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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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★第一幕

 ぽつりぽつり、と降り出した霧雨が小さな水滴となって頬を流れて落ちる。じわりと湿った衣服が凍える大気に冷やされた鎖帷子の冷気に当てられ体温を奪っていく……が、今の俺にはそれを気にする余裕すら残されてはいない。


 視界の先、狭き林道は先頭の荷馬車を押し潰し飲み込んだ大量の土砂で埋め尽くされ、一瞬にして進路と仲間を断たれ失った現状で一党を束ねる俺が我を忘れて取り乱す訳にはいかなかったゆえに。


「ノルトォォォォォ!!」


 ルティアの絶叫が木々に木霊し虚空に消える。


 半狂乱に陥るルティアと青ざめた顔で事態の急変に精神が追い着いていないフィルは魔法士としての実力は一級ではあるが若さゆえに経験が浅く、特に仲間を失う経験に不馴れな二人は精神的な動揺を隠せず恐慌状態に陥っている。


 そんな二人を年長組である俺とグレイフは手分けして御者台から強引に引き摺り下ろすと荷馬車を捨てさせる。それは経験ゆえの咄嗟の判断であり理屈より先に身体が反応したと言っても良い回避行動であった。


「切り替えろルティア、もう奴は助からん」


 素早く集合し陣形を構成しながら俺は叱咤する。冷静さを取り戻させる為に敢えて強く冷淡に。


 差し迫る二次災害に備えての用心ではなく、俺たちの進路を塞いだ土砂の前に佇む異形を前にしてこれが只の自然災害ではない事は明らかであったからだ。この場は既に戦場いくさばなのだと嫌でも認識させられる肌に突き刺さる圧倒的な気配と殺意……明確な害意を以て俺たちの前に立ち塞がる異形の存在を視界に捉え俺は抜刀する。


 バルシュミーデの悪魔。


 最早疑う余地すらないその異形の存在に。


 ソレの身の丈は凡そ八尺……噂とは誇張されるモノだがそれを差し引いても大きく見上げる程の巨体と言う上背ではない。筋肉質で隆起した体躯に黒色の肌、反り返った鋭利で長い両の爪……辛うじて人間を模したと呼べる部分はその辺りまでだろう。下腹部を含む下半身と本来ならば首の上、頭部に当たる部位に備わるソレは人間のモノではない……例えてソレは黒山羊。黒毛に覆われた蹄と頭部に二本の角を備え、血走った緋色の眼球がぎょろり、と此方を睨むその背には一対の黒翼が生えている。


 正にその姿は畏怖を呼び起こす異形の一言に尽き、これ迄俺たちが遺跡で排除してきた『魔物』とは一線を画す禍々しいまでの生命感を宿す本物の化け物の姿であった。


 それは造形の有無と言う単純な話ではない。遺跡の魔物も多種多様、人外と呼ぶべき造形のモノも多く居る……が、こいつはこの化け物はそんな次元で語れる存在ではないのだ。


 これは感覚的な部分を多く含むゆえに簡単に表す事は難しいが、例えて極度の虫嫌いの人間に毛虫やら百足むかでやら地を蠢くそれらを手で掴めと言っても酷な話、生理的に不可能であろう。だが、もしそれが精巧ではあるが木彫りや硝子細工で出来た作り物であったなら嫌々ではあってもソレに触れる事も掴む事も出来る筈。


 生物として認識するかモノとして認識するか、例えそれが寸分違わぬ造形であったとしても人に取っては認識とはそれだけ重要な要素となる。そして眼前の悪魔は前者の存在であり、後者に分類される遺跡の魔物とは明らかに異なる異形の生物であった。


 本来であれば全力で逃走を図る場面である事は間違いない……だが化け物は俺たちの退路ではなく進路を塞ぎ、夜間にしか出没しないと言う条件すら無視して姿を現している。もしもそれ程に俺たちの存在が『邪魔』なのだとすれば背を向ける事は更なる危険を招く事になる。


 相手の意図が知れぬ以上、制限された退路にどんな罠や魔法が仕掛けられているか分からない……ならば不用意に逃走するより必勝の一撃を以て粉砕するのが上策。俺は長年の経験からそう判断する。


「ノルトの仇は此処で討つ。地獄に送り還して詫びさせろ、良いなルティア、フィル」


 俺の言葉に狼狽していた二人の瞳に明確な色が宿る。それは仲間を殺したモノへの激しい怒り。恐怖を上回る感情を与える事で、敢えて仲間の死をはっきりと認識させる事で俺は二人の恐れを復讐と言う名の強固な意思で上書きさせる。


「フィル、出し惜しみは無しだ全力でいく、ルティア、何時も通りお前が仕留めろ、良いな」


「はいっ!!」


「分かりました」


 はっきりと頷く二人の前に、前衛である俺とグレイフが壁となって異形の悪魔と対峙する。


完全付加フル・カウント!!」


 詠唱棄却スペル・キャンセルからの付加魔法エンチャンタ


 呪術師であるフィルが発現させた魔法の効果は武具に付加する物理耐性強化と対象の肉体に付加される複数の身体能力の向上。


 完全付加とは複数の魔法効果を術式に組み込む事で同時に発現させる呪術師の魔法の内でも高位に属する代物で、固有魔法オリジナルを除けば最も高度とされる魔法の一つであり、短時間ではあるが武具や身体的な能力を格段に向上させる汎用性の高さゆえにそれが呪術師が戦闘職と呼ばれる所以となっているのだ。


 呪術師抜きの一党と呪術師が加わっている一党とでは、遺跡の探索において生存確率に大きな差が生じる事は言わずとも知れ、上級位以上の一党には必ず名の知れた呪術師と魔術師が帯同していると言い換えても語弊はないだろう。


 この若さで高位の技法と魔法を行使出来るフィルの才気は後数年も経験を積み齢を重ねれば王都でも名を残せる程のモノ……魔術師としてフィルに劣らぬ才能を有しているルティアと共に何れは固有魔法オリジナルに手が届く特別な資質を与えられた若者たちだと俺は確信している。


「色々と問い質したいのは山々だけどな……まあ、取り合えず死んどけ」


 構える切っ先に異形を捉え、ぬかるむ足元を慣らす様に踏みしめる。


「炎よ、大炎よ、渦巻き盛る豪炎よ」


 ルティアの詠唱を合図に強化を終えた俺とグレイフが同時に地を蹴り上げる。


 培ってきた経験は流れる連携を生じさせ誤差なく俺とグレイフは異形の悪魔を挟み込む形で疾駆する。ノルトを失った事で三方位の型は崩れたが、それでも対象をルティアの魔法で仕留める必勝の陣形である事は変わらない。例えそれが未知なる生物……人外の悪魔が相手であろうとも。


 『……シ……デ……』


 迫る悪魔の異相を前に脳裏に声が響く。


 それは囁き。


「黙れ化け物っ!!」


 俺は理解出来ぬ言語にすら値しない声に白刃を以て応じるのであった。




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