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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
115/136

★第二幕

 『爆炎バースト・フレア


 魔術師が行使出来る四大元素エレメントの内、火の体系魔法の最高位とされるこの魔法は効果範囲内に大規模な爆轟を生じさせ燃焼による爆発の衝撃波と放射熱で対象を完全に焼却する攻撃系魔法の分野において最大級の火力を誇っている。


 術者の習熟度や魔力量によっても異なるが、純粋な破壊力としては一部の固有魔法オリジナルすら凌ぎ、私の様な冒険者では馴染みは薄いが魔術師が攻城戦での攻略の要と、その代名詞とされるだけの高名な魔法である事だけは間違いない。


 爆炎魔法の直撃に耐えられる生命や生物などこの世に存在しない……そう断じる事が出来る程に。


「逆巻き猛り万象一切を灰塵と化せ」


 全ての魔力を籠めて織り上げた術式の詠唱、その完結と共に周囲に生じた魔方陣が眩い輝きを放つ。


 この一撃を以てノルトさんの仇を……悪魔を討ち滅ぼす。その覚悟と決意の元に醜悪な異形の悪魔へと視線を向けた私は……絶句する。


 悪魔の胴体部に撃ち込まれた鋼の刀身が急速な腐食によって錆び付き、ぼろぼろと崩れ落ち……ぐちゃり、と何か重量を持った塊が地を跳ねる嫌な音に傾けた視線の先、どろどろに腐り溶けた物体が濡れた大地に広がっていた。


 それが状況的に先程まで私たちのリーダーであった人間の残骸なのだと気づいた瞬間、ひいっ、と堪えきれず短い悲鳴が私の喉元から漏れ出る。


「構わん、撃ち込めルティア!!!!!!」


 グレイフさんの私に向けた絶叫が精神的な衝撃と負荷で崩壊寸前であった術式をぎりぎりの所で繋ぎ止め、私は歯を食い縛って耐え凌ぐ。


「腐食の呪いを纏う悪魔……ヴァラク……本当に存在するなんて」


 絶望の響きを帯びたフィルの呟きに私の視線は彷徨い……視界に映るグレイフさんの大剣は悪魔の首筋へと違わず撃ち込まれている……が、黒色の皮膚に触れる刃先は一筋とてその肌を傷付ける事すら出来ずにいた。その有り得ない現実に私の瞳に涙が滲む。


 熟練の冒険者の剣技を、それも強化された一撃をまともに受けてまるで無傷でいられる生物など信じられる話ではない。物理耐性か硬質化か、どちらにしても可能性の問題以前に常識の範疇を余りにも逸脱し過ぎている。


「グレ……イフさん?」


 私の魔法の発現までを一呼吸と違わず熟知している筈の彼が、あの人が何故悪魔から身を離さなかったのかを、離れられなかった理由をこの瞳で目撃する。


 不気味な二つの緋色の眼球以外、悪魔はまるで微動だにしていない……が、代わりに蠢くモノがあった。それは日の差さぬ天候であるにも関わらず濃厚に浮かび上がっている影。その悪魔の影が彼の頭を掴んでいたのだ。


 けれど、それに気づいた時には全てが遅かった。


 ぐちゃり、と石榴が潰れる音が漏れ、握り絞められる悪魔の五指の陰影。同時に頭蓋を押し潰され弾けた脳漿のうしょうを周囲に撒き散らす。


「ああああああああああああっ!!!!!!」


 瞬間、私は悪魔の周囲全体を巻き込む形で最大出力の爆炎を発現させる。


 轟音と共に発光が視界を覆い爆散し飛び散る汚泥と放射熱が障壁を貫通して私の肌をちりちりと焦がし衣服を汚す。知らず勢いを増していた雨のお陰か大きく粉塵は巻き上がらず視界を回復するのに多くの時間は必要としなかった。


 軈て雨音だけが世界を覆い。


 視線の先、進路の土砂は抉られ大穴が口を開き林道の泥水を滝の如く流し込んでいる。この雨量では何れ冠水し土砂崩れとは異なる理由で通行が不可能になる事は規模の大きさからも窺え……しかし私が瞳を見開き震えて動けぬのは自らの魔法によって与えた甚大な被害からでは……ない。


 二つの緋眼が私を見つめている。


「そんな……」


 大穴の上、変わらぬ位置で存在感を漂わせ黒翼を広げて浮遊する悪魔の姿はまやかしでも幻影でもない。


 無効化レジストされた……違う防がれたのだ、と術者である私は否応なくそれに気づかされる。爆炎魔法すら完全に防ぎ切る高密度に織り上げられ組み上げられた魔法障壁。理論的には可能であれどそれは人が到達できる次元の魔法ではない。


「行って……行ってフィル!! お願い……砦に報告を」


 この悪魔の存在は王国の総力を、魔法士ギルド全ての叡知を以て対処すべき世界の驚異。相対した今の私たちにはそれが分かる。そしてこの瞬間が最後の最大の機会なのだと。悪魔から伸びる影が私の両腕を掴んでいる……今この時が。


「ルティア……済まない」


 悪魔の影に捕らえられ動けぬ私は流れる涙を止められずとも振り返らず走り出すフィルの背中を恐怖を押し隠し笑顔で見送る。


 冒険者として始めに叩き込まれたのは覚悟と信念。新米の頃より生き様で私とフィルにそれを学ばせてくれた最高の仲間たちに私は感謝していた。


「あぐっ」


 ぼきり、と右腕の骨が折れる激痛に手にしていた短杖を手放し……悪魔の口から生えた蛇の如く異様な舌の影がぬるりと頬を舐める不快な感覚に悲鳴を上げそうになる口許を結んで耐える。


 最後まで悪魔になど屈しない。


 それが私に残された最後の矜持。


 一瞬の刻、ばしゃり、と何かが水に落ちる音が背後に響き、思わず激痛と恐怖で顔を退け反らせていた私の視界の隅に泥水に転がるフィルの瞳と視線が交差する。


「そん……な」


 ころころ、ころころ、と転がる生首と。


 呆然と痛みすら忘れ見上げる視界の先、フィルの首のない胴体が崩れ落ち、振るわれた凶刃を腰の鞘に納める黒衣の男の姿を瞳に映す。


「なんで……どうして貴方が……あああああっ!!」


 それ以上は言葉に為らず私は絶叫していた。


 悪魔の鉤爪が首筋から這うように下腹部までゆっくりと流れ、その鋭利な爪先は鎖帷子を容易く切り裂くと衣服と共に皮膚を抉り五筋の鮮血を私の肌に刻み付けながら下腹部でぴたりと止まる。そしてこの先に行われるであろう行為を前に痛覚すら麻痺させる激しい羞恥と未知なる恐怖に何かが壊れる音が脳裏に響く。


「やっ……やめて、お願い……します」


 恥も外聞も捨て去り涙ながらに私は悪魔に懇願し哀願していた。


 死とは只の結果に過ぎず人はその過程にこそ恐怖するのだ、と。無様に泣き叫び許しを乞う私の姿を前にして緋色の瞳が……錯綜し壊れた私の心が心理を告げる。


 刹那、焼ける様な痛みが下腹部に走り、そのまま腹中を貫通する鉤爪が喉元まで至る感覚に……口から溢れる血の泡と塊が喉を詰まらせ狭まる視界を血色に染めあげていく。


 どろどろと濁った緋色の世界。


 それが事切れる私が見た最後の光景だった。




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