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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
132/136

第二幕

 事件の翌日。


 被害の調査と報告が終わり、倒壊する危険は低いと判断された砦は立ち入りを禁止され、当面は放置……おほん、王国の指示があるまで現状を維持したまま現場を保全する運びとなり、既に行動の起点は丘の下にある兵舎群へと移されていた。


 城主エイベル・アシュトンの死は隠す事なく公表され、衝撃を以て皆の知る所となる。だが驚く程に兵士たちの動揺は少なく全体の士気自体も低くはない。これは悪魔は討たれ滅ぼされた、と同時に伝えられた情報と共にこの地の呪いから解放されたと言う安堵感。そして何より生き残った士官たちが統一した意思の下、軍属としての厳しき規律を兵士たちに科したお陰であった。


 当然その裏にはエルベントさんの影があった事は言うまでもなく……思えば初めて会った日の、あの兵舎での雰囲気を思い起こせば既に終幕に至る道筋を事前に整えていたのだろう……全く以て食えないおっさんである。


 あれだけ群れを成していた鴉たちは嘘の様に姿を消し、澄み切った青空の下、さてっ私が現在何をしているのかと言えば……士官兵舎の一室、床に両膝を突き寝台に向けて頭を垂れていた。


 曰、土下座である。


「本当にすみませんでしたああああああああああああっ!!!!」


 寝台から上半身を起こし、おろおろ、と戸惑った様子を見せるクラリスさんに私は全霊を以て謝罪する。神殿を利用して経費を節約しようなどと言う金髪眼鏡に唆され甘言に乗ってしまったのは私の明らかな失態。結果としてクラリスさんを危険な目に合わせてしまったのだから言い訳の仕方もない。


「あの……本当に私は大丈夫ですので……それに謝るべきは私の……」


「すみませんでしたあああああああああああああっ!!!!」


 こうして謝れば……いや、例え謝らずともクラリスさんは必ず許してくれる。それを知っていてこんな真似をしているのだから私も大概に屈折した人間だ。けれどこんな時、他にどんな方法があるのか、どうすれば良いのかが分からぬと言うのだから私と言う人間は本当に救えない。


「分かりました……分かりましたからどうか止めてくださいクリスさん。この様な冷たい床に身を委ねていてはクリスさんが体を壊してしまいます……お願いですから」


 寝台から身を乗り出して必死に訴え掛けてくる彼女の姿を目にした私は素直にその場に立ち上がる。そうでもしないと寝台から本当に彼女が落ちてしまいそうな勢いであったからだ。


「謝罪は受け入れます……ですから私の懺悔を訊いて頂けますか」


 その真摯な眼差しは私を捉えて離さず……黙って頷く私から視線を逸らさずにクラリスさんは語り始める。


 今回の事件について司祭長から使命を授かっていた事。


 表敬訪問の口実として私の名とマクスウェル商会を利用していた事。


 砦の状況を知りながら敢えて悪魔の存在を公言せずに極秘にしていた事。


 想いのたけを言葉に籠めて、飾らぬ全てで私に懺悔する彼女の真摯な姿に、私は最後まで黙って耳を傾け聴いていた。軈て訪れる沈黙の瞬間まで……。


 彼女の心の重石が僅かにでも軽くなるのなら、その傷が少しでも癒されるなら、私が掛けるべき言葉は最初から決まっている。


「許しましょう……てかっ、その程度の事で私がクラリスさんを嫌える訳がないじゃないですか。誰よりも心優しい私の聖女様……私だけの黄金の君。そんな貴女が大好きですよ」


 言葉とは言霊。ゆえに変化は一瞬で訪れる。


 見開かれる黄金の瞳。


 震える睫毛が伏せられる度にその美しい瞳から涙が溢れ零れる落ちる。


 両の手で瞳を隠し、嗚咽に震えるか細い肩を……そんな彼女の姿を前にして気の利いた言葉の一つも思い付かない己の語彙力の無さが口惜しい。そんな私ではあるが悩みに悩み、考えに考え抜き、更なる言葉を紡ぐ為、口を開きかけた刹那、


「クリスさん……貴女は私の運命。誰よりも大切な私の『友人』です」


 切なげな彼女の告白に……私は開いた口を黙って閉じる。


 ゆ……友人……だと……。


 ですよね……はい、知ってた。


「こっ……ここっ、光栄ですクラリスさん。あっ、ちなみに私の大好きも友人としてですからね……ええ、本当に」


 と、引き攣る笑顔を浮かべ何とか誤魔化して見る。


 危ない危ない……つい雰囲気に流されてどん引きされる所でした。友人結構、友人上等……くすん……悲しくなんてないんですからね。


                 ★★★


 頬に触れる柔らかい手の感触。同時に発動する魔法の気配は術者同様に穏やかで温かな気配を纏うモノだった。


 治癒の魔法により私の頬の傷が急速に癒えていく。出血具合とは比例せず見た目程に深い傷ではなかったが、それでも一瞬で傷跡すら残さず完治させるクラリスさんの治癒魔法は回復薬エクシルを凌ぐ効果を有している。ありふれた賛辞の言葉で恐縮ではあるが、本当に素晴らしい、とその一言に尽きる。


「クリスさんは此れからどうなされるんですか?」


 『友人』のクラリスさんの手は治療を終えた私の頬を離れ、どうしても、と懇願されたのでお願いした治療はあっさりと終わった訳で……まぁ、友人なのでそれは仕方がないのだろう。


「実は遣いを出して貰って宿場の冒険者たちを砦に呼び寄せてるんですよ。冒険者たちの短期の滞在許可は貰ったので、遺跡での講習をちゃっちゃと終わらせてしまおうかと思いまして」


 友人のクラリスさんに笑顔で告げる。


 宿場に続く林道は土砂崩れと陥没の影響で雨水が引いた現状でも馬車などでの往来は難しい。しかし徒歩であるのなら森を通り抜ければ迂回は可能であるのだ。この寒空に半日以上もかけて徒歩で移動するのは大変は大変ではあるが、天候も良好で訓練を積んだ体力自慢の冒険者たちならば問題はないだろうと言う私の勝手な判断である。其処には此方から冒険者ギルドに提案した手前、出来れば完遂しておきたい、と言った自己都合が含まれているのは勿論の事、内緒の話である。


「クラリスさんは暫くこの砦に滞在する予定なんですよね?」


「はい、この地で失われた多くの命が安らかに天に召される様に主に祈りを捧げたいと……それにこれは私の我儘なのですが、林道の補修に休む間もなく尽力される兵士の皆さんに何か私にもお手伝い出来る事があるかも知れませんので」


 聖女の名に恥じぬクラリスさんらしい発言に良い意味で感心してしまう。流石は私の友人である。


「となると、帰路は別々になってしまいますね……では先に帰って待っていますね、私たちの商会いえで」


「はい、必ず帰りますクリスさん」


 約束です、と私に笑顔で小指を差し出す年頃の女性らしく愛らしい私の友人の姿に、そう言えば来月には新年の大祭が控えている事をふと思い出す。


 よしっ、誘ってみよう、友人として!!


 などと考えながら私は自らの小指をそっと彼女の指に重ねて見るのであった。






第二章はこれで完結です。

此処まで読んで下さった皆さんに感謝を。

次章は少し時が進み、拡大したマクスウェル商会が王都に与える影響と内部の派閥争いに焦点を当てたお話になると思います。

基本土日の更新が主となると思いますが宜しければ此れからもお付き合いお願いします。

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