表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
109/136

第一幕

 この国の爵位制度において俗に言われる貴族様とは騎士爵と呼ばれる称号から当て嵌まる訳ではあるのだが、厳密に言うと爵位の内でも下位二冠は次世代への爵位の継承が認められぬゆえに血統を重んじるとされる正統な貴族の定義からは外れ、本当の意味での特権階級とは認められぬ、と言うのは、まあ、公然の秘密と言うよりは一般に周知されている事実である。


 以前私が騙ったファーブル騎士爵家を代表とする騎士爵や準男爵と言う爵位とは、市井の者が大金を積む事でも手に出来る一般的な功労者に与えられる名誉職の様な意味合いが深く、特に戦後においては大量に量産されるこれら恩賞は王国の金銭的な負担を軽減する為の報酬と言う名の虚実である。


 お前、結構頑張ったから一代だけ貴族にしてやるよ。


 と言った具合でばら蒔かれるこの手の爵位は王国にとっては然程懐が痛まぬ便利なモノで、戦時であればそれを理由に召集を義務付ける鎖となり、平和な時代が続けば貧しい僻地に米粒程の領地を与えられ、実務的には村長程度の役割を世俗的な名誉と言う自尊心を糧として従事させられた挙げ句に自然に時間が淘汰して数を減らしてくれるのだから王国としては実に勝手が良く便利この上ない制度であろう。


 などど何故ゆえ今、最もらしくこの様な講釈を垂れたのかと申しますと、爵位制度に関する私の個人的な好悪と見解は兎も角としても、視線の先、瞳に映る壇上の城主であられる男爵様と私が対峙させられているからに他なりません。


                 ★★★


 謁見の間。


 段差を付けて見下ろす形となる上座より砦の城主が私を見据えるが、私は敢えて視線を合わせるのを避け頭を下げて床に片膝を突く。


 一見してこの構図自体が傲岸不遜の縮図の様にも思えるが、平民と御貴族様……それも男爵と言う爵位継承を許された上位の貴族様が相手となれば形式上、或いは儀礼上と言った様式以前の話として身分の格差ゆえに有する人権が同等である筈もない訳でして。


 主人の視野の外は礼法の範囲外、と言う礼式の決まりに基づき赤毛とエルベントさんは広間の扉の側で控えており、私のみが一人針の筵とされている理不尽さも相まって嫌みの一言くらいは言ってやりたくもなるが、考えるまでもなく赤毛が礼儀などと言う人間らしい躾を受けてきたとは思えず、この段で下らぬ理由で揉めるのは面倒なので此処はぐっ、と我慢する。


「遠路ご苦労であったな、楽にして良いぞ」


 ぐぬぬぬ、と表情には微塵も出さず見悶える私の頭の上に予想外に穏和な城主の声が届く。


 許しを得た事で窮屈な姿勢を解いて見上げると向けた眼差しの先、脚を組み肘掛けに腕を乗せた何とも横柄な態度の若者の姿が瞳に映る。が、何時の時代も横柄ではない貴族など見た事も聞いた事もないので特に気になりはしない訳ではあるが、逆な意味で驚いた点もある。


 歳の頃にして二十代後半であろうか、色褪せた金色の短髪に眉を始めとした容貌を構成する各部位の悉くが厚く太く立派なモノで大柄で逞しい身体付きからも其処にはまさにこれぞ武人と言った精悍さが垣間見られ、映す姿は赤毛の百倍は好感の持てる人物像であったのだ。


 なるほど、エルベントさんが隠そうとしたのは分かる話で、歳の差こそあれ両者を比べて見てもまるで似ていない。言われねば兄弟とは気づかぬ程に血の繋がりを感じさせる面影は其処にはなく……尤も容姿が似かよわぬ兄弟、姉妹など世の中には腐る程に居るもので、その点で特に引っ掛かる要素があった訳ではないのだが。


「まずは召集に応じてくれた事に感謝しよう」


「いえ、恐れ入り……ます?」


 んっ、何か絶妙に会話が噛み合っていない気がする。


「王都に現れた希代の魔法士殿が麗しき可憐な少女であると聞いた時は流石に疑いもしたが、時に噂とは違わず真実を告げるモノであるようだ」


 と、伝えられる城主からの賛美の言葉に慎ましく感謝を伸べながらも……私は必死に思考する。


 これは一体どう言う事なのだろうか、と。


 向ける視線の先には城主の姿……と、改めて此処でその背後で控えている集団の姿に気づく。それは数名の魔術師……いや、外套の刺繍からして呪術師ギルドの者たちであろうか。


「事態は例年に依らず深刻でな……しかしこの最悪の状況下で気鋭の薬術師殿と高名な神殿の助祭殿が調査団に新たに加わり対策に当たってくれるとあれば光明も見てえてくると言うもの、まさに神の差配に感謝を伸べるべきであろう」


「御城主様は……」


「そう畏まらずともエイベルで良いぞ」


「はい、ではエイベル様は現象の悪化に際して事前に商工組合に相談なされていたのですね?」


「うむっ、そなたの噂は予々エルベントより聞かされ承知していたゆえな、どうにかこれを期に噂のマクスウェル商会と繋ぎを取れぬかと思うてな」


 今更何を、と言った様子を見せてはいたが、城主……おほんっ、男爵様は丁寧に私の疑問に答えてくれた。


「些か顧問料は高額ではあったが物資の不足の件もあり、流石に兵士たちの命には替えられぬしな、その分そなたには期待をしているぞクリス」


 高額……だと。


 この段で私は凡そ事情を理解する。


 城主である男爵がエルベントさんを通じて組合に相談していたのは私の知る事実と誤差はない。問題なのはその後に行われたであろう、クラウベルン商会とマクスウェル商会との商談を経てこの案件が私の下に届くまでに現象とやらの事情のみがすっぽりと抜け落ちた点にある。


 その理由は単純で……素直に事情を説明すればこの手の話がこわっ……けふんっ、苦手な私が絶対に断るだろうと見越しての……今思えば遺跡での講習の話もその為の布石、前振りだったのだろうと考えられる。しかも男爵の口振りからして仲介料を差し引かれても相応の額が既に我がマクスウェル商会に振り込まれている事は明白で。


 ともなれば絵図を描いた黒幕の正体は……組合との交渉を全権を以て誰が当たっていたかと言えば。


 あんのおおおおっ、金髪眼鏡っ娘がああああああああああああっ謀りおってええええええっ。


 言われて見れば神殿に掛け合いクラリスさんの同行を強く薦めていたのもレベッカさんであった。あの時は襲撃者、と言う不測の事態に備える意味でも神殿が介入出来る余地を残すと言う最もらしい説明に納得していた自分が情けない。


 だがしかし、今更それに気づいたとて取り返しがつく筈も無く……結ばれた契約を此方の不手際を理由に破棄するなど、絶対に絶対に絶対に絶対に嫌な訳でして……と言うより無理な話であるので、


「お任せ下さい、エイベル様」


 と、渾身の作り笑顔で応えて見せる。


 この状況で私が断れぬのを知っての悪魔的な犯行に、対応に当たったエルベントさんの反応からして共犯の可能性が高い訳ではあるが、例えそうであっても複雑な経緯と事情からしてそれを責める気にはならないが、身内の人間である金髪娘には説教が必要であろう。


 帰ったら抱き枕の刑、確定である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ