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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第二幕

 砦へと向かう分岐路を暫く進むと(やが)て見晴らしの良い平野から草木が生い茂る林道へと周囲の景色は趣の異なるモノへと姿を変えていく。


 車窓から見上げれば変わらぬ曇天……ゆえに日中の時刻にも関わらず周囲は寒々しく薄暗く、まるでそれは今の私の心情を表すに相応しい悪い意味で雰囲気のある風景と言えるものであった。


 現実的な話であるか否かは別として、この手の怪奇怪談忌憚とは何時の時代にも憑きモノ……付き物である訳でして、娯楽としての知識としては持ち合わせている私としては、物語の序幕の導入部で馬鹿な恋人たちとその仲間が地元の住民の警告や忠告を無視して禁忌の地に赴く展開と言うのは定番中の定番でございます。


 常々、私であればそんな話を()かされた時点で迷わず(きびす)を返して帰るので、期待する観衆たちには大変申し訳ないかも知れないですが個人的には早々と大団円を迎えるだろう、と考えていた時期が私にもありました。


 しかし……現実は物語よりも奇なるモノで、実際にそんな展開に遭遇したとて、私は商用、クラリスさんは表敬と、気楽な観光気分で訪れる訳でなし、確固たる目的を退けてまで、何となく怖いから、との理由で互いに職務を放棄出来る筈も無く不承不承……嫌々ながらもこうして馬車を進ませている訳でして。


 が、どうか御安心願いたい。


 それでも私は壇上の道化ではありませんので、用件が済めば速やかに帰参する所存でございます。クラリスさんが兵士の皆さんを慰労するとは言っても数刻もあれば終わる話。私の用件はそれよりも早く済む筈なので十分に日没までには宿場に戻れる筈なのです。


 君子危うきに近寄らず、と申します様に、定番回避こそが上策……なので劇中で馬鹿な役者が逃げ道の無い二階の階段を上ったり、単独行動に走って見たり、挙げ句一人で部屋に籠ったりなど言語道断、そんな愚かな行為を踏襲するつもりは毛頭ございません。


 などなど、と少し私らしくもなく興奮してしまいましたが、常識的に考えて当然の如くこれら前提自体が有り得ぬ話……なので世迷い言と一笑に付して貰っても構わぬ与太話の類いではあるのですが……。


                 ★★★


 こんこんっ、と御者台の小窓が叩かれる。


「お嬢さん方、此処から先は少し注意が必要かも知れんから用心しといてね、尤も俺様が居れば大丈……」


 夫、と赤毛君が得意げに言い切る前に開かれた小窓をぴしゃり、と閉めてやる。


 勿論、赤毛君に無用な謝意を伸べようとしていたクラリスさんの姿が視界の隅に映ったゆえではありますが、動機は断じて嫉妬などではありません。一重にマリアベルさんから訊かされた赤毛君の奔放なる女性遍歴ゆえでございます。


 高名な殿方が女性との浮き名を残すのは世の習い……ではありますが、私には無縁であっただけにそんな、うらやまけしからん……もとい、そんな汚らわしい淫獣を私の天使に絶対に近づけさせたりしませんよ……なのである。


 が、それはそれ、赤毛君の忠告は尤もで、私は車窓から周囲の光景を見渡す。


 砦に続く林道は路面の幅も狭く一本道で迂回も回避も難しく、しかもこれまでの平野とは異なり立ち並ぶ木々のせいで視界も悪い。つまり、憂慮される懸念の一つであった襲撃地点としては絶好の場所である。


 それを承知していて私が何故護衛の人数を減らしたのかと言えば、遺跡での講習と砦への納品は内輪の話としては同列に語れたとしても、相手側からしてみれば考慮に値しない甚だ迷惑な話である事は、基本的に遺跡に関する事柄に国家は干渉しない……いや、出来ぬと言う大陸間での協定に定められている約定を取って見ても分かる話だろう。


 にも関わらず、護衛で雇ったと便宜的な言い訳は出来たとしても、それを理由に遺跡にほど近い王国の砦に後に遺跡に向かう冒険者たちを大挙して引き連れ滞在させるのは、しかもそれが自国に属する冒険者であるのなら尚の事、対外的に如何にも体面が悪いだろうと考えた私の判断ゆえである。


 此からの事を踏まえても当然、王国とは仲良くやっていきたい私なりの配慮ではあるが、それを差し引いたとしても護衛と呼ぶには過剰な人数を許可もなく従えて要らぬ迷惑を掛けるのは本意ではないと言うのが本音のところではあった。


 王都で行われた講習には新人も多く参加していた様だが、この季節に遙々離れた遺跡にまで同行を希望する冒険者たちはと言えば、遺跡に挑む或いは攻略を目論む意図を持つ腕に自信がある連中が大半を占めている訳で、詰まる所、護衛としても一級と考えるのが妥当であろう。であれば、半数以下とは言え、それに赤毛と修道司祭を加えた現在の構成ですら規模としてまだ過剰であるとさえ私は思っている。


 馬の嘶きと共に馬車が減速を始め、軈てゆっくりと……止まる。


 急制動、と言うほどに急激なものではなかったが、それは異変を知らせるには十分で、話した傍からアレではあるが、襲撃か、と一番に脳裏を過り疑ったのは状況的にも仕方の無い事ではあった。可能性として低いと考えてはいたが、もしも周到に計画された襲撃であるのなら此方の数は問題ではないのかも知れぬと思い直す。


「アベル君!!」


 と、状況を問うべく声を挙げるが、小窓から覗く御者台の赤毛の背は動かずどうやら道の先、一点を見つめているようであった。


 常に物事に動じる事もなく、飄々としている赤毛らしからぬ態度に私は自ら異変の正体を確認すべく止まった馬車の窓から身を乗り出す形で前方を眺め……そして後悔した。


 連なる馬車が歩みを止めた理由は襲撃者の登場……ゆえでなく、その『光景』を前にして我々……いや、私は今回の一件で見落としていた可能性の存在を否応無く思い知らされる。


 商人の思考とは多くの面で合理的である反面、酷く迷信深い側面を併せ持っていると言う事に。


 その意味において誰もが敬遠して買い手の付かなかった曰く付きの物件に商会を構え、成功を納めた私に組合が今回の件で困り果て白羽の矢を立てたのだとしても、迷信を気に掛けぬと言う風聞ゆえに可能性としてこの異様な光景を前にすれば現実味も帯びてくる。


 道の先、小高い丘の上に姿を見せた砦……いや古城は深い霧に包まれて朧気な城影を浮かび上がらせている。確かにそれだけで不気味と呼べるだけの不穏さは漂うものの、本当に異様なのは趣の話などではない。


 古城の影を、白色の霧を、内から食い破り蠢く無数の黒い塊……鳥らしき大群。異常なのはそれが十羽、二十羽の話ではないからだ。


「鴉……?」


 まるで鳥葬が如く古城の空を埋め尽くす黒色に、私は知らず呟いていた。


「だねえ、あれだけの数が集まるって事は相当な数の死者が出てるって事だろうな」


 処理しきれぬ程の数がね、と冗談とも本気とも付かぬふざけた事を言う赤毛にも今ばかりは相手をする気にもならない。


 此処まで来て今更引き返す、と言う選択は流石に有り得ない訳ではあるが、本当に勘弁して貰いたい。今の段でも私はこの地の逸話とやらがこの異変と関係しているとは思ってはいないが、それでも事件であれ事故であれ、砦で何かしらの騒動が起きている事は間違いないだろう。


 商才以前に運がない……全く以て後悔しきりである。



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