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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第三幕

「さてっ、マクスウェル殿、この場に貴女様がおられる理由をもう一度だけ御訊きしても宜しいかな、我らが御子のお導きと納得するには些か無理がありますでな」


「でしょうねぇ……」


 一層の事、その御子様とやらの神通力で此方は一向に構わぬのですが、御老体が自ら否定されている様に先方はそれでは納得出来ないご様子なので、はて、どうしたものかと一考して見る。素直にちょっと転移魔法で、などと真実を語っても信用されぬのは明白で余計にややこしい話になってしまうでしょうし。


「『ある方』に呼び出されて、いいえ、相談されて赴いた先でこの坑道の入り口を発見したのですが……少し意外ですね、てっきり全て申し合わせていたのかと思っていたのですが」


 なので少し鎌をかけて見る。


 歴史ある古城であれば当然の事、外部へと続く抜け穴や抜け道、隠し通路などはあっても不思議ではない。ましてこの坑道はかなりの年月を掛けて掘り進めたものと見受けられるので隠された正規の入り口は一つだけだとしても坑道を堀り進める行程の何処かで簡易的な入り口を設けていた可能性は十分に考えられる。古い坑道だけに現存している図面には記載されていない秘密の抜け穴などがあったとして、連中がその全てを網羅しているとは限らぬし何よりも現に目の前に存在する私と言う異物に対して生じる疑心ゆえに連中もその可能性を完全には否定仕切れぬだろう。


「主語が無い曖昧な受け答えは解答としては不十分でありますな、貴女様の如く若く美しい娘御が苦痛に苛まれ苦しんで逝かれる姿を見るのはこの老骨には忍びない。ゆえに当方も手荒な真似は控えたい、本意ではないのでその辺りはどうか御理解願いたいものですな」


 偏執的な悪魔信奉者カルト共が良く言う……と、内心では思えど、隠さず素直に話せ、と再度忠告してくる老人に私は敢えて従順な様子で頷いて見せる。


 流石は年の功と言うべきか、調査団の長でもある老人は私の問いに明確な否定や肯定を示唆する様な安易な真似はしない……が、背後の二人が発言の瞬間に一瞬動揺を現して僅かに目配せを交わしたのを私は見逃してはいない。その表情までは流石に読めなかったが意図する意味は明白である。


 呪術師の魔法はこの手の異教徒カルトとの親和性が高く、幻視、幻術の系統魔法を分野として修める事からも悪魔とやらの偽装の点で一番の容疑の対象であった事は間違いない。その上、同種の事例を挙げればエリオの一件で首謀者であった修道司祭とその分派の輩に見られる様に一定数、道を踏み外す連中が内部から現れる事はそれ程に不可思議な話と言う訳ではないのだ。疑問が生じるのは寧ろ確実に少数派である筈の連中が何故数十年にも渡って秘密裏にこの地での活動を継続する事が出来たのか、と言う側面の方であろう。


 この坑道と魔方陣は邪教の祭場として当時領主であったバルシュミーデ伯爵……いや、更に過去に渡る一族の財力と権力を用い長い年月を掛けて作られたのだとしても、あの百年近くも前の虐殺で一族が粛清された後、後釜に座る事となったこの連中は半世紀も前の遺物の存在を果たしてどうやって『知った』のか。


 数十年に渡る活動資金の出所は。


 調査団の中核に何故悪魔信奉者たちが入り込めたのか。


 そして何よりも私と恐らくクラリスさんを最後の標的とした儀式の完成が本当に連中が意図したモノなのか……関係性も希薄な外部の私たちを巻き込む必要性といい全てが何やら出来過ぎている。


「本来の予定では夜会サバトの折りに貴女を御招きする算段となっておったのですが、まぁ、早かれ遅かれ求める結果は同じであるのですからそれは宜しいでしょう」


 老人は懐から見慣れた小瓶を取り出すと私の眼前に晒して見せる。


「それを……何処で?」


 回復薬エクシルを手にする老人の姿に私の声音は知らず低くなる。


 新法の制定前である現在は市場の裏で一部の冒険者たちが流した回復薬が出回っている、と言った噂は訊いた覚えはあるが、この爺さんの手に有るモノはそれとは異なる入手経路で得たものであるのは疑い様もない。何故かと言えば今回の講習の為に用意し配布した回復薬の小瓶にはちょっとした細工が施されており識別する為の特定の番号が蓋の部分に刻まれている。それを目にした私には本来の持ち主が誰であるのかをちゃんと把握していたからだ。


「それは些末な問題でしょうマクスウェル殿。我々が是非に御訊きしたいのはこの薬(エクシル)の精製方法なのでございますよ」


「精製……製造方法の間違いでは?」


「謀るのはご法度、と先に申し上げた筈ですがお忘れかな? 聡明で優秀な薬術師と噂の貴女様であれば言葉の意図する意味は理解なされている筈。既に一部で解析と分析が成され広まっている素材と調合方法レシピでは同一の物どころか肉体的な治癒の効果すら得られぬ事を」


 それは当然の話である。


 『エーテル』の魔法元素が回復薬エクシルに飛躍的な治癒効果を付加させているのであるからして、市販されている聖水を素材に用いても既存の痛み止の域を越えぬのは当たり前である。私が提供した抽出魔法とは異なり金髪坊やの固有魔法オリジナルエーテルの抽出のみに特化した不出来なモノで、例え精巧に模倣したところで五番目の魔法元素である『光』の概念を理解し得ない者には聖水に沈殿する魔素の量以前に回復薬と同等の効能に至る抽出などは不可能な話。


 それゆえにこの時代には失われていた第五元素、信仰の内に宿した概念を、無から有へと導き出した金髪坊やの解答こたえは生み出した固有魔法オリジナルの価値以上に称賛されるべき素晴らしいモノであると言えるのだ。


「呪術師には専門外である筈の薬術方面に随分と御執心なご様子ですが……まして異端として知られる悪魔信奉者である皆さんがそれを知っても然したる利などありませんでしょう、それとも誰ぞに依頼でもされましたか?」


「詮索は無用と申し上げた筈、過ちを繰り返すは愚者の所業でありますぞマクスウェル殿、我らが御子は贄の処女性などには関心を寄せぬ御方。しかし我らは教義ゆえに女体の扱い方には長けておりましてな、強情な娘から無理にでも情報を引き出す術は多く心得ておるのですよ」


 とんでもない事を恥ずかしげもなく、さらっ、と真顔で宣う爺さんの全く嬉しくもない申し出を前にして私は思わずげんなりと顔を顰めてしまう。


「話を訊きますに結局の所は最後には私は贄として捧げられてしまう様に思われるのですけれど、であれば生存する選択肢がない以上、私がお話せねば成らぬ理由と必要性が全く思い当たらぬのですが」


「まだまだお若く純真であられるな、しかし良く考えても見なされ、純潔のまま捧げられる幸運と壊れた肉袋として生を終えるのと……果たしてどちらがより慈悲深いのかを」


 全く以て話にも成らない。


 狂信者共の下卑た人間性と妄言には心底うんざりさせられますが、成る程、慈悲……ですか、それは中々に滑稽で愉快に過ぎるので一周回って私の琴線に触れました。なので。


「分かりました、では取引をしましょう」


 私は最大限、慈悲深い機会を彼らに与えて上げる事にした。




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