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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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伝承の幕引きは近く遠く

 聖堂内は暗闇に覆われ……視界を奪われる突然の異変を前にして混乱する周囲の息遣いと動揺はざわめきと為って場の空気を支配していた。


 同時に地の底から伝わる悪しき、禍々しい気配に抗う様に私は主に祈りを捧げる。


 信仰の下に主より授けられる奇跡は、才能と知識の先に自らの力で手にする魔法士の方々の魔法とは理を違えしモノ。その最たる証しである治癒の奇跡が現す様に、私たち聖職者とは祈りと願いによって主の御心を世に発現させる為の器たる依り代 。ゆえに其処に難しい知識や技術的なものは介在せず、癒し給え、と捧げる言葉に主は応えて下さるのだ。


「主よ、悪しき闇を討ち祓い給え」


 主は御心のままに裁定を下される。叶う願い、叶わぬ想い……定められた摂理の輪の内で主が人に許された願いは、訊き届けられる祈りは、己の未熟さを、無力さを、痛感させられる程に余りに限られ……。


 しかし、器であるがゆえ、私はその境界線を知る。


 刹那、聖堂を照らす松明が強く揺らめき、満たす暗闇は徐々に色を失いながら軈て閉じた視界が開かれていく。


「ばっ、馬鹿な、我らの魔法を小娘一人に破られる……解呪される……だとっ、あり得ぬ!!」


 私に向けられる敵意に満ちた叫び。


「狼藉者共めっ、そこな異端者らを殺せっ!!」


 異変の正体に対して瞬時に反応した御城主様の確たる立証もされぬまま下された裁可に、その性急さに制止を求める私の声は重なる声量に掻き消されてしまう。


 暗闇に紛れ壁際へと集まっていた呪術師の下に抜刀した兵士たちが殺到し、日頃の教練の賜物なのだろう、号令一下、速やかに行動に移した兵士たちと遅れを取った呪術師たちの対処の差は顕著な形で明暗を分け、抵抗の余地無く呪術師たちは刃の先に刺し貫かれ絶命する。


 苦悶のままに床を血に染め倒れ伏す呪術師たちの亡骸を瞳に映し……それでも私はその光景から目を逸らさず受け止める。逸らす事など許される筈がない。奪った命の責任は、失われた命の重みは、何より私が背負わねば為らないモノであるからだ。


 けれど今は懺悔の時ではない。為すべき事を為す為に私は前を向く。


「御退き下さいエイベル様」


「おのれ、邪教の徒めっ、往生際悪く最後の手管を残しておったか」


 鋭敏に何かを感じ取ったのだろうか、抜剣し下がろうとしない御城主様を庇うべく前に出る私の視界の先、床から染み出る様に黒い影が広がっていく。


「危険です、どうか後ろに御退き下さい」


 再度危険を告げるが、その強過ぎる責任感と使命感ゆえに御城主様が呼び掛けに応じる気配は見られず、そんな問答の内にも眼前の影は這い寄り形を成していく。


 歪に形成されていく影の姿は人成らず……その形状はまるで長大な芋虫の如く。だが、影の先端、頭部とおぼしき箇所には融合する小さな赤子の顔が張り付いている。干からびた肌。潰れた鼻。縫い合わされ閉じられた瞼と唇。照らされる未熟児とおぼしき死者の面差しは余りにも精巧で……。


「ああっ……主よ……」


 余りにも酷い、と。


 霞む視界に堪えきれず溢れる涙の滴が頬を伝って流れて落ちる。それは畏怖からでも嫌悪感からでもない……ただただ報われぬ幼き魂への慟哭ゆえに。


「術師が死んでも消失しない……など、まさか、アレが伝承の悪魔、ヴァラク!!」


 視界の隅で商人風の男性が声を荒らげて叫ぶ姿に、否応無くソレ、と認識されられた兵士たちの表情が恐怖に歪んでいく。伝播する恐怖は一瞬で、足を止め……いや、後退る兵士たちの面差しには先程までの勇猛さは見られない。その兵士たちの変貌ぶりに私は色濃く伝承に侵食され支配されたこの地の現実を肌で知らされる。


 一転する聖堂の空気に……影の悪魔は身を震わせ……。


 恐怖に……畏怖の感情に反応している?


 瞬間、本体から分岐した無数の影が蠢き猛る触手となって床を這い寄り兵士達へと伸びていく。


「これ以上の冒涜は私が許しません」


 意思も感情すらも読み取れぬ赤子の亡骸に、邪な邪法の道具とされたのだろう幼き命に、責めてその最後に主の慈悲と導きを。


 翳す両手に想いを捧げる。


 意思では無く魔法ゆえの反作用。襲う触手の軌道は単調で、本来であれば回避は可能である筈の兵士たちは身を強ばらせ立ち尽くし畏怖ゆえにその場を動けない……だが、蠢く触手は兵士たちを捉える事なく眼前で弾かれる。


 それは不可視なる聖域。


「なっ、助祭殿……これは一体」


「聖なる秘術、神聖結界リフレクションは聖域を現界させる主の御業。それは魔法士様の結界魔法とは異なり範囲という概念に制約される事はありません。全ては主の望まれる御心のまま自在に応変に聖域は其処に存在するのです」


「なんと……出鱈目……いや、頼もしい」


 背後から漏れる御城主様の声色には驚きと焦りの色が見られたが、今はそれを不審に思う余裕は私にはなかった。集中力を切らせれば聖域は消失し再度の発現には多くの時間を必要とする。そうなれば私は与えられた使命を果たせなくなってしまう。


 ゆえに。


 内に抱くのは光の輪。悪魔を中心として輪の狭めていく印象イメージ。私の意思を反映する聖域は抵抗する触手の影を幾度となく弾き返しながらその範囲を縮めていく。


「もう……少し」


 聖域を維持し操る為には膨大な魔力の消費と集中力を必要とする。不意に襲われる意識が薄れ力が抜けていく様な脱力感を歯を食い縛って必死に耐える。


 聖域の輪を一点に収縮させて中心の悪魔ごと消滅させる。使命の為……何よりも赤子の魂を主の下へ、安息の地へと送る為、それが為せるなら幾らでもこの身を捧げよう……私の肉体的な負荷や、例えその為に命を失おうとも其処に悔いはない。


 囲う聖域は悪魔の周囲にまで迫り。しかし、集中状態の私は背後からの気配に気づけなかった。腰に触れる力強い腕の感覚。後ろから御城主様に抱き抱えられ強引に体を引かれる。


 遠目から一見すれば身長さゆえに私を庇っている様に見えた事だろう。だが、その逞しい腕は私の鳩尾を締め上げ、息が出来ずに喘ぐ渇いた喉は声にならぬ悲鳴を漏らす。


 いけ……ない、意識……が。


「エイベ……ル……様、どう……して」


「少しやり過ぎですぞ助祭殿、可憐な花は主張せず、ただ目立たずに俺の傍に在れば良いのです」


 狭まる視界。薄れる意識の内に見える光景。其処には私を覗き込む猛る獣の眼差しがあった。



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