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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第一幕

 バルシュミーデの古城。


 地元の者たちから恐れられ逸話の地として語られる砦の全容が、林道を抜け歩を進める馬車の車窓から覗く私の視界に飛び込んでくる。


 見晴らしの良い高台に建つ立派な城を中核として緩やかな傾斜を下った先に広がる街並み。囲う外壁に阻まれ一望こそ出来ないが、目視出来る範囲でも駐屯する兵士たちの兵舎や厩舎らしき建物の煙突からは人の営みを実感させる生活煙が立ち昇り、なるほどどうして、地元の人間たちが未だこの砦を古城と例える理由をそれら光景を一目見ただけで理解する。


 元々この地は領主が住まう城下町として考案され構築され、例え歴史の先に砦として目的と役割を変えてとて土着の民にして見れば今尚その面影は消える事なく残り続けているのだろう、と。


 私は窓の縁を両手で掴み、よっ、と掛け声一転軽快に馬車の外へと身を躍らせ、勢いを着けて飛び出した私の身体は器用に前方の御者台へと両足から着地する。


 あっ、と制止する間もなく行われた私の奇行にクラリスさんの悲鳴に近い声が背中を追うが心配はご無用、以前のと言うべきか本来の、と言うべきか身体であれば、よっ、の掛け声の後に響くのは間違いなく、ぐへえ、と地面に激突して奏でる断末魔であっただろうが、現在の小柄で身軽なこの身体であればこの程度の芸当は朝飯前なのである。


 ただの引き籠りと侮るなかれ、その気になりさえすれば私は意外に軽快なのですよ。


「アベル君、済まないけれど車列の先頭に出て欲しいのだよ」


 私は横に並ぶ赤毛に声を掛ける。道の先、既に砦の外門が瞳に映る距離にまで迫る中、門兵とのやり取りはやはり責任者である私の役割である為だ。


「あいよっ」


 と、並走する騎馬に合図を送り赤毛は手綱を絞り馬車の速度を上げていく。


「時にアベル君、君は体調に変化はないのかい?」


「んっ、ああ……遺跡病を心配してくれてんの? でも大丈夫、俺たち冒険者はその辺も込みで鍛えてっからね、それで寝込んじまうのは新米の連中くらいよ」


 察し良く答える赤毛の言葉を証明するように追い越す荷馬車の冒険者たちや、並走する修道司祭たちの様子からは赤毛の言う通りクラリスさんに見られる体調の異変は見てとれない。


 やはり推察通りと言うべきか、秀でて魔法士としての資質の高いクラリスさんだけが地脈の影響を強く受けているだけなのだろう。それに考えても見れば酔いと言うモノはその日の体調如何によっても左右される不確かなモノで、間が悪く旅の疲れも重なったと考えれば其処に深い意味を求める必要はないのかも知れない。


 偶然と言う因果が成立し得る世界において何事も常に全てに裏の事情が存在する訳ではないのだから。


                 ★★★


 砦に近づくにつれ、上空を飛ぶ鴉の数は増し耳障りな羽音と鳴き声で私たちを歓迎してくれやがる訳ですが、幸いにして目前に迫る砦の外壁の周辺には放置された骸の山が……と恐れていた様な阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている事もなく……まあ当然ですよね、もしもそんな惨状であれば私たちの到着以前にとっくに王都から騎士団辺りが大挙して押し寄せている筈なのですから。


 ならこの異常な数の鴉の群れは何ぞ、と疑問は確かに湧きますが……それは今考える必要はないでしょう。別に不気味で怖いからなんて理由ではありませんよ……ええ、絶対に。


「クリスちゃん、あんま連中を見ない方が良いよ、凶兆に意識を向ければ悪魔が嗤うってね、変に見初められちゃうと面倒だぜ」


「なにそれ? 随分とアベル君らしくない迷信染みた事を言うじゃない」


「なにって……クリスちゃんは見た目に依らず豪胆と言うか頓着がないと言うか、本当に不思議な子だよね」


 あんな場所に商会を構えるだけはあるよ、と赤毛が妙に感心した様子で頷いている。


「そりゃあ一応は俺もこの国の人間だからね、この辺りの鴉共はバルシュミーデの悪魔の眷属だって話は有名な民話じゃんか」


「へっ?」


「悪さをする子は鴉が見てるよ、名を呼ぶな、其の名を呼ぶな、囁きに応える子の下に悪魔は来るぞってね、子供を戒める童話の類いにも登場するくらいこの国じゃあ結構有名な話なんだけどなあ……本当に知らなかったのクリスちゃん?」


 いや……知りませんけれども……。


「初耳なんですけれども……いやいや、そんな童話にもなる程に有名な逸話なら事前に教えてくれても……」


 知っていたのならもっと早くに教えろ、と恨みがましく抗議の眼差しを向ける私に、


「いやっ、だって訊かれなかったから」


 と、澄ました顔で赤毛が宣った。


 いやいやいやいやいや、確かに……確かにその手の話を私が意図的に、自発的に遮断していたのは事実ではありますが……だって仕方がないじゃないですか、迷信やら逸話やらそんな魔法学的に見ても根拠の欠片もないモノを軽視するのは当然で何も私は悪くはないの……です。


 ま……まあ良いでしょう。


 同じ実存しないモノの中では悪霊だの怨霊だのと言うモノよりは大分ましで、悪魔と錬金術師は意外に親和性のある関係なのです。例えて言えば物語上での勇者と魔王の関係性に近いと申しましょうか、昔から両者を一対として語られるお話は多いので慣れてはいるのですよ。


 金貨と悪魔と錬金術師……これらに纏わる物語は作劇の定番と言えば定番で……あれっ、何かこの流れ、とても嫌な予感がしないでもありません。


「その辺りの話、詳しく訊きたいけれど」


 と、思わず口には出して見たものの、眼前に迫る外壁を前にして悠長に話している時間がないのも確かな話。


「じゃあ、後で好きなだけ訊いてくれ、でも安心して良いぜ、悪魔とやらが例え拐いに来てたとしても、クリスちゃんは俺が必ず護ってやるからさ」


 陰りなく不敵に爽快に笑う赤毛を前にして、なるほどね、と思う事はある。


 頼もしい好青年然とした赤毛の姿に私などは対抗心ゆえに、いらっ、としますが、世の若き女性たちが惚れてしまうのは悔しいが認めましょう。なのでいざと言う時は私とクラリスさんが逃げ切るまでの時間稼ぎ……もとい、肉壁としてどうか宜しくお願い致します。


 砦の正門を前にして速度を緩める車列。


 私は閉ざされていた筈の鉄門が僅かに開かれている事に気づく。


 正門前で馬車を停止させ、赤毛と共に御者台を降りる私の姿を見たのだろう、クラリスさんもまた馬車から姿を見せ、下馬した修道司祭たちが即座にその傍らを固める。それは自然でありながら流石と思わせるだけの洗練された統率の取れた動きであった。


 同時に正門から兵士を連れた身なりの良い中年の男が此方に歩み寄って来る……のだが、同じ違和感を感じ取ったのか赤毛が私の傍らで一歩前に出る。


 丘の上と言う立地上、遠見の監視が此方の車列を早期の段階で確認していたのだろう、と思えば砦側から事前に対応に現れた事への不審はないが、軍事拠点である砦は下士官でも武官……つまりは武家の者がその任に就いている筈であり、武装もしていない文官が外門の警備の責任者であるとは考え難い。


 ゆえに兵士を従え私の下へと遣って来る軍属とすら思えぬ身なりの男を前にして、この通例とは異なる対応が私に漠然とした警戒心を抱かせる。


「商工組合に属する商会の方々ですね、わたくしはクラウベルン商会の手代でエルベントと申します。詳細な事情は中でお話しますのでお急ぎ下さい」


 と、ただ一言、それが合図と言わんばかりに砦の兵士たちが積み荷を改める事もなく荷馬車を次々と門の内へと誘導し始める。


「ちょっ、ちょっと待って下さい、これは一体……」


「申し訳ありませんが『侵食』が進む前に積み荷を聖堂へ運ばせて下さい」


 全く意味が分からないが、その不穏な発言を前にして私が頭を抱えてしまったのは……語るまでもないだろう。




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