おからハンバーグ
入り口の開き戸がカラリと鳴った。
「こんばんはー」
「また来たのか」
「客に向かってそんな言い方ないでしょ」
「客ってのは、もっと金を落とす奴のことを言うんだ」
「あれ、いつものおじいさんたちは?」
「お前が早いんだよ。もうすぐ来るだろ」
するとまた入り口が開き、二人の老人が入ってくる。
「おお、エッちゃん。今日は早いな」
「こんばんは、源さん、ロクさん。今日はノー残業デーなのよ」
「毎晩一番乗りするのがワシらのモットーなのにな」
「つまらんこだわりだな」
店主が混ぜっ返す言葉に、老人たちが文句を言う。
「客に向かって言うセリフか」
「そうじゃそうじゃ」
「ご注文は」
「あたしはグラスビール」
「わしは熱燗」
「俺は冷酒貰おうか」
「あいよ」
注文を受け、店主は三人の前におしぼりとお通しを出す。
「なんじゃい、これは?」
「肉団子かの?」
「おからハンバーグだよ」
「おから……」
「ハンバーグのつなぎにおからを混ぜてあるんだ」
「またケチ臭いものを……」
「ケチ臭いたぁなんだよ」
「ねえ、これって……」
悦子がしげしげと突き出しの小皿に乗った品を見る。
小さな肉団子状のハンバーグがふたつ、竹串に刺さっている。ハンバーグにはとろりとした照り焼きのタレがかけてあり、肉と肉の間には湯がいたインゲンを短く切ったものが間に刺してある。
「そうだよ」
「そっか」
老人たちは首を傾げる。
「この肉団子に何かあるのか?」
「肉団子じゃねえよ。おからハンバーグだ」
「……まあええわ。いただきます」
年寄りたちは串を手にとってハンバーグを口に入れて咀嚼する。
「……美味え……美味えな、これ!」
「何だろう……豆腐ハンバーグってやつ? それをもっと味を濃くして美味くしたような」
「半端なハンバーグよりずっと美味いぞ」
老人たちが感心して料理を口にする。
「へい、お待ち。熱燗と冷酒。それとビール」
「おお、待ってたわ」
すかさず酒を飲む二人。悦子もビールで喉を潤わせる。
「……いやー。美味いわ、このお通し。何でこんなに美味いんだ」
悦子がハンバーグを口に入れてもぐもぐさせながら解説する。
「それ、うちの実家て売ってるおからなの」
「へ?」
「エッちゃんの家って豆腐屋だったのか」
「うん……まあおからはお豆腐を買ってくれるお客さんにはサービスで出してるんだけどね」
「へえ……おからもバカにできんのだなぁ……」
「うちで出してるおからは、豆乳の旨味をたっぷり残してるのよ」
「そうかぁ」
「豆乳の旨味?」
「おからってどうやってできるか知ってる?」
「ああ、一応は」
「確か煮た大豆を砕いて搾ったら出来るのが豆乳。それを苦汁で固めると豆腐になるんだよな」
「そう。その豆乳を搾ったあとの搾かすがおからになるの」
悦子はおからハンバーグを平らげて、ビールをグイッと開けた。
「実家のお店でね、新しい圧搾機を入れたのよ。豆乳を搾るためのね」
「ふんふん」
「その新しい機械で、もっとたくさんの豆乳を搾り出すようにしたら、『おからの味が落ちた』ってお客さんたちが文句を言うの」
「へええ」
「厚かましいでしょー」悦子は笑う。「ただで貰ってるものにまで、味について文句をつけるなんて」
「ははは。そいつはまた、図々しい客もいたもんだ」
老人二人は笑った。
「ちなみに」悦子はにんまり笑う。「その厚かましい客の一人が、目の前に」
「あれあれ、そうなのかい」
「おい」店主は苦い顔で文句をつける。「しょうがねえだろ。うちの店はおから入りのポテサラとか、ダイエットメニューも人気なんだからよ」
「まあこの人だけが文句言ってるわけじゃなかったから……」
悦子は肩をすくめる。
「仕方ないから、お役御免にする予定の古い機械も働かせて、お客様にあげるおからはそっちで搾ることにしたのよ」
「それはそれは」
「大変だなぁ、厚かましい客がいると」
「そうなのよ」
「人のこと言えるのかよ」店主が文句をたれる。「いつもお通しだけ食っていく奴が」
「ま、それはお互い様ってことでー」
悦子はにっこり笑うと「ごちそうさまー」と席を立った。財布から千円札を出す。
「はい、お勘定」
「……いらねえよ」
「え?」
「そのおからに免じて、今日は奢りにしてやるよ」
「あら珍しい。今日は雪が降るかしら」
「その代わり親父さんにおからの質を落とすなって言っておいてくれ」
「はーい、ごちそうさまー」
悦子はご機嫌で帰っていった。
「なあ大将」
「うん?」
「エッちゃん嫁にしたら、この店豆腐料理が充実するじゃねえか」
「……何でそうなる」
「今のうちだぞ。女の子はあっという間に嫁に行くからな」
「余計なお世話だ」
そう言うと店主は「サービスだ」と言って二人の前におからを炊いたものを置いた。
近所のお豆腐屋さんの、おからのエピソードをお借りしました。




