聖女①
そのマリアの反応。
それにジークは更に、力を行使した。
「収納する。聖女の手の指、全てを」
マリアの細く白い指。
それが全て、闇に包まれる。
呼応し響くは、マリアの焦燥声。
「くっ、くそぉ。わたしの指ッ、ゆびがァ!!」
ぽたぽたとた垂れる、自身の血。
それに足元を濡らし、マリアは二歩三歩と後退る。
その顔は悔しさに満ちーー
「こ、この力。お前は魔王にでもなるつもりなの? ご、ゴミの負け組から魔王に昇格なんて。と、とんだ大出世じゃない」
なおもジークを煽る、マリア。
そんなマリアの眼前。
そこにジークは距離を収納し、現れる。
光無き闇の瞳。
それに、マリアは「ひぃっ」と悲鳴をあげた。
魔王よりも濃く、冷たい闇。
あらゆるモノを収納せし、ジークの力を具現化した闇。
こちらを見据える、容赦なき眼差し。
マリアはそれを畏れーー
そして、嗤う。
「ゴミ。ゴミクズ。なんですか、その目? この聖女になにガン飛ばしてんだ? 負け組」
頬に付着した自身の血。
それを気にも止めず、マリアは嗤う。
「命乞いでもするとでも思ったか? お願いします、助けてください。とでも言うとお思いですか? ざんねーん。そんなこと言うわけねぇだろ」
「収納する。てめぇの腕を」
吹き出す、血。
両腕を失い、なおも嗤うマリア。
「はははッ、ははは!! いいですわッ、いいですわ!! イイ。ですわ」
響く、マリアの声。
そこに、ジークは感じる。
声質はマリアのもの。しかし、そこに言いようもない違和感。それをはっきりと。
目を見開く、マリア。
そして、ジークを見据えーー
「裁きッ、裁きをオマエに!! わたくしをこのような目に合わせたお前に、神の裁きを!!」
響く、悪意に満ちた声。
刹那。
めきッ
ひび割れるような、頭痛。
それがマリアを襲う。
「ぃッ、いたい!! ぃだいッ、いだい!!」
叫び、その場をふらつくマリア。
そして目を血走らせ、マリアは叫ぶ。
「ちッ、違う!! 神ッ、かみさま!! わたしじゃない!! わたくしではありません!! 裁きを受けるべきは、あのッ、あの者!!」
ごきっ
メキッ
耐え難い頭痛。
まるで脳を鷲掴みにされているかのような、痛み。
それに絶叫しその場に崩れ、「ぃだいッ、いだい!! お許しを、お赦しを!!」と神に懇願し、吐瀉を繰り返すマリア。
しかし、痛みは増す一方。
「ぉ……ゆるし。ぐだ、さい。かみ、さま」
白目を剥き、仰向けに倒れ、口から泡を吹くマリア。
その様。それに、先ほどまでの聖女の姿は欠片もない。
そのマリアの側。
そこに身を置き、ジークは声を落とす。
「収納する。目を」
漆黒に包まれ、消失するマリアの両目。
痙攣し、微かに漏れるマリアの嗤い。
「収納する。心臓を」
瞬間。
収まる、嗤い。
呼応し、ジークは見る。
マリアの空道となった眼窩。
そこに宿る金色の光。
それをはっきりと。
だが、ジークは退かない。
糸のついた操り人形のように、その場に立ち上がるマリア。そして、かくりと頭をさげその髪を前に垂れ流し、マリアは声を漏らした。
「ジーク。じーく。じー、く」
死したはずの、マリア。
その口から漏れる、地の底から響くような呟き。
「さばき。裁き。サバきをオマエに」
「このモノは既にその死をもって裁きを受けた。ツギは、オマエだ。あらゆる罪。あらゆる冒涜。ソレを犯した、オマエを。我は裁く」
死したマリアの身。
そこに憑依せしは、冥府の神。
名は無い。
あるのは、神という存在のみ。
漆黒に包まれ、ジークから距離を置くマリア。
その神に、ジークは叩き込む。
距離を収納しーー
「これは俺の復讐だ。横槍入れてくんじゃねぇぞ、神」
そう吐き捨て、天賦の拳をマリアの顔面へと。
一切の躊躇いも、容赦もなく。
ジークには無かった。
神に畏れを抱く感情など、一欠片も。