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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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恐れとは時に人を惑わすモノである

 その『現象』は毎年必ず起きる訳ではなく、特定の季節に縛られる事もない。


 齎らされる災いの規模も終息までに至る期間も年毎に異なり、今だ有効な対策も確たる対処法も見つけられずにいる。現象の由来とされるこの地に纏わる逸話は多く残れども始まりの年は定かでは無く……だが、確たる報告が為され王国がこの現象を周知してから少なくとも十数年の年月が経っているのだと言う。


 それが私が話の冒頭で訊かされた災厄に至る現象の説明であった。


                 ★★★


 固く閉ざされた正門の内、広がる光景は簡素ながらも例えて十分に街並みと呼べるモノで、ただ一点、異なる理由を挙げるとすればこの砦に居住する者たち全てが軍属であり特殊な事情を除き民間の人間が居ないと言う点であろうか。


 ゆえに私と赤毛が案内されたのは、一般の兵士たちの立ち入りが制限されている立派な建物ではあるが詰まる所は士官用の兵舎の一室であった。


 会議室、なのであろうか部屋の中央には立派な長机が置かれ正面に座る私と赤毛を中心として両側に数人の武官や文官らしき者たちが並ぶ様に座り、向かい合う位置にはエルベントと名乗った商人が座している。


 荷馬車の御者役である冒険者たちとクラリスさんを含む神殿の使節団は既に聖堂へと向かっていた為にこの場に招かれたのは私たちだけではあるのだが、そもそも、もうこの時点で室内における構図がおかしい。如何に名高い大商会の手代であろうともエルベントさんの身分は平民に過ぎず……物事には慣例的な序列や席次と言う平民とソレ以外の者を隔てる見えざる境界線が存在する訳で、本来は間違っても軍属の士官を退けて商人が上座に座る事などあり得ぬ話である筈なのだ。


 ゆえにその異例さが事態の深刻さの現れである事はこの場に居る士官の数や此処に案内されるまでに見て取れた余りにも少な過ぎる兵士たちの姿からも容易に推察が出来た。


「改めて非礼をお詫びします。マクスウェル商会会頭クリス・マクスウェル様」


「いえ、謝罪は結構ですので詳しい事情をお聞かせ願えますか?」


 感情的でやや言葉に配慮が欠けいる、とは思うものの、私も人の子なのでこうまで一方的に事を運ばれては苛立ちを隠せぬのは事実……なので多少の不敬はご容赦願いたいところではある。


「現在この砦で起きている異変については先程伸べた通り、なのですが順を追って説明せねば理解出来ぬのも当然でしょう」


 と、大人の余裕と言うべきか小娘の癇癪に気分を害した様子もなくエルベントさんが語り始める。


「現象の起こりには兆しがあり、それが異常な数に及ぶあの鴉の群れなのです。そして兆しが確認された段階でこの砦は隔離される手筈となっておりまして……今年は間が悪く砦への物資の調達を担当しているわたくしが巻き込まれてしまった次第でして」


 隔離……とは穏やかではない上にこの先の展開を思えば悪夢の如く話ではあるが、まずは詳細を訊くべきだろう、と此処は抗議の言葉を自重する。


「貴方が予期せずこの地に足止めされてしまったお陰で、我々にそのお鉢が回ってきたと言う事なのですか?」


「いえ、厳密に言えばそれは少し違います。現象事態は何時起きるか分からぬゆえに食料の備蓄は他の砦に比べても年内を通しても十分に賄えるだけの量を確保していましたので」


 この国の軍務省との繋がりも深く近隣の砦への物資の輸送と調達を任されていたクラウベルン商会は業務上必要となる事項ゆえに公表されぬこの地の現象に関しても詳しく承知していたのだと言う。そして十年近く請け負ってきた中でも今回の様な事例は初めてで極めて異例の事態なのだと。


「現象は第一段階で我々が侵食と呼ぶ厄介な現象を引き起こし、主に生花や食料品類に多大な影響を及ぼして腐敗を促進させるのです。これにより我々が手掛ける以前、まだ経験的な対処法も確立されていなかった頃には現象が終息するまでの期間に大勢の餓死者を出した事例も報告されている程なのです」


 年月を重ねる事で蓄積され解明されてきた現象の実態と研究が進み、過去の反省と失敗を踏まえて原則的に隔離する方針は変わらずとも最終的な責任者の判断において砦の破棄が認められている程に規制は緩められ、現在では強制的な隔離処置を廃したゆえに今日では中々に起こり得ぬ事例ではあるのだとエルベントさんは最後に付け加えた。


「では聖堂に物資を搬入したのもその対策の一環と言う事なのですか?」


「お察しの通りですクリス様。長年の検証の結果、聖堂……つまり神殿の加護は侵食に対して有効であるとの結論に至りました。実際に聖堂の地下保管庫で保存された食料品は他の倉庫に比べて長持ちする事が確認され証明されているのです」


 エルベントさんの説明に、ふむっ、と頷きつつも考えて見る。


 此処までの話が全て実話であると言う前提において、聖堂の件は聖域だの神威だのと言う理由とは関わり無く恐らくは地脈の影響ゆえであろうと推察出来る。であればそれは私の推論を補強する材料であり、この時点で私には現象とやらの正体に心当たり……と言うか見当が付いている。


 現象の正体は恐らく鴉を触媒とした『呪い』の類いであろう、と。


 呪いとは迷信の類いに非ず、呪術師たちが扱う魔法の形態の一つである。


 呪術師の魔法の本質とは概念の具現化であり、今回の事例を簡単に説明するならば、地脈を利用した大規模な儀式魔法を用いて腐食と言う効果をこの砦……いや、特定のモノに限定させる事によって効果を高めさせ新たな概念魔法の創造にまで至る為に考案された、言わばこの砦は実験場なのではないのか、と言う仮説である。


 そう考えるなら忌み地として語られるこの地の逸話や伝承は良い隠れ蓑となるであろうし、概念魔法の分野とはまだこの時代では過ぎたるモノで、長期に渡る現象に対して今だ解明が進んでいないと言う事実も頷ける話。


 なのだが、そう考えれば考えたで誰が何の目的で、しかも個人の術者で行える規模のモノなのか、と思えば思うほど、この件には深く関わるべきではない、と願ってしまう訳なのだが。


「つまり今回の現象とやらは例年より長期に渡り、備蓄していた食料が底を尽きかけたので王都に急使を送った、と言うのが事の真相なのですね」


「それは違いますクリス様……確かに担当であるわたくしが砦に隔離されてしまった為に色々な不都合が生じてしまったのは事実ではありますが、それでも例年に見られる現象の規模であれば終息まで持ち堪える事が出来た筈なのです」


 それは言い換えるのならば、冬のこの季節に火急に物資を補給せねばならぬ程、事態が差し迫っている事を意味している訳で……エルベントさんの発言を期に私は途端に場の空気が張り詰めていくのを肌で感じる。


「加えてもうお気づきの事とは思いますが、何故わたくしの様な者がこの様な大事に当たり説明の任に就いているのかと申せば……もう他にそれを行える者が居ないからなのです」


「そっ、それはどう言う意味なのですか?」


「現象は第二段階を経る事で軈ては終息に向かうのですが……その第二段階とは」


 悪魔の現出であるのだ、と。


 エルベントさんは言葉を詰まらせ……だが、私と赤毛を除くこの場の一同が浮かべている表情は皆一様に同じモノであった。


 それは恐れ、或いは恐怖。


「信じ難い、とは思いますが夜な夜な出現する悪魔に肉を喰らわれ生き血を啜られ……上級士官の多くがその犠牲となった事で他の適任者が不在である為なのです」


 と、真顔でそんなあり得ぬ話をエルベントさんは語った。




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