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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
131/136

第一幕

「待った、待ったっ!! その手の話はさ、少なくとも貴方から訊く類いの話じゃないと思うんだよね。本人が望んでいるのなら別だけど」


 私は慌てて続く言葉を制止する。


 内容的には結構な信憑性を有しているのだろうと、露骨に話の印象を操作して信用を得ようする狡い真似を今更エルベントさんが画策していると疑っていた訳でもない。そう言った問題ではないのだ。


「私はさ、誰が善人で誰が悪党で、誰の過去がどうとか誰の素性がアレだとか……そう言う事は別にどうでも良いんだよね。私が見て、聞いて、話して、触れて、自分で選び取った結果が例え正しかろうが、誤っていようが、それが私が自ら望み手にした現在いまなんだから、貴方が何を語ろうがその根底は揺るがないんだよ」


 思うように思うままに、成功も失敗も、栄華も失墜も、この時代を生きた経験は未来さきへと進む私の糧となる。見定めたい結果は遥か遠き先の世に、至るべき過程の道を今は私なりに楽しみたい。


 冒険者ギルドと関わる事でマリアベルさんに出逢えた。


 神殿と関わる事でクラリスさんに出逢えた。


 エリオと関わる事で私は子供たちと出逢えたのだ。


 エルベントさんが過ちと断じた選択の先に今のマクスウェル商会は在る。


 なら本当にそれが過ちだとしてもそう悪いモノじゃない。際者の転輪クリス・ニクス・マクスウェル……偉大なる大錬金術師と讃えられた彼が生涯の内で手にする事が出来なかったモノが今の私の営みと繋がりの内に在るのなら……本当にそれは悪くない。


 誰かの居場所を作る事で自分の居場所もまた生まれる。


 それは言葉にすればありふれて、綺麗事の様にあるけれど……以前の私には手を伸ばす事さえ敵わなかった場所なのだから。


 だから私は知らず、くすり、と微笑んでしまう。


「傲慢……ですね」


 意図した訳では無かったが、それを嘲笑と、侮蔑と捉えたのだろう、エルベントさんの声音はより強固な否定の色を帯びていた。


「全ては己の望むまま……ですか。しかしクリス様、貴女はその魔法士としての優秀さと在り方ゆえに決して商人としては大成出来ません。商人として貴女は絶対に御姫様には勝てません……百年及びませんよ」


「なるほど、なるほど、お褒め頂き感謝しますエルベントさん。大陸に冠たる大商会クラウベルンの会頭にたったの百年で肩を並べられる存在と評価して貰えるなんて少し気恥ずかしいですね」


 私は笑顔のまま、しれっと言ってやる。


 甘い甘い、そんな嫌みは、誹謗中傷は、狐目さんから毎日顔を合わせる度に言われている。ゆえに全く効かぬのである。


「ですが私は仰る通り傲慢で、その上、大層強欲でもあるのですよ。なのでその冠は何れ必ず実力で奪わせて頂きますね。大陸最大の大商会と讃えられる栄誉はマクスウェル商会が手にするべきモノなのですから」


 だから少しの間だけ預けておきます、と。


「それ……と、これも一つの縁。なので私から提案しましょう。エルベントさん」


 私と取引をしませんか、と囁き告げる。


「他に先駆けて回復薬エクシルの精製方法の秘密を教えて差し上げましょう」


「それはまた……貴女はその対価に一体何を望まれるのですか?」


「正しく等しいモノを」


 と、私は彼に右手を差し出した。


「エルベントさん、貴方は私に何を与えてくれますか?」


 逆に問う私の言葉に答える声はなく、その手が握られる事はなかった。


 眼前の商人の心の内を覗く事は出来ないが、それは熟考したと言うには迷いなく、聡明ゆえに答えは既に出ていたのだろう。


「貴女は怖い人だクリス様。『今』のわたくしにはそれ程に重大な案件を差配するだけの権限は与えられてはいないのです……残念ですが」


「そうですか……じゃあ、今後を踏まえて握手をしましょう」


 下ろす事なく私の手は彼の前に在る。


「それは友好の証、と理解しても宜しいのでしょうか?」


「まさかまさか、商売敵への宣戦布告に決まってるじゃないですか」


 束の間の沈黙。


 笑顔のままに差し出し続ける私の手をエルベントさんの手が握る。肩を竦めて困った眼差しを私に向けるその姿は実に人間らしく、それは少しだけ好感の持てるものであった。



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