王都②
「殺す。一人残らず」
響く ジークの声。
一歩。
前に踏み出し、ジークは闇を纏う。
己の心。そこに、殺意という名の闇を。
それに呼応し、微かに大気が震え、僅かに地が脈打つ。
だが、そこに。
「あら、ジークくん。王都に帰ってきていたのね」
軽装の女剣士。
金髪の女性の透き通った声が響く。
ジャンヌ。
故郷の傭兵にして、ジークが旅立つその日も故郷を守っていた女剣士。
ジークの数十歩先。
そこに佇み、なぜか腰に差した剣の柄を握っているジャンヌ。
「おかえりなさい。ずっと待っていたわ」
顔は笑っている。
しかしその目は一切、笑っていない。
「……」
「あーぁ。もう少しもってくれると思ったんだけどな。知ってる? ジークくん。性奴隷って、男に抱かれる度に報酬がもらえるのって。それでね。その性奴隷が属していた村で協力をした人にもその何%かの取り分がもらえるの」
「……」
「でも、そのソフィちゃんは。30人目?くらいで、壊れちゃったの。ずっと、ジークくんの名前を呼んで。行為中もずっとそんな感じだったんだって。だから、わかるよね? 金持ちの男の人はそんなソフィちゃんに興奮しなくなっちゃったの。だから、ポイっ。さようならってわけ」
剣を抜き、ジャンヌはその刃先をジークへと向ける。
そして言い放つ。
「でも、よかった。このタイミングで貴方がここに帰ってきてくれて。貴方の首。ジークくんの首を勇者様に差し出せば、たっぷり報奨金がもらえるの」
ジャンヌの言葉。
それに、ジークは拳を固める。
闇が拳に纏い、じわりじわりとその濃度を増していく。
「だから、ね? さっさとその首を寄越せ」
瞳孔を開き、ジャンヌは剣を振るわんとした。
自身の力。【縮地】と【抜刀術】。それを行使して。
己の剣の射程範囲。
そこに瞬時に歩を置き、瞬きの間をもって。
だが、それは届かない。
なぜなら。
「収納する。スライムたちとお前との距離を」
「きゅっ」
距離を収納され現れた、一匹のスライム。
その緑色のスライムが、ジャンヌの剣へと触手を伸ばしへばりついたから。
じゅゅゅッ
白い煙。
それをあげ、剣は溶けていく。
それに目を見開き、ジャンヌは汗を滲ませる。
二歩、三歩と後退しーー
「きゅっ」
「きゅっ」
二匹目、三匹目。
次々とスライムが現れ、容赦なくジャンヌに向け触手を伸ばしていくスライムたち。
「くっ、こ、これは一体ッどうなっている!?」
じゅゅゅッ
「ぁっいッ、くッ、くそッ!! くそったれぇ!!」
装備が溶け、爛れていく、己の身体。
それに焦り、ジャンヌは瞳孔を開く。
そのジャンヌに、ジークは吐き捨てた。
「スライムたち。そいつの中に入れ」
"「ジークくんに、ソフィちゃん。この世界で一番大切なモノ。なにか知ってる?」"
"「それはね。お金よ、お金」"
あの言葉。
今思えば、それがこの女剣士の本性だった。
金の為。それの為に、村を守るはずのジャンヌはソフィを見殺しにした。
信じていた、存在。
それにソフィはきっと、助けを求めたであろう。
すがりつき、ジャンヌに訴えたに違いない。たすけてください。と。
それを、こいつはーー
ジークの命。
それに従い、スライムたちはジャンヌの元へと這いずっていく。
そのスライムたちを見つめ、ジャンヌは吠える。
「クソ餓鬼がッ、金の大切さがわからねぇクソ餓鬼が!! この程度でこのわたしが殺られるとでも思ってんのか!? 舐めるなッ、舐めるなァ!!」
本性。
それを露わにし、ジークを罵るジャンヌ。
両手を広げ、空を見つめ、ジャンヌは叫ぶ。
「てめぇらの幼稚さッ、ずっと側で鬱陶しいって思ってたんだよ!! 金にもにならねぇ夢ッ、それを恥ずかしげもなくたらたらたらたらと!!」
己の足。
そこにまとわりつく、無数のスライム。
それにより肉が解け、肉の焼ける音が周囲に響く。
だが、ジャンヌは止まらない。
大きく目を見開き、夜叉の如くジークを見据え、更に声を轟かせた。
「喜んでやれよッ、ジーク!! ソフィはこの私の役に立ったんだからな!! 性奴隷としてッ、その命を差し出してッ、金を産んでくれてたんだからな!! 私に助けを求めたっけな!? はははッ、滑稽だったなぁ!! あのソフィちゃんの泣きっ面は!!」
「きゅっ」
べちゃっ
ジャンヌの叫び。
それを遮るように、一匹のスライムがジャンヌの口にへばりつく。
それに倣い、スライムたちは次々とジャンヌへとまとわりついていく。
目、鼻、耳。
呼吸。そして、見る。聞くさえ許さぬという、ジークの意思。
それを体現するようにして。
そして、ジャンヌの中をスライムは侵食していく。
あらゆるモノを溶かす、粘液。
それが、ゆっくりとジャンヌの中へと流れ込む。
ふらつき。
名状しがたき痛みに白目を剥いていく、ジャンヌ。
そのジャンヌの元へと、ジークは歩を進める。
拳を固め、無機質に。
"「ジャンヌさんには感謝してる。この村が平和なのも、ジャンヌさんが守ってくれてるからだもん」"
ソフィ。
最後に、縋ったんだよな?
頼りになる、ジャンヌに。縋ったんだよな?
ソフィのことだ。泥だらけになって、傷だらけになって、それでも、ジャンヌの足元に縋ったんだよな?
止まらぬ、憎悪。
それに身を委ね、ジークはジャンヌの眼前で足を止めた。
そして、呟く。
「死ね」
めきっ
全力で、ジークはジャンヌの顔面に拳を叩き込む。
容赦なく。一切の躊躇いもなく。ただその拳に、純粋な殺意のみを込めて。
声にならぬ、悲鳴。
それをあげ、ジャンヌは石畳に叩きつけられる。
そのジャンヌの身。
そこにスライムたちは殺到し、ジャンヌの全身にへばりついていく。
「ーーッ-ッ」
もがき、スライムたちから逃れようとするジャンヌ。
しかし、スライムの群れはそれを許さない。
「きゅっ」
「きゅっ」
次々と現れ、ジャンヌという名のゴミを溶かさんとするスライムたち。
その様。
それを見据え、ジークは呟く。
「一人残らず、殺ってやる。一匹も逃さない。俺の故郷はもう無い。覚悟しろ、ゴミ共。女、子ども。関係ない。全員、全員。殺してやる」
「収納する」
「俺の慈悲を」
ジャンヌの溶ける音と自身の声。
それを余韻に、ジークは王城へと歩みを進めるのであった。




