345話
材木屋で風車に使う木材を注文。3日ほどで世界樹がある大陸の港に届けてくれるそうだ。
「今はコロシアムに木材を使うんで足りないんだけどね。セスの旦那に言われちゃあ、売らないわけにはいかないからさ」
セスが通信袋で材木屋の主人に口を利いてくれたらしい。
「じゃあ、勇者の国に行っちゃいますか」
「「「おー!」」」
ドワーフの姉妹とガルシアさんとともに、世界樹のある大陸へ。船で行くと丸1日かかるらしいので、空飛ぶ箒で向かう。
空から見る分には港町以外は小さい集落がいくつかあるくらい。一応、それぞれの国には首都がちゃんとあるらしい。
俺たちが降り立ったのは、大陸の北東にある半島。黒い岩山が多く、岸壁に植物は生えていても、畑を作るのは大変そうだ。
「雨水が溜まりそうな池はいくつか見えるけどね」
ガルシアさんは地面に手を当て、ソナーのように魔力を放ち周辺の地中を探っていた。
「なにか使えない理由でもあるんですかね?」
「検査してみればいいんじゃないの?」
フェリルが吸魔草を、岩場にある池に放り投げると一瞬で成長した。魔素が濃いのか。
「ここの岩に魔石が含まれてるのかもしれませんよ」
アーリムが落ちている小さな石をハンマーで叩いて、真っ二つに割る。日光にかざすと表面にキラキラした細かい魔石がびっしり。
「なるほど、飲めないわけだぁ~」
見つけた池を全て調査していったが、黒い岩が多い場所の池は魔素が多く含まれているようだ。
聞き込みをしようと集落まで行くと、集落の人達は家に引っ込んでしまった。冒険者のように武器や防具を身に着けているわけでもない、そこら辺の雑貨屋に買い物に出かけるような軽装の4人が突然、岩山の奥深くに来たら警戒されて当然か。
「ただの旅行者です!」と言っても、信じてはくれそうにない。ここは正直な方がいいだろう。
「コムロカンパニーの者です! 水質の調査に参りました!」
大声でそう言っても、集落の人たちは家から出てくる様子はない。勝手にやらせてもらおう。後で謝ればいい。
俺は水生成器を組み立て、アーリムたちは水瓶の調査。
「な、なにをする気だぁ!」
アーリムたちが水瓶に近づくと、家から石斧を持った獣人が出てきた。家の窓からは弩のようなものも見える。ガルシアさんと俺が身構え、一瞬、緊張が走った。
「あ、ほら血管が黒ずんできてるだろ?」
物怖じしないフェリルが獣人の腕を見ながら診察し始めた。
「魔力過多の症状だ。集落の皆もそうなの? 頭が痛いとか言っている人はいない?」
「お、お前、い、い、医者か?」
「医者ってわけでもないけど、血液に関してはちょっとうるさいね。いい? ここら辺の岩場の水を長く飲んでいると、慢性的な魔力過多に陥って、血管がぼろぼろになる。もっと症状が進むと魔物に変わって自分たちの家族を襲い始めるよ」
「そ、そんな事を言ったって、この水しかないんだ。そのために雷の勇者様がコロシアムに出て水を買いに行って……」
雷の勇者の国か。
「バカだね。この国の全員を賄えるくらいの水を毎日輸入しようとしたら、どんな樽が必要になるか考えてみなよ。買った後、輸送にだって時間がかかるんだよ。その間はずっと池の水を飲んで、魔力過多になってるつもりかい? そんなんじゃ農作業もできないよ」
もう大丈夫だ。完全にフェリルが場の空気を持っていった。
「だ、だから俺たちは雨水を飲んで……」
「雨が降らなかったらどうするつもり? 死ぬの? せっかく南半球まで来て家族全員で魔力過多になって自分から魔物になることに意味があるとは思えないけど?」
「姉さん! もう十分」
アーリムが止めてくれた。
「俺たちは水不足だって言うから、調査しに来たんですよ。飲めない水も飲めるようにしたほうがいい。でしょ?」
俺はそう言ってドワーフの姉妹に近くの池の水を汲んできてもらうことに。
「なにをする気だい?」
ガルシアさんが水生成器を組み立てるのを手伝いながら聞いてきた。
「魔水からできるだけ魔素を抜けばいいんですよね。吸魔剤を使わずに。なら、まぁ、普通にできるんじゃないですか? 即効性はないですし濃度次第ですけどね」
水生成器を組み立てて、しばらく待っていると壺を抱えたドワーフの姉妹が戻ってきた。
「一応、皆さん見ますか?」
俺がそう言うと、獣人は各家に視線を向けていた。探知スキルで見ると、集落の人々が窓際に集まっているのが見える。
「まぁ、簡単な話です。もうやってる家庭もあるかもしれませんが」
俺はアーリムからランタンのような魔石灯を借りた。
「どこにでもある魔石灯です。魔石を抜いて、クリーナップ!」
きれいになった魔石灯を汲んできた魔水に入れる。壺から光が溢れた。
「魔水の中の魔力を使ってしまえばいいんですよ。別に魔石灯だけじゃなくて魔法陣を描いて入れておけば、そのうち魔力は消えます」
魔石灯も使っていたら魔石が消耗する。魔素という言葉は俺たちが作った言葉なので魔力と説明した。
「光が消えたら、魔力がなくなっているので飲めるようになるんじゃないですかね。あとで吸魔草を使って確認しましょう。とりあえず実験のため一晩ほど、ここにいていいですか?」
岩から滲み出てきた地下水ではなく雨水なら、あの黒い岩に触れる機会も少ないからそんなに魔素が濃くないと思う。
一晩、夜が明けるまで集落にいさせてもらうことに。フェリルは集落にいる獣人の家族全員を診察していた。俺は石に非効率的な冷却の魔法陣を彫り、各家庭に渡した。
「冷たい水が温くなったら、魔力が消えているはずです。池ごと冷たくはできませんが、壺くらいならこれで十分かと」
獲っていたフォラビットの肉をおすそ分けしながら、徐々に集落に慣れていった。
集落の獣人への聞き込みによると、この半島は雷の勇者・カーネルが治めているサンダースという国だそうだ。西に行くと水の勇者が治めているアクアパッツァという大きな国があり、かなり農業に力を入れているのだとか。さらに西には風の国・ウェザーロック。
アクアパッツァとウェザーロックに挟まれて、大きな港を持つのが火の勇者が治めるスバルという小国で、コロシアムの決戦はそのスバルで行われるのだとか。
「南は? 世界樹があるはずなんだけど?」
俺は獣人に聞いてみた。
「ああ、無理無理。背より高い草が生えてて、行って帰ってきた奴はいないよ。あそこの川の水を飲むと全身が痺れるそうだ。ベスパホネットも北半球にいるものより遥かに強力で肉団子にされた奴もいると聞いた。世界樹に行くなんて命を投げ出しているようなもんだ」
人生かけて南半球には来ても、命をかけて世界樹には行きたくないそうだ。わからなくはない。
ただ、世界樹周りの山脈から雪解け水が流れてきていたような記憶がある。その水を大陸の北側まで引いてくれば、水問題なんてすぐ解決できると思うんだけどなぁ。
翌朝、水生成器にはバケツいっぱいの水が溜まり、魔石灯を入れた壺からは光が消えた。吸魔草に水をかけてみたが、どちらもほぼ反応せず。実験は成功だ。
バケツに入った水を集落の水瓶に移し、他の集落にも魔水を水に変える方法を教えるように伝え、俺たちは西へと向かった。
水の勇者が治めているというアクアパッツァは草原が広がっていて、空には不自然な形の雲が多かった。丸すぎる雲に四角すぎる雲など、おそらく水魔法で雨を降らせた跡なのだろう。
「キャー!」
聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。耳栓をして探知スキルで叫び声の下に行くと、マンドラゴラが土から顔を出していた。喉を潰して埋めたが、そこら中から叫び声が聞こえてくる。魔素を含んだ雨のせいで、植物の魔物が大量に繁殖しているらしい。グレートプレーンズでも似たように水魔法の雨を降らせていたが、シャドウィックが発生していた。
「枯葉剤でも撒けば、レベルが上がるかもな」
「残る薬は良くないよ」
フェリルに怒られた。
草原の先に集落が見えてきた。畑を広げているところらしく、草を刈り耕している人たちがいる。ダークエルフが多いのかな。ウェイストランドの人たちが新天地を求めて南半球にやってきたのかもしれない。
「こんにちはー、コムロカンパニーの者です」
畑にいたダークエルフに声をかけた。
「水質の調査に来ました!」
「コムロカンパニーか。ウェイストランドでバレイモの病気が流行った時に解決した会社だろ?」
知ってくれているようだ。
「飲水ってどんな水を飲んでますか?」
「今度は南半球の水問題を解決してくれるのか。アクアパッツァの飲水はちゃんと水の勇者様が各集落に運んでくれるんだ。あ、ほら、あの馬車、3日分の水が入ってる」
そう言ってダークエルフが指した方向を見ると、巨大な樽が馬車の荷台に乗せられていた。貯水槽は地面の下にあって、飲水はそこから組み上げているのだそうだ。
「あとは食器洗うのも身体を拭くのも、畑に水を撒くのも、だいたい水魔法だな」
「ちゃんとシステムが出来上がってるんですね」
「まぁな」
さすが水の勇者の国と言ったところか。
「一応、一晩調査のため滞在していいですか?」
「いいけど、冒険者たちがなんていうかな。ほら、もしかしたら南から魔物が飛んでくるかもしれないだろ? 結構、冒険者たちが集落に滞在していてね。食事は出せないかもしれないけど、それでもいいか?」
言われてみれば、こちらを警戒している冒険者たちがそこかしこにいる。こちらがコムロカンパニーだと知って、喧嘩を売るような気配はないが信用はされてなさそうだ。
「ええ、食事は自分たちで用意しますから、水生成器だけ建てさせてもらえればいいので」
「それで水を作るのか? 水魔法じゃなくて?」
「そうです」
許可をもらって俺は水生成器を組み立て始める。野次馬として集落のダークエルフが集まってきた。
ダークエルフたちからの質問攻めに答えていたら、すぐに夜。
「地面の下に貯水槽以外ほとんど水がないんだよ。見えているものが全て。もしかしたら、一番危ないかもしれないねぇ」
ガルシアさんは案外脆い土地だと言っていた。
水魔法で作った水に魔石灯を入れてみると、強く発光。数分で光らなくなり、残った水は壺の半分にも満たない。
「魔素の含有量が多すぎるんじゃないか? 野菜作ったとして食べて大丈夫なのか?」
そういえばグレートプレーンズでは水路もあったし、普通の水も畑に撒いていた気がする。
『社長! 合流したいんですけど、今どこですか?』
ドヴァンが通信袋で連絡してきた。
「今、水の勇者の国。南側の集落にいるよ。光の玉でも打ち上げるか?」
『頼みます!』
俺は光の玉が出る杖を空に向けた。発射した光の玉は弧を描いて南の草むらに落ちていった。冒険者たちが一瞬、こちらを見たが、特になにもしてこない。
ドヴァンたちはその草むらをかき分けてやってきた。
「お疲れ様です!」
「おつかれ~」
傭兵たちはドヴァンも含めて3人。確か、セーラの学友たちだ。
「3人か?」
「いえ、6人です。チオーネの姉さんたちも来てるんですが、スバルって火の勇者が作った国に潜伏してます」
「確か、2人はグーシュとシェイドラって言ったか?」
獣人の方がグーシュで、ダークエルフの方がシェイドラだ。
「そうです」
「覚えていてくれたんですね」
「まぁな。仕事は俺たちの護衛ね。お願いします。特にやることはないと思うけど、ほら、あの水生成器だけは守ってね。試作品、ひとつしか持ってきてないから」
「あれが水を作るんですか?」
ドヴァンが聞いてきた。
「そう。朝露を集めるんだよ。魔力もなにもいらないから便利でしょ。組み立てもそんなに難しくないし」
「空気中から水を作るって……確かにセーラが言うのもわかる」
グーシュが呟いた。
「なんか俺のこと言ってた?」
「ええ、ずっと元主人のナオキさんはちょっとおかしいけどすごいって」
「イメージ通りでした。セーラが憧れるのもわかります」
グーシュもシェイドラも俺をまじまじと見てきた。
「俺としてはせっかく自由になったんだからセーラには自分の人生を歩んでほしいんだけどなぁ」
「憧れられるのが嫌なんですか?」
シェイドラが聞いてきた。
「嫌って言うわけじゃないんだけどね。俺の隣に立つことを目標にしてたみたいなんだけど、目指しているうちに自分の道を見つけてくれればいいなって思ってたんだよ。ほら、いい仲間にも出会えたんだからさ」
「わかりますけど、ナオキさんのこと好きなんだからしょうがないんじゃないですか?」
「まぁ、そうなのかもしれないけどさ。俺に固執しすぎて、盲目的になってないか? 視野が狭いっていうか。魔王になりたくてなったならいいけど、俺のために魔王にならなくてもいいだろ? 俺の隣に立つだけならね」
「そう言われてみるとそうかもしれませんね。いや、ここに来る前に砂漠でセーラの様子を見てきたんですけど、切羽詰まってるみたいでした」
グーシュが自分の耳を撫でた。セーラを心配しているのだろう。
「確かにセーラは、考え始めると余裕なくなるんですよね。自分を俯瞰して見れなくなるっていうか」
シェイドラも過去を振り返って心配している。
セーラは本当にいい仲間を持ったんだな。たぶん、俺は社員たちから心配されてない。
「で、ここに来て『コロシアムの決戦』って勇者たちが戦うイベントがあるだろ? セーラは魔王だから、魔王としての役割を遂行しようとしてたら、面倒なことになるぞ」
「セーラも見張りますか?」
「いや見張らなくてもいいけど、仕事の合間に砂漠に行って仲間として話を聞いてやってくれないか? 俺と話してもこじれそうだからさ」
3人は頷いていた。
「社長が『タイプじゃない』って言ってれば済んだことじゃない!?」
「先生、なんか回りくどいですよ!」
ドワーフの姉妹からはツッコまれた。
「確かに、もっと突き放してればよかったんだよなぁ。でも、セーラは俺がこの世界に来て初めての友達なんだ。なにをしているのか気になるし、できればちゃんと自分の幸せを見つけてほしいんだよ」
「ハハハ、勇者たちの決戦もあれば、こっちの関係も決着がつきそうだねぇ~」
そう言ってガルシアさんはワインを飲んでいた。俺も貰ってグビッと飲む。
「『コロシアムの決戦』が終わったら、ちゃんと話すか」
南半球の夜が更けていく。




