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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
110/136

★過去に纏わる記憶とは時に堪らなく醜悪なモノもある

 王国の長き歴史の内、既に史実としては記録から抹消され今は記憶と口伝のみを基としてこの地方に伝わるおぞましき逸話。


 それがバルシュミーデ伯爵家の惨憺たる末路に由来する事は言うまでもなく、後に調査団の呪術師たちから訊かされたその逸話は余りに吐き気を催す程に下劣であり醜悪で……現象の究明に辺り伯爵家の祟りに起因するとされる一部の論説は学術的には否定されるべきモノではあるが、その凄惨さゆえに心情的に一定の信憑性を有してしまうのは逸話の内実を知った今では頷ける話ではある。


 三四半世紀に渡り王国が統制し隠蔽し抹殺された歴史は時の経過と共に断片のみが語り継がれ、死者に口なし、とは言い得て妙な当時を知る生き証人たちもほぼ残らぬこの時代、この先の世においても決して公表されぬ一部の事実を含めて知った私、クリス・マクスウェルは現象の根元である悪魔の誕生の物語をその背景を知る為の知識として此処に手記として残すものとする。


 が、夢忘れる事なかれ。


 事実の欠片を繋ぎ合わせた断章は物語の一編とは成り得てもそれが必ずしも真実を映し出す鏡とは限らぬ事を最後に此処に記して置くものである。


                 ★★★


 事の始まりは二代前の御世……新王即位の儀にまで遡る。


 当時のしきたりとして新たな御世に際して新王が選別した譜代の貴族を陞爵しょうしゃくさせ初の王権を執行させ世に威光を知らしめる事が習わしとされていた時代。


 序列においても傍流ではあれ王位継承権を有する蒼き血族であったバルシュミーデ伯爵家が侯爵家として新王の下、新たな王国の時代に栄光の未来の到来を血族の誰もが疑わず信じていた。


 が、多くの文献は焼き捨てられ、当時の宮廷内の事情や思惑は既に深く霧の内、明かされる事なき事柄ではあれど歴史の変遷はバルシュミーデ伯爵が陞爵叶わず伯爵に据え置かれた事実のみを告げている。


 これが後の惨劇の引き金として語られる王家との始まりの確執と禍根である。


 現在の王国の直轄領は主要な街に行政官を置く事で統治と税収の管理を行っているが、この時代はまだ他の諸国と同様に譜代の貴族たちに王家の領地を与える事で得られる既得権益を忠節への恩賞としていた。簡単にその仕組みを評するならば版図の内に大きな領地を有する大貴族の権勢に王家が対抗する為に信に厚い譜代の者たちを内に抱える事で力の天秤を拮抗させる封建制度とも言えるだろうか。


 その内でも王都に近く肥沃な土地を与えられていたバルシュミーデ伯爵家が所謂、王派閥と呼ばれる中でも筆頭と呼ぶべき貴族であり、発端となった陞爵の件以降長らく続いた王家との蜜月関係に陰りが見えたとは言えど両者の間にこの後五年に渡る月日の内で表立って大きな事件や遺恨が勃発したと言う確かな記録は残されてはいない。


 が、何も無かった筈はなく、しかし文献無き今、憶測に憶測を重ねる事でしか当時を語れぬのであれば最早其処に求めるべき事実などは存在せず、本筋とも外れる為に歴史家ではない私としては敢えて言及する事は避けておく事とする。


 ゆえに、歴史が語る確かな事実は一つだけ……それは五年後に起きた国王暗殺未遂の主犯としてバルシュミーデ伯爵が失脚した事で勢力を弱めた王派閥に代わり現行の三侯爵一公家の大貴族による支配構造が確立された、と言う点だけであろう。


 この事件は当時でも動機に大きな謎を残したとされてはいるが、結果未遂で終わった顛末ゆえに王国全体に大きな乱れも動揺も無く速やかに事後処理が成されたとされている。


 さてっ、此処からが本筋、本題である。


 国王暗殺未遂と言う大事件の余波は王家にとっては皮肉な事に権勢を支えるべき王派閥の大規模な粛清劇へと発展し王都には粛清の嵐が巻き起こる事となる。廃家、流刑、投獄……一説では魔女狩りに近い不当な裁きすら横行されたと記される程で、今に至る形……つまり結果として直轄領の統治体制が現行の制度へと見直されるまでに混迷を極めたその爪痕は現在にまでその痕跡を残す事となる。


 そしてこれら一連の流れを見れば自ずと知れる様に、事件の主犯とされたバルシュミーデ伯爵とその血族に下された処罰は想像を絶する苛烈なモノであった。


 廃家では許されず王国の史実からの抹消。


 王国の長き歴史の内から完全に家名を削られると言う事は亡き祖先たちの代にまで遡り存在自体を消されると言う事に他ならず……血統を重んじる、しかも蒼き血筋に連なる者たちにとってそれがどれ程に耐え難き恥辱と屈辱であったかは、私などでは到底思い至れぬ程のモノであった事だろう。


 そして家名と存在の抹消とは一族郎党に至る全ての痕跡の否定であり、バルシュミーデ伯爵家に連なる者全てに科された処罰は……当然の如く極刑であった。


 王都の伯爵邸では既に宮廷で身柄を押さえられていたバルシュミーデ伯爵の婦人と嫡子を含めた一族と下働きの者たちもが拘束され投獄され、後に全ての者が斬首されている。それら首は後に広場に晒され続け軈て腐り落ちる皮膚と肉の腐臭が王都を満たしたとされる程、見るに耐えぬ死者を冒涜する凄惨なる光景であった。


 とされているが、『彼ら』の最後は『彼女』に比べればまだ人の尊厳が僅かに残されているだけ救いがあったのだ、と語られる程に余りに報われぬ末路を辿る最後の人物が此処で登場する事になる。


 ただ一人領地に残ったゆえに難を逃れる事となったバルシュミーデ伯爵家……一族最後の姫君。


 フェルミナ・バルシュミーデ。


 見目麗しい令嬢であったと語られるこの若き姫君と騎士たちの悲劇では表せぬ惨たらしい末路こそが、この土地に伝わる呪いと伝承の、現象の悪魔……その誕生の逸話とされる煉獄の物語である。




 

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