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圧倒

「いや~、やっぱり王国一のギルドの方々ですね~。側にいてくれるだけで、安心しますわ」


 物資を含む財を乗せた手車を引きながら、依頼主は笑いかけた。


 依頼主の周囲には、三人の護衛たち。一人は女騎士、一人はヒーラー、そして一人は魔術師を生業としていた。彼ら彼女らは全員『白銀の女騎士』の構成員。依頼主からの要請を受け、こうして護衛として馳せ参じているわけだった。


 依頼主の一番近くにいるためか、それとも三人の中で一番高位であるためか。

 金のヒーラーが、依頼主に笑みを返す。 


「そう言っていただけると、私たちも嬉しい限りです。……しかし、油断はなさらないように。道中何が起こるかは、まだわかりませんから」

「えぇ、そうですね。注意深く進みましょう」


 緊張し直す依頼主の姿を見て、金のヒーラーはフッと鼻で笑う。

 彼女たちは道中何が起こるかわかっており、それをネタに倍近くの報酬をむしり取ろうというのだから。


 山道に差し掛かった。

 上り坂ということで、手車を引く依頼主の手にも力が入る。気力も体力も、それまでの二倍三倍と必要になっていた。


「前後をガラ空きにできないから」。そのような理由で、自ら手車を押す役を買って出る金のヒーラー。

 筋力増強の術を使えば、騎士とまではいかなくとも一般人よりかは力が付く。その甲斐もあってか、一行は実にスムーズに山を登っていった。


 山頂が近づくにつれ、銀の女騎士が頻りに後ろを見ている。リーダーである、金のヒーラーに確認しているのだろう。「そろそろではないのか」、と。


 その視線に毎度応えていては、依頼主に不審に思われてしまう。金のヒーラーは実に三度に一回の割合で、頷き返していた。


(打ち合わせ通りなら、ここいらの茂みの中に隠れているはずですね)


 手車を押しながら、金のヒーラーは辺りに注意を向けていた。


 最初に前衛である銀の女騎士に、攻撃を仕掛けることになっている。

 果たして、茂みはガサガサと揺れ、一行の注意を集める。そして一瞬時間を置いて、茂みの中から炎の玉が飛び出してきた。


 ーーこの場合、敢えて一瞬の猶予を与えたといった方が、正しいのかもしれないが。


「伏せろ!」


 叫ぶ銀の女騎士。

 向かい迫る火の玉を、彼女は何故か前以て構えていた盾で受ける。


「ぐっ」


 その威力が想像以上……いや、打ち合わせ以上だったのか、防ぎ切れなかった銀の女騎士は、一歩後退する。


 炎の玉自体は、依頼主を……一行を襲うことはなかった。しかし弾き飛ばした際の火の粉が、不運にも手車に飛び火したのだ。


「あぁ! 手車が!」

「ちっ! ……シャワーを頼みます!」

「任せろ!」


 金のヒーラーに命じられた銀の魔術師が、水系統の魔法、『シャワー』を繰り出す。

 銀の魔術師が杖を突き出すと、手車の上空に小さな雨雲が現れ、降雨によって鎮火させた。


 彼女たちも上級冒険者。予定外の事態に慌てるような醜態は晒さない。


「ふぅ。良かった。一時はどうなることかと……」


 胸に手を当て、依頼主は大きく安堵する。

 ゴールドのヒーラーも、「えぇ、本当に」と、心の底から同意した。


(折角の追加料金が、なくなってしまうところでしたよ)


 勿論そんな胸の内など口に出すこともなく、彼女は火の玉が放たれた茂みを睨みながら、「何者だ!」と声を上げた。


 現れたのは、三人の男女。


 一人目は頬に大きな傷を負った、屈強な騎士。二人目は『暗黒の森』に住む狼を従えた召喚術師。そして三人目は魔道書を片手に持った女魔術師だった。

 言わずもがな、三者ともギルドの人間である。


「野盗ですか……?」


 正解を知っているのなら、わざと誤った解を導き出すことも可能であって。

 依頼主に彼らとの旧知を悟らせないため、ゴールドのヒーラーはそんなことを口走った。


「だったら、どうする?」。答えたのは、金の騎士だった。


「このままどこかへ消え失せることをオススメします。もし拒むと言うのならば……」


 金のヒーラーは、そこで言葉を切る。


 両者ともに武器を構えて、睨み合う。緊迫の時が、静かな山道に流れている。


 先に動きを見せたのは、強襲側だった。

 金の騎士が、愛用のランスを突き出す。


「うわっ!」と、盾で防いだのは銀の女騎士。その後も金の騎士から連撃を受けるものの、器用に盾を動かすことで、彼女は何とか防いでいた。


「おぉ! 互角に渡り合っている!」


 依頼主の賞賛は、銀の女騎士に対するものなのか。はたまた野盗を演じている金の騎士に対するものなのか。

 しかしながら、その賞賛は送る必要のないものなのだ。


 ゴールドとシルバー。階級の差を考えれば、勝負が一方的なものになることくらい目に見えている。つまり金の騎士は、手を抜いているのだから。


 隙を見計らってか、後衛を務めている銀の魔術師が動く。


「エレクトロ!」


 その瞬間、バチバチッと、金の騎士の手元に電気が走った。


 エレクトロは、少量の電気を発生させる魔法。それは雷魔法の下位互換に位置するものであって。

 日常生活を快適にするための開発されたもので、要するに本来攻撃手段として用いられる魔法ではないのだ。


 攻撃の意思がないことは明白。しかし力を有さない一般人には、そんなことわかるはずもない。


 その後も六人の同志たちは、依頼主の前で茶番劇を繰り広げ続けている。


 大怪我を負う心配もない。死ぬ心配もない。報酬の上乗せも……この分だと、大いに期待出来るだろう。

 となれば、あと彼ら彼女らが考えることは、一つだけだった。


(さて、いつまでこれを続けましょうか?)


 戦闘のフリをやめるタイミング。金のヒーラーは、そのことで頭がいっぱいになっていた。

 何せタイミングを違えば、全てが水の泡となる可能性もあるのだ。


 だから――彼女は気付かなかった。

 己の足下に影が出来ても、大きな鳥としか思わなかった。そしてそれが徐々に近づいてきても、気にも留めなかった。


 金のヒーラーが、上空から背中を踏みつけられたのは、それから間も無くのことである。


「うわっ!?」


 突然すぐ近くに見ず知らずの女が現れ、依頼主は腰を抜かす。


 天から現れし、マントに身を包んだ女。

 フードを深く被っているため、一行にその正体を見破ることは出来ない。


『……っ!?』


 七人目の役者など、自分たちは聞いていないぞ! 彼らは敵味方であることなど忘れて、互いの顔を見合わせる。


 ヒーラーが倒れた以上、残るゴールドは自分だけ。唯一冷静だった金の騎士は、女――ツバキにランスを向けた。


「お前は何者かという至極当然の疑問を呈したいところだが、その前に。そこの女から、足を退けてくれないか?」


 未だその高いヒールで金のヒーラーを踏み続けるツバキに、金の騎士は言う。

 予定外のことには対処出来ても、予想外のことには対応出来ない。本当に襲われるなんて、誰が想像出来ようか?

 彼らは所詮、その程度の冒険者なのだ。


 依頼主の眼前であるというのに、金のヒーラーの安否を心配する金の騎士。そんな彼に、ツバキは唯一外から目視できる口元をほころばせた。


「……」


 声色で正体を突き止められることを恐れてか、ツバキは無言のまま金のヒーラーから足を離す。されど金のヒーラーはその場でうつ伏せになったまま、何も発することは出来ず、動くことも出来ず。辛うじて痙攣を起こしているだけだった。


(この女……何かしたのか?)


 今すぐ駆け寄りたい衝動を抑えて、金の騎士はツバキを睨んでいる。

 その瞳には、もう困惑の色などなく。今更ながら、敵意と殺意が宿っていた。


「お前が何者かは知らないが、今この場には腕利きの冒険者が六人。不意打ちで一人倒した程度で調子に乗って貰っては困るな」


 ツバキの前方には、騎士が二人、魔術師が二人、召喚術師が一人。彼らの優位は、まだまだ変わらない。


 しかしツバキは、「それはどうかな?」と言わんばかりに手に持っている小さな玉を見せびらかす。


 それはただの玉ではない。


「閃光玉か!?」


 金の騎士が叫ぶと同時に、閃光玉が強烈な輝きを放ち出す。


「うわっ!」


 誰もが目を塞ぎ、光をシャットアウトする中、一人の白い騎士が依頼主に接近していた。


「危ないですので、こっちに来ていてください」

「……え?」


 依頼主も、周りが見えていない。だから襟を掴まれ体を引っ張られても、何が起こっているのかわかっていなかった。


 やがて閃光は収まり、依頼主の目も通常状態に戻っていく。

 視界が明瞭になり、いの一番に目にしたのは、成人しているかも定かではない少女の姿ではないか。


「あなたを守ってくれって、頼まれたんで。それが私の任務なんです。だから……じっとしていてくださいね?」


 困ったように、アレキサンドラは笑う。


 光属性のスキルを有するアレキサンドラなら、閃光の中でも目が利き、自由に動き回ることが出来る。その特性を魅入られて、彼女はヤマトに本当の意味での護衛を任されたのだ。


「逆上した冒険者さんたちが、依頼主に危害を加えたら大変ですものね!」


 しかしそんなアレキサンドラの予想は大きくはずれる。


「奴らからの攻撃じゃない。守るのは……俺たちの攻撃の余波からだ」


 相手はゴールドランク。二次被害を気にして勝てる相手ではないということだ。


(ヤマトさん……ツバキさん……)


 念の為にとクラウ・ソラスを抜きながら、彼女は心配そうに二人を見つめるのだった。


 一方ツバキたちはというと、


 光が収まると共に、もう一人の客人が来訪していた。……ヤマトである。


「おいおい、マジかよ?」


 金の騎士の表情から伺えるのは、最早驚きではなく呆れ。


 気の小さい野盗ならば、不利と思える現状でこの場に留まる理由はない。

 閃光玉だって、逃走のために使用するはずだし、金の騎士も当然そう思っていた。しかし実際は、


「逃げるどころか、増えやがった。お前ら、本当に何者……」


 悠々としていた金の騎士の口は、そこで止まった。


 彼は声を失った。冷静な思考を失った。……己の思考を凌駕する事態が、起こったのだから。

 己の装備を見てみろ。ドラゴンの攻撃が直撃しても壊れないはずの防具が……大金を叩いて購入した愛用の防具が……物の見事に切り刻まれているではないか。


 ガランガランと、音を立てて地面に落ちる防具。インナー姿になる金の騎士。

 古風な侍と、マントの女。どちらが自分の防具を破壊した?

 動いているのは、ヤマトの方だった。


 正確には、動き終わったのがヤマトの方だった。何故なら、彼は愛刀を鞘にしまうところだったから。


 一瞬で。目にも留まらぬ剣技で。ヤマトは金の騎士の防具のみを、切り刻んだのだ。


 一矢を報いようにも、唯一の攻撃手段であるランスも先端がなくなっている。


(鎧だけじゃねぇ。武器まで斬ったのかよ!?)


 ただの野盗になら、自分が遅れをとるはずもない。本当に彼らは何者なのだ?

 金の騎士がその答えを模索する前に。ヤマトにみぞおちを殴られた彼の意識はそこで途絶えるのだった。


 金の騎士と金のヒーラー。リーダーを失った二組のパーティーに、最早作戦も陣形もない。

 第一貧しい人間たちよりも、自分たちの至福の肥やしを得ようと奮闘していた欲深い人間たちである。仲間なんかよりも、我が身が一番可愛いもので。


 残ったシルバーの冒険者たちは、如何にしても無傷で逃げ果せるか。それだけを考えていた。


 思えば優勢だった戦況が劣勢に変わったのは、閃光玉が効力を発揮して、ヤマトが現れてからである。

 つまりは視界を遮ることこそ、効果的なのだ。


 銀の女魔術師はそう分析し、魔道書を開く。そしてヤマトたちに向かって魔法を繰り出した。


「ブリザード!」


 右手から放たれた猛吹雪が、ヤマトたちを襲う。

 視界が明瞭でなくなるのは言うまでもなく、それ以上に、凍てつく攻撃が二人の体を急速に冷やしていった。


『エレクトロ』などという、子供染みたごっこ遊びではない。そこには明確で冷徹な殺意があった。


「この程度で死ぬ相手なら、ゴールドの二人がやられるはずもないわ。……狼をお願い」

「わかった!」


 吹雪が避けられたのを前提に、次なる奇襲を用意する。


 人間より感知能力に優れている狼で、行動を封じようというのだ。あわよくば、命を奪っても……。

 近づいてくる足音。カツカツというこの音は……ヒールだ。


(右か左か? それともさっきみたいに、上なの?)


 気張る銀の女魔術師。しかし言うほど緊張感を持っていないのは、自分がやられる前に狼が片付けてくれると信じているからで。


 されどどれだけ足音が近づいても、狼がツバキに飛びかかることはなかった。……飛び掛かれなかったのだ。


 ツバキは唯一狼が襲ってこられない方向……言い換えるならば、真正面という最短距離で。猛吹雪の中を、突き進んでいたのだから。


 銀の女魔術師がその事実に気が付いた時は、既にその先の未来が決定していて。

 腹部に迫ったヒールのかかとを避け切ることは叶わず、盛大に後方に吹っ飛ばされた。


 大木に打ち付けられた銀の女魔術師もまた、金のヒーラーのようにガクガクと痙攣を起こしては、それっきり動けなくも喋れなくもなる。


 ハニートラップや遠距離からの狙撃。様々な暗殺術を身に付けているツバキだが、一番得意としているのは自慢の高いヒールを用いた暗殺。

 鋭く尖ったかかと部分の先端に、毒針などを付属しているのだ。


 今回仕込んでいるのは麻酔針。それも自身で調合した、かなり強力な代物。一度踏みつけられれば、半日は体の自由が利かない。


 ゴールドの冒険者二人に続き、銀の女魔術師までも戦闘不能。更にはいつのまにか、銀の魔術師と召喚術師までヤマトにのされている。


 残るは銀の女騎士一人。


 隙をついても逃げ切れないし、正攻法では逃げる以前の話である。

 それでもこの場を切り抜けたいのなら、卑怯な手を使う他ない。


 彼女が次に向かう先は、一つだった。


「おおおぉぉぉ!」


 剣を片手に、彼女は依頼主に一直線に走っていく。


 どういうわけか、自分たちを襲うこの賊は依頼主を守っている。ならば、その依頼主を人質に取って逃げればいい。


 幸運にも、依頼主の護衛を担当しているのはこの中で一番弱いホワイトのアレキサンドラ。

 反応の遅れたヤマトとツバキは、一目散に銀の女騎士を追いかけた。


「アレク!」


 アレキサンドラに差し迫ってくる銀の女騎士。

 アレキサンドラは念の為にと構えておいたクラウ・ソラスの鋒を銀の女騎士へ向ける。


「……」


 まだ距離がある。そう思い、一度彼女は依頼主に目を向ける。


 不安そうな、怯えている表情。……他の誰でもない。自分が守らなくては。

 大怪我を負うことなど、死ぬことなど怖くはない。そう言ったら、嘘になるけれど。

 でも今はそれ以上に、「依頼主を何としても守らなければならない」という義務感が、アレキサンドラの中にはあった。


(でも……どうしよう?)


 まともにやり合えば、瞬殺されるのは必至。

 策も実力もない以上、やれることは祈ることくらいしかない。


 アレキサンドラは前にヤマトがそうしたように、クラウ・ソラスを胸の前に突き立てた。


「女神の名を冠する白き乙女よ。どうか我にご加護をお前給え」


 するとどうだろうか?

 祈りが天界を統べる神に届いたのか、クラウ・ソラスが、アレキサンドラの鎧が、彼女の体が光を放ち始めたではないか。


 やがて光は輝きになり、閃光になり。眩いきらめきが、辺り一帯を覆い尽くす。


「眩しい!」


 アレキサンドラの目前まで迫っていた銀の女騎士は、強烈な光に思わず動きを止める。


 彼女を討ち取る、絶好の機会だ。頭ではわかっていたものの、ろくに剣などふるったこともないアレキサンドラには、彼女を斬る勇気がなく。

 クラウ・ソラスの鋒が、小刻みに震えていた。


 今の閃光が奇跡だとすれば、次はない。

 そして自分の不意打ちを受けたのは、何も銀の女騎士だけではない。ヤマトとツバキも視界を奪われている筈だ。

 だからこそ、自分がやらなくては。


 わかっているのに、わかっているのに――振り上げた剣を、下ろすことが出来ない。


「どうして? ……どうして!?」


 目尻から、大粒の涙が零れ落ちる。


 自分はなんて無力なのだろうか? どれだけ足を引っ張れば気が済むのだろうか?


 こんなことなら、あの時ケルベロスに殺されていた方が良かったのかもしれない。

 力がないという事実は、彼女をそこまで追い詰めていた。


「お前が優しいからだろ?」


 答えのないと思っていた、「どうして?」という問い。

 押し潰されそうなアレキサンドラを救ったのは、あの時と同じ、不器用な優しさだった。


「ヤマトさん……」


 その者の名前を、アレキサンドラは呟く。


「どうして……?」


「どうして――動けるのか?」。先程とは違う「どうして」にも、ヤマトは的確に答える。


「視界を遮られても、音や匂い、気配で敵の位置くらい察知できる。伊達に暗黒の森に通っているわけではない」


 そう言うと、ヤマトは銀の女騎士の首筋に手刀を打ち込んだ。

 失神し、倒れ込む銀の女騎士。しかし倒れ込んだのは、彼女だけではなく。

 アレキサンドラもまた、その場に崩れた。


「ヤマトさん。ごめんなさい、私……」

「何を謝る? お前がいなければ、依頼主は危険に晒されていた。むしろ、よくやったと賞賛するべきだろう」


 この人は器用に嘘をつく。でもそれは、自分の本心を素直に吐けない、不器用さ故だ。だからこそ。


「フフッ」


 アレキサンドラは彼の一言一言に、一喜一憂出来るのだ。


「おかしなこと言ったか?」

「いえ、別に」


 おかしなことは言っていない。嬉しいことを、言ってくれたのだ。

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