344話
「げ~!? 若返ってるじゃん!」
俺を見た瞬間のシンシアのリアクションは、大げさだった。
役所でコムロカンパニーの名を出してシンシアを呼んでもらうと、すぐに来てくれた。どうやら馬小屋でフィーホースの世話をしていたらしい。
「転生し直したんだよ」
「あ~聞いてたけど、ズルいよね。一人だけ若返るなんて、私も若返りたい」
うちの会社にもスカウトしたことがあるシンシアは俺の頬を引っ張ったりして「腹立つわ~」とメルモと似たような事を言った。
「それで今日は、どんな用事?」
「南半球が水不足になってるって聞いたか? それで、一緒に風車作っただろ?」
「ああ、はいはい。どっかのギルドからも要請が来てたはずだよ。父さんが準備してたと思うけど……どうだったかな?」
シンシアの父さんは元土の勇者のガルシアさんだ。
「あ、そうなの? じゃあ、そっちへ向かったほうがいいのかな?」
「あ、ちょうど本人が来たから聞いて」
振り返ると、役所の玄関に麦わら帽子にオーバーオール姿のガルシアさんが立っていた。
「あれぇ~? もしかしてナオキくんかい?」
「お久しぶりです」
「お、今日は飲むか?」
会った瞬間に飲みの誘いをしてくるということは暇かな。
「ガルシアさん、一緒に南半球行きませんか? 水不足で困ってるらしいんですよ」
「あ! そんな話、アルフレッドの爺さんからも聞いたなぁ」
アルフレッドとは食えない爺さんで、ルージニア連合国のお偉いさんだ。
「請けてなかったんですか?」
「ああ、なんだか新しい勇者たちの戦争に使われそうなんだよなぁ。それで断ったんだぁ」
「その戦争、止めませんか? 試作品の水生成器を作って持っていくところなんですけどね」
「あはっ! 相変わらずだなぁ。わかった、話を聞こう」
ガルシアさんは俺を近くの酒場に連れて行った。ドワーフの姉妹はシンシアと一緒に魔道具の整備やフィーホースの病気について話し合っている。
「それで、戦争を止めるっていうのはどういうことだい?」
ガルシアさんは俺のコップにワインを注ぎながら聞いてきた。
「いや、そもそも水源の奪い合いで戦争になりそうって話ですよね。だから、水を供給してしまえば、奪い合うこともなくなるじゃないですか」
俺もお返しにガルシアさんのコップにワインを注ぐ。
「そりゃそうだけど、一つの国に供給すると、他の国から攻撃を受けるじゃないかい?」
「だから、水源を空気にしようと思ってるんです」
俺は水生成器の構造を説明した。
「朝露を捕まえるって考えたなぁ~。これがあれば湿気さえあればどこでも暮らせるってわけだね?」
「そういうことです。もちろん、これだけで南半球にいる全員分の水がまかなえるとは思ってませんよ。ある程度、地下からの水を供給しつつ、水生成器みたいな飲水を作るものがあれば生活するのに安心するじゃないですか」
「なるほどね~、理解してきた」
「もちろん水は運ばないと各所に供給されないから道も必要だし、南半球の開拓も進まないじゃないですか。水と道だったらガルシアさんたちしかいないなと思って」
「と、ナオキくんが言ってるけど、アシュレイ、どうする?」
ガルシアさんがカウンターの奥に向かって聞いた。気が付かなかったが、カウンターの奥にはガルシアさんの妻であるアシュレイさんが皿を洗っていた。
「お久しぶりです!」
「久しぶり。ナオキくんは変わってないわね。いいんじゃない? ノームフィールドはシンシアたちもいるし、子どもたちも有料道路で働いてるし、こっちは問題ないわよ」
アシュレイさんの許可が出た。
「でも、危険なことはダメよ。間違っても勇者たちと戦ったりするようなら、すぐに逃げてきて」
「確かに、もう若くないからなぁ」
ガルシアさんは麦わら帽子を外して、自分の禿頭を撫でた。
「まぁ、南半球にうちの会社で雇ってる傭兵部隊がいるので、戦闘に関しては任せられます。なんだったら勇者の相手は、土の魔王と知り合いなのでなんとかなると思うんですよね」
「土の魔王と!?」
「俺の元奴隷が魔王になっちゃって。成り行き上、そうなったみたいですけど、悪いやつじゃありません」
「しかし、土の精霊……いや、土の悪魔が」
ガルシアさんは土の悪魔と長い間、一緒にいたんだっけ。
「ああっ! それなら大丈夫だと思いますよ。すっかりダンジョンのなかで哲学者みたいに思い悩んでましたから。しばらく外に出てくることはないと思います」
「そうか! なら、もう行かない理由がなくなった。それで、木材とかは南半球にあるのかい? いや風車作るなら金具は持っていけるけど、木材はどうしても大きいからね」
ガルシアさんは切り替えが早い。
「まだそんなに植物自体が育ってないので少ないと思うんですよね」
「だったら、こっちで買っていくかな」
「ちょっと待ってください。輸送会社の社長に聞いてみます」
俺は通信袋を取り出してセスに連絡。
「おう、セス。元気か?」
『社長! そろそろ仕事ですか?』
「いやいや、セスの出番はもう少し後だ。世界樹で会議するから呼んだら来てくれ」
『了解。動けるようにはしてますから、いつでも声かけてください』
出会った頃は船荒らしだったセスが、すっかり頼もしくなってしまった。
「それで、お前の会社で木材を南半球に輸送したりしてないか?」
『してますよ。ヒノキにスギ、マホガニーにブナ、だいたい建築や生活に必要そうなものは送っているはずです。もっと詳しく調べますか?』
「いや、南半球で売っているなら、そこで買おうと思ってさ。南半球でも木材は手に入れられるんだな?」
『ええ、世界樹の大陸の北に島がいくつかあったじゃないですか? えーっとヴァージニア大陸から見ると真南ですね』
「ああ、あったな」
南半球の島は、まだスライムだらけだった頃に全て回っている。
『そこに大きめの島があるんですよ。今はザザ竹ばっかり生えちゃってるんですけど、冒険者ギルドと商人ギルドがあるんで輸送しています。南半球で木材を買えるとしたらそこです』
「了解! 悪いなそれだけだ」
『よろしいですか? じゃあ、また』
「おう、後でまた連絡する」
そう言って俺は通信袋を切った。
「ということで木材は手に入れられそうです」
「そうかい。よかった。じゃあ準備するから、2日くらい待っててくれるかい。宿はすぐそこにあるから」
ガルシアさんはワインを飲み干して、酒場を出ていってしまった。
「すみません。ちょっとガルシアさん、借ります」
俺はカウンターの奥にいるアシュレイさんに挨拶をした。
「ええ、うちの主人はちょっと騙されやすいんで、お願いいたします」
アシュレイさんに見送られ、俺は『竜のいびき亭』という宿に向かった。どうしてそういう宿の名前になったのかはあえて聞かなかった。
2日準備してから、空飛ぶ箒で南半球へと向かう。準備期間で競馬場にハマったフェリルは毛並みと速さの相関関係について詳しくなっていた。金は賭けていないようなので、アーリムも笑っている。
今回の件はアルフレッドさんに直接知らせるとおそらく怒られるので、ガルシアさんは手紙で伝えたようだ。
朝に出発して昼過ぎに南半球に入り、日が沈む前にザザ竹が生い茂る島へと辿り着いた。最近入植してきたばかりのはずだが、冒険者ギルドも商人ギルドも立派な建物が建っていて、宿と食堂も併設されていた。島の名産は近海に棲む魚の魔物らしい。
とりあえず、冒険者ギルドで宿をとろうとしたら、満室だという。
「なんで、そんなに冒険者が集まってるんですか?」
受付にいたダークエルフの職員に聞いてみた。
「海渡っても、大陸に水がないんじゃ冒険も開拓もできないからね。どの勇者の国に行くにしても『コロシアムの決戦』が終わってからって思っている奴が多いんだよ」
「コロシアムで誰か戦うのか?」
「え? 知らない? 火、水、風、雷の勇者がそれぞれの国をかけてコロシアムで戦うのよ。掲示板にも書いてあるでしょ」
確かに掲示板には『コロシアムの決戦間近!』などと書いた紙が張られている。どうやらそれぞれの国にある水源を賭けて戦うらしい。
「戦争をするよりも各々の国で一番強い勇者たちが戦って決着をつけるんですって。犠牲を少なくするには一番いい方法と言ってたわ」
「その取り決めってちゃんと守られるのか?」
最高戦力を出すってことは各々の国の守備が薄くなる。そこにつけ込んで他の国に侵攻するんじゃないか。皆、純粋に取り決めを守るとは限らないと思うんだけど。
「勇者4人が決めたことだもの。精霊様の加護がある人たちなんだから守られないことってある?」
「勇者たちは裏切らなくても、側近たちが裏切る可能性だってあるだろ? まぁ、いいや。その『コロシアムの決戦』っていつなの?」
精霊たちはちゃんと勇者以外にも目を向けているのかな。
「2週間後ね」
「そうか。ちょっと急ぐか」
俺が侵攻するとしたら、『コロシアムの決戦』に合わせる。いや、その前に勇者の親族を誘拐してマッチポンプでも狙うか。どちらにせよ、普通にコロシアムで戦うなんて馬鹿な話があるとは思えない。
「こりゃ、早めに傭兵を呼んでおいたほうがいいな」
結局、宿はなく竹林のなかでテントを張ることに。
「すみませんね。長旅で疲れてるのに、ベッドで寝れないなんて」
俺がガルシアさんに謝ると、「いやぁ、全然魔力も使ってないし疲れてないよ~」と竹林の中に土で豆腐のような家を建てていた。そうだった。この人も元土の勇者。宿がなければ建ててしまえばいい、というタイプの人だった。
俺は通信袋でウーピーに連絡して、傭兵を呼ぶ。
「要人の護衛で数人、勇者たちの国に潜伏させておいてくれる?」
『わかりました。ドヴァンたちが向かいます。学友だったセーラの様子も見たいらしいんですけど、寄り道してもいいですかね?』
「うん、頼む」
今、魔王がなにをやっているかも気になるよな。
通信袋をしまって豆腐型の家から出ると、ドワーフの姉妹が竹林でウサギの魔物を狩っていた。
「やっぱり、フォラビットだよ!」
「困ったねぇ」
手早く解体しているが、二人とも浮かない顔をしている。ガルシアさんは解体したウサギの魔物・フォラビットを焼く竈を作って火を起こしているところ。
「なにが困ったんだ?」
「だってこんなにフォラビットが繁殖してるっていうのに、島の人たちはあんまり食べてないみたいなんだよ」
フェリルが口をとがらせて言った。そういえば、ちらっと見た食堂でもフォラビットよりも魚の魔物を推していたなぁ。
「じゃあ、罠でも作るかい?」
話を聞いていたガルシアさんが地面に手を当て、土魔法で深い穴を作った。フォラビットが穴から這い上がってこないように穴の底には眠り薬を浸した布を敷く。穴の周りの土にザザ竹の葉を挿して穴を隠せば落とし穴の出来上がり。
「仕事か!?」
「南半球はこれからフォラビットが増えると思うよ」
今の状況にツッコんでいた俺にフェリルが冷静に返した。
1人あたりフォラビット4羽というフードファイトを乗り越えて、その日は就寝。徐々に南半球の生態系が変わってきているようだ。




