他者を理解する事は難しいモノである
「悲しいお話ですね……」
古城の広間。
始めに口を開いたのはクラリスさんであった。
互いの紹介もそこそこに案内されたこの場に顔を突き合わせている面々はと言えば、私と調査団の呪術師たち、そして今、亡き者たちに哀悼の祈りを捧げているクラリスさんだけである。
現象に関わる詳細は内容が内容だけに権限を有さぬ者に訊かせるべき話ではない事は理解は出来るので、この談合の場に赤毛とエルベントさんが同席出来ぬのは然るべき処置とは思うのではあるが、当事者たる砦の武官や文官たちまでもが参加していないのは何らかの城主なりの配慮であるのか、或いは別の意図が其処にあるのかは正直分からない……が、私としては寧ろ好都合ではあったのでそれには敢えて触れぬ事にしておく。
「現象の背景とされる逸話が如何に悲劇的でゆえにそれが王国の歴史の闇に触れる……と言う点は良く理解出来ました。この話がこの場でしか語られぬ密義に属することも重々に」
私は努めて王国の方針に理解を示す口調で同席する面々に謝意を示す。勿論の事それは一重に無駄な反感を買わぬ為である。
数十年、或いは十数年、呪術師ギルドとして現象に取り組んで来た調査団の呪術師たちが私に対して抱いているであろう、感情は向けられる眼差しを見るだけで手に取る様に分かる。それは当然の如く不満と不審……である。
高齢の魔法士たちで構成されている調査団の顔ぶれを見れば自ずと知れる通り、この件で調査に当たっている魔法士たちが呪術師ギルドでも経験豊かな相応の地位に就く所謂、有識者、博識者たちで有る事は言うまでもなく、ギルドとして王国の機密に触れ長年に渡って調査と究明に尽力している案件にも関わらず、城主の一存で鳴り物入りを果たしたぽっと出の小娘に対して好感など抱きようもないのは無理からぬ事。なので感情的に物事を語らぬ事こそが彼らの神経を逆撫でしない最良の選択であると言えるのだ。
「現象の究明に関しては正直、皆様に提案出きるだけの知識を持ち合わせてはいないので……期待に添えず申し訳ありません」
と、沈黙の内、始めにはっきりと要点を伝えておく事にする。身も蓋もない発言の様にも思えるかも知れないがこれは重要な事である。
私の発言を受けても落胆もせず、寧ろ当然であろう、と言った場の空気が現す様に彼らは私に初めから何も期待などしていなし私もこの場で現象に関しての魔術的な論議などを交わす気は毛頭ないのである。
その理由は幾つかあるが、そもそも魔法の見識において大きな隔たりがある私と彼らでは同じ土俵で語り合う事は不可能なのだ。例えて木造船が全盛期なこの時代、鉄鋼船や空駆ける魔導船の存在を土台として語っても鉄などが水面に浮かばぬと、空には浮かばぬ、と信じる者たちに何を助言したとて理解されぬ無意味な論争になるだけだからだ。
同じ理由で現象の正体が恐らく大規模術式の影響だろうと私が主張しても、広範囲に展開される儀式系の呪いなど空想的だと断じられ失笑を買うだけだろう。それは彼らの能力的な問題ではなく、それだけこの現象とはこの時代の常識を越えた魔法的に高度なモノであり、彼らの体面を無駄に傷つけぬ為にも魔法士としての見地からは何も主張する気は私にはない。
地脈の波長が探知系の魔法を阻害している為に現在の魔法では大元の魔方陣の所在を掴むのは容易ではなく、この立地的に特殊な環境が現象の解明を難解としている大きな要因となっているのだろうが……だが私であればそれは問題なく解決できる程度の話に過ぎない。
この件を解決する事で名声を得たい訳ではないので、大っぴらに魔法を披露する気こそないが、今日中に現象自体は私の手で終わらせる……それが依頼を受けた以上は最低限果たすべき役割というべきモノだろう。
と言う訳ではないが、私としてはこの場で問題となるのは、本題であるのは悪魔の件……だけなのである。
先程、この砦の人間がこの場に参加していない事に触れなかったのは、悪魔とやらの正体がこの砦の人間である可能性が高いと踏んでいたからであるが、これは難しい推論ではなく、合理的に考えて長年に渡り、しかも不規則な隔年で事件が起きている点から見ても外部の人間の仕業とは思い難い。であればその思惑や意図は兎も角として身内の犯行と断定するのが自然な流れと言うモノであろう。
「あの……砦の皆様が同席していない様ですが本当に宜しいのでしょうか?」
と、クラリスさんが純粋ゆえに空気を読まず直球で其処に触れてしまう。
いやいや、其処には触れない方が賢明ですよ、と何とか場を誤魔化そうとする私の前で、ざわり、と空気が引き締まるのを感じる。
むむっ?
「助祭様……既にこの砦には機密に関わる権限を有する上位の士官は存在せぬのです」
「調査団の同胞を含め悪魔の餌食となった者たちは深刻な数にまで及び、多くの士官を失った事で今この砦の指揮系統は瓦解寸前の危機的な状況で……」
縋る様な眼差しでクラリスさんに語る面々の様子を前にして、想像以上に逼迫している現状を肌で感じ取り、そして理解する。
彼らのクラリスさんに向けられる眼差しは魔法士に非ず信徒のソレであり、私が調査団に参加する事に大きな不満を抱きながらも彼らが明確な拒否反応を示さなかった理由が、この砦に聖女として讃えられるクラリス・ティリエールを同伴してきた事への功績ゆえであったのだと悪魔への隠せぬ畏怖が、その瞳が雄弁にそれを語っていた。
「馬鹿馬鹿しい、悪魔など想像の産物に過ぎません、物事の道理を弁えた皆さんなら分かる話でしょうに」
クラリスさんに救いを求める魔法士としての矜持を捨てた呪術師たちの態度を前にして私は思わず口を開いていた。個人的な感情からの失言ではあるが、それでも真理を探求すべき魔法士が現実から目を逸らせ神の威光に縋っては御仕舞いである。
「我らとて……初めは信じ難かった。全ては逸話になぞらえた何者かの所業なのだと……当初は悪魔の正体は砦の内部の人間の犯行なのだと……そう疑っておったのだよ」
「だが、長年のギルドの調査を経ても魔術的に現象を解明出来ず、ましてあのおぞましい悪魔の姿をこの目にしては信じざるを得ぬ……バルシュミーデの悪魔は現実に存在するのだと」
「マクスウェル殿も今宵アレの存在を目にすれば否応なく信じる事になろう」
最早、憚る事なく城内を闊歩する悪魔の存在を。
恐れと共に口々に語る呪術師たちの妄言に私は呆れを通り越して本気で頭を抱えそうになる衝動を必死に堪えていた。世迷い言にも程がある……ゆえに彼らに対して抱いていた全ての前提を撤回しよう。
どうやら私に対する彼らの負の感情も全ては私の邪推であったらしい。何故なら現象に対する調査団など既に存在などしていないからである。伝承を肯定する彼らには魔法士たる資格すらないゆえに。
年内更新間に合わなかった……。
新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。




