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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第一幕

 廊下で待つ赤毛君と別れ室内へと足を踏み入れた私はそのまま後ろ手で扉を施錠する。


 扉自体は木製の強固とは言い難いものなので、大の大人であればその気になれば蹴破る事も可能ではあろうが、入室禁止、或いは、入るなこの野郎、と言った明確な意思表示には十分で最低限の出会い頭の事故くらいは未然に防いでくれる事でしょう。


 まぁ、所詮は気休め程度の話ではありますが。


「さてっ、と」


 簡素で物置然とした室内にもう一度目を配り、問題が無い事を確認すると余り時間を無駄には出来ぬのでまずは元凶である魔方陣の場所を特定する事にする。


 探査、探知系統の魔法の精度は術者の力量に大きく左右される繊細なモノで、一般的に汎用系と分類される魔法の内でも習熟する魔法士の数は意外な程に多くない。その主たる理由は索敵など広域に渡る探知ともなれば演算を補助する魔道具などが必須である為に魔法演算と言う分野において大きく後退しているこの時代では未だ勝手も燃費も悪く且つ実用性に欠け、術式自体も難解である為に必然的にそれに挑む物好きは早々居ないと言う訳である。


 が、勿論の事、私以外にとっては、と言う注釈が付く訳ではあるが。


 自立演算宝珠エクス・マキナを発現させた私は瞬時に術式を組み上げ、それは瞬き程の刹那、瞬時に連動して虚空を彩る魔紋の輝きが発現と共に砕けて消失する。


「ふむっ、城内、ではないのか、然程遠くはないけれど……これは」


 地脈の干渉が強く固有の魔法の波長の特定を阻害する地形ではあれど、私がその気にさえなれば揺らぎ重なる波長を解析し識別し分類する事で元となる座標を誤差無く正確に割り出す事は容易い事である。しかし記憶内の周辺の地図と座標を脳内で重ね合わせて導き出した地点に、むううっ、と思わず首を捻ってしまう。


 特定した座標は遺跡に近い……所謂、不可侵領域と定められた地点であったからである。


「冒険者以外の立ち入りが原則禁止されているのなら木を隠すなら森、と確かに都合が良いとは言えるのだろうけど」


 けれど困った……正直これは少々予想外で、てっきり砦の何処か、と当たりを付けていただけに砦の外、しかも不可侵領域内ともなれば遺跡の魔物が徘徊する危険領域の内……然るに散歩がてら気軽に赴ける場所ではないと言う事である。


「けれどどうにも腑に落ちないなぁ」


 特定の範囲内、砦を中心とした限定的な範囲に効果を及ぼす儀式系の魔法……植物等の腐食を促進させる呪いと言うのはまぁ分類すれば異色と言えなくもないが、干渉出来る対象も限定的で効果も決して高くないともなれば構築に必要な術式の質は然程高度なモノではない。


 簡単に言えば古来より伝わる呪いの武具や装飾品に付加された呪いの類いと基本原理を同じくする系統の魔法である。そしてこの手の呪いとは対象から離れれば離れる程に効果を減衰させる避け得ぬ特性を秘めたモノで従って呪いの影響を最大限に発現させる為に常に身に付ける『物』に付加させるのが呪術の基本とされているのである。


 それゆえに私も城内の何処か、と当たりを付けていたのだが、それが適度に離れた場所ともなるとはやり違和感は拭えぬ訳で……効果よりも安全性を重視した結果、と解釈するのが妥当な推察ではあろうが、この現象は少なくとも数十年にも渡って確認されている事を踏まえれば、これまで数多の冒険者たちが遺跡に挑む為に探索したであろう、不可侵領域内で元凶となる魔法陣が発見されていない事は不可解であるとも思える。


 何かが噛み合わぬ、違えている、と言ったこの漠然とした感覚には覚えがある。それはエリオが死んだあの夜と同じ……。


 冷静に考えて見れば金髪眼鏡っ子の策略に嵌まって依頼を受けはしたけれど既に本来の目的は達していると言って良い。つまりこの件を解決しなければならない義理や責任は私にも商会にもない訳で、このまま助言役に徹しつつ頃合いを見計らって王都に戻るなり宿場の冒険者たちと合流して講習を再開するなり危険を避けて無難に選ぶべき妥当な選択肢は多くあるのだが……。


 私は嘆息しながらも室内に置かれている机に指で刻印を刻む。


 それは転移魔法に必要なしるべ。暗闇の中、船を導く灯台の様なモノ。


 これは簡易的なモノではあるが座標に『飛ぶ』転移魔法には必要不可欠であり、この場に『戻る』為に必要な魔術的な細工である。それだけ空間を繋ぎ合わせて移動を可能とする転移とは私でさえも自立演算宝珠エクス・マキナの補助なしでは危険を伴う高度な魔法であるのだ。


「やれやれ、本当に困ったものだけれども、それでも何もせず後悔するよりは何かして後悔する方がまだましかなぁ」


 私は苦笑しながら髪飾りに触れ、瞬間、打ち鳴らした指の反響音と共に周囲の空間が歪み、浮遊感にも似た感覚に身を委ねる様に瞳を閉じる。


 ………。


 ………。


 ………。


 体感時間は僅かであり誤差無く経過した時も等しいだろう。


 冷え切った大気の変化に身を震わせ開いた瞳。見上げた先に空は無く薄暗い天井のみを映し出し、壁に並び灯る松明の炎が自然ならざる人工的な趣の洞窟……いや、坑道の内部が広がりを見せている。視線を落として先を見れば祭場らしき無人の祭壇。


「やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 祭壇に飾られた特有で歪な祭具を目にした私は早速全力で後悔すると頭を抱えてしまった。


 余りの希少さゆえに考慮しなかった可能性。


 この時代、錬金術師と名乗る事は物語上にしか登場しない勇者を自称するのと同義なかなり可哀想な目で見られる存在である訳ではあるが、私としては異議はあれど別の方向性で同種とされる馬鹿馬鹿しい名称の最たる代名詞もまた存在する。


 それは『死霊術師ネクロマンサー』。


 狂信的な悪魔信奉者。呪術を履き違えた異端者。言い方は数あれど出来れば関わり合いたくない、そんな素敵に狂った方々である。



 

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