは、怒りと憎悪。
勇者の戯言とジュリアの我儘。
それに耳を貸し、一つの村を。ジークの大切な故郷を。大切な人々を。躊躇いなく蹂躙せよ。と命を下した、王。
慎ましく生き、貧しいながらも皆で助け合って日々を過ごしていた村人たち。
笑顔でジークとジュリアを見送り、勇者を信じ平和な世界を望んだ、村人たち。
そして。
"「ジークっ。ジュリアっ」"
ジュリアとジークに懐き、親亡き自分の境遇をいつも笑顔で誤魔化していた幼き少女。
花の冠。
それをいつもその胸に抱きしめーー
涙は流れない。
心の痛みも感じない。
しかしそのジークの身は震えていた。
思いが溢れ、だがジークはそれを闇へと染める。
そして、吐き捨てた。
「蹂躙せよ」
「王都を」
〜〜〜
温かな日の光。
それに照らされ、王都はいつものように平和を謳歌していた。
張られた勇者の結界。
そして、幾重にも王都を取り囲む堅牢な壁。
その二つの守りに、人々は全幅の信頼を置いていた。
外の世界では物騒なことが起こっている。
その程度の意識しか、人々は抱いていない。
都合の悪い知らせ。
それは全て、王の命令により民の耳には入らない。
なので、人々はこの平和がいつまでも続くものだと思っていた。
そう、今日その日までは。
「知ってる? 勇者様の仲間。そこに荷物持ちがいたってこと」
「えー、知らない」
「なんでも。力も無い癖に勇者様のご好意で仲間に迎えられたらしいよ」
「えっ? 本当に?」
「うんっ。それでね。その末路って言うのが」
ジークの末路。故郷の最期。
それにローブ姿の二人組の女は、笑いを響かせた。
そして話を振った女が、「ほんと笑い話よね」と声を発し楽しそうに空を見上げた、瞬間。
一本の漆黒槍。
その魔物の槍が勢いよく降り注ぎーー
ぐちゃッ
開かれた口から股を貫通し、女を串刺しにする。
「えっ?」
呆気に取られ、返り血を浴びたもう一人の女。
同時に女は聞いた。
「収納する。壁を」
そんな声を、吹き抜ける風の中に。
そして。
「まッ、魔物が王都の中に!? たッ、助けてくれ!!」
「逃げろ!!」
「ゆッ、勇者様の結界はどうした!?」
「壁も無くなったぞ!!」
慌てふためく人々の声。
それが女の耳に入ってくる。
呼応し、魔物たちの鳴き声が王都を覆う。
壁が無くなり、勇者の結界も無くなった。
その二つの言葉。
それに女は正気を取り戻し、「きゃぁぁぁ!!」と悲鳴をあげ、その場から立ち去ろうとした。
しかし、そこへ。
「ぐぎゃ!!」
「へぐっ」
ゴブリンの投擲した棍棒。
それが飛来し、女の後頭部を直撃。
脳震盪を起こしふらつき、「……っ」女はその場にうつ伏せに倒れ伏せる。
その女を囲む、ゴブリンたち。
皆その手には錆びた短剣を握り、今にも女をなぶり殺しにしそうな勢い。
その気配。
それを感じ、女は必死に身を起こし起きあがろうとした。
腕に力を込め、懸命に。
あがる、女の視線。
そこに、女は見た。
漆黒を帯びた、ジークの姿。
それをはっきりと。
「あ、貴方」
「……」
こちらを見下ろす、無機質な眼差し。
それに直感する、女。
「ジーク? じ、ジーク」
名を呼び、女はジークの足に縋る。
引き攣った笑顔。それをたたえながら。
「た、助けてよ。ねぇ、お願い。わたしは関係ない。わ、わたしは貴方とは関係ない。ね? だ、だから。王だけ。勇者だけを殺せばそれで」
「死ね」
「そ、そんなッ。た、助けて!! わたしはまだッ、死にたくーーへぐッ」
ジークの言葉。
それに歓喜し、嬉々として女へと短刀を突き立てていくゴブリンたち。
飛び散る血肉。
響く、悲鳴。
それを余韻に、ジークは踵を返す。
闇を纏い。ただ一点に王城を見据え、「蹂躙する。王都を」そう呟き、更に力を行使するジーク。
【収納物】
王都を囲む堅牢な壁
それを取り出し、誰一人逃さぬようーー王都を再び闇に染まった堅牢な壁で覆ったのであった。