343話
アリスフェイ王国の東に点在している島の一つ。円柱型の建物が特徴的な工房がいくつかある。現在はコンテナが積まれた船が2隻停泊していてエプロンをした職人さんたちが荷を運んでいた。
「メルモ!」
荷物を運んでいるメルモの側に降り立った。
「社長! 突然、なんですかぁ~? あ~、また何か厄介事を抱えましたね? 今、ちょうど通信できる襟付きシャツを出荷するところなんですから、忙しいんですよ」
そういえば、そんな事を言っていたような気がする。
「その作業は俺も手伝うから、ちょっと協力してくれよ」
俺は工房の女性たちから荷物を受け取り、勝手に手伝う。ドワーフの姉妹は砂浜で「地面だ」と地に足をつけたことに喜びを感じていた。
「嫌ですよぉ~。ずっと徹夜で寝てないんですから」
「寝ろよー、お肌に悪いぞ」
「しょうがないじゃないですかぁ~! 各大陸の冒険者ギルドから受注されて急いで作ったんですよ!」
実際、メルモの鼻の頭は赤くなっている。
「売れ行きいいのか?」
「ええ、『コムロカンパニーも使ってる』と広告を打ったら一斉に声がかかったんですぅ~」
「うちの会社が広告塔になったのか。そりゃいいや。広告料もらわないとな。名義貸しだから、3割でいいぞ」
「えっ!?」
メルモは目を見開いて鼻水を垂らしていた。
「冗談だよ。ちょっと手を貸してくれ。編み物得意な人はいないか?」
「編み物なら皆、得意ですよぉ~。だけど、なにさせる気ですか?」
「ちょっと朝露を捕まえようと思って。ほら南半球は水不足だからさ」
「朝露を~!? ん!? もうちょっと詳しく話してください! だいたい社長の話は突飛すぎてわからないですから」
結局、荷運びが終わったら話を聞いてくれることに。良い社員を持った。
「要はアラクネの糸で作った網で四角錐を作るんだよ。それを逆さにしてバケツを置いとけば、霧や湿気が多いところでは水が溜まっていくんじゃないかっていう実験だ」
メルモの工房で俺は簡単な設計図を描いた。
「相変わらず、実験が好きですねぇ~」
「どうなるかわからないからな。試作品を一つ作ってもらって魔素が少ない水を捕まえられたら、量産して南半球に輸出していこうよ」
「アラクネの糸の準備は?」
「もう出来てる。魔族領で買い占めてきた」
「そういうところは抜け目ないですよね。わかりました。これって砂漠でも使えるんですか?」
「空気中の水分があればだなぁ。まぁ、砂漠は朝だけしか使えないかも。一応、温度差によって結露を生み出す魔道具もエディバラの魔道具師ギルドに依頼してはある」
「そうですか。砂漠の村から来た職人さんもいるので手伝わせてもいいですか?」
つまり技術を覚えさせてもいいですか、ということだ。
「もちろん、秘密にするようなもんじゃない」
「社長はお金を儲けたいのか、人を救いたいのか……」
そう言ってメルモは首を横に振った。
「いや、だって水がないと人が生活できないだろ? 人が生活できないと俺たちに仕事が回ってこないじゃないか? 巡り巡って俺たちの仕事になればいいんだよ。これも立派なお得意さん作りだ」
「狡猾なお人好しって社長くらいですよぉ~。それにしても空気を水源にするなんて」
メルモは頭を掻きながら、俺の描いた設計図を見ていた。
「作れるのか?」
「そりゃ作れますけどね。明日の朝でいいですか?」
「うん、十分」
とりあえず、メルモは職人さんたちと寝たほうがいい。
「南半球へはいつ頃向かうんです?」
「準備でき次第だな。シンシアのところも行っておきたいんだ」
シンシアとは元土の勇者であるガルシアさんの娘で、一緒に水を汲み上げる風車とポンプを作った事がある。いや、俺はあの時、参加できなかったんだっけ。
「効率よく水を汲み上げるシステムも作っておきたいだろ?」
「南半球にいる勇者同士の対立ごと潰す気ですね?」
「まぁな。俺たちから見れば、無駄な争いにしか見えないだろ?」
「ですねぇ~」
コムロカンパニーでは人の役に立ちそうもない争いは疲れるだけで、強さそのものにはあまり意味がない。その強さを使ってなにをするかの方が重要だ。南半球は広いから、争ってないで他の水源を探しに行けばいいのにと思ってしまう。あまり冒険心がないのかな。
「南半球の水問題への対処はそんなところだ。試作品を頼むぞ」
「了解」
俺が工房から出ようとしたところで「社長」とメルモに声をかけられた。
「なんだ?」
「なにか隠してます?」
「別に隠しちゃいないさ。ただ、水問題は俺の計画の本命じゃないってだけだ」
「やっぱり! 各地を回ってるって聞いてたからそうじゃないかと思ってましたぁ~。こんな単純な仕事は社長らしくないですからね」
「終わったら世界樹でコムロカンパニーの会議を開くぞ」
「わっかりましたぁ~」
メルモはなぜか安心したように、俺を見送った。
アーリムとフェリルの姉妹は革のエプロンを試着しているところだった。女将さんが小さいドワーフのために見繕ってくれているらしい。
「二人とも働き者のいい手をしているね」
「私は魔道具屋で、姉さんは学者なんです」
「職人ばっかりなんて不思議な島ね」
北半球ではドワーフ族が珍しく、職人たちの注目を集めている。
姉妹をかわいがってもらっている間、砂浜にテントを建ててバーベキューの準備。近海に棲む魚の魔物が今日の獲物だ。元々、通信できる襟付きシャツを出荷したので打ち上げをやるつもりだったらしく、酒は職人さんたちが用意してくれた。
風呂の準備もしようかと思ったが、やはりと言うべきかメルモがちゃんとしたヒノキの風呂を作っている。男は少ないので先に入って、そのまま宴会へ。
加熱の魔法陣で暖房も作ったため、冬なのに外で宴会をした。周囲を崖に囲まれているため、冷たい風も吹いてこない。
メルモの面倒を見てくれている職人さんたちにお礼を言いながらお酌をしていると、逆に飲まされてしまった。聞こえてくるのはメルモへの褒め言葉ばかり。
「酒が美味いな」
部下の成功が素直に嬉しくて、早々に酔っ払ってしまった。メルモはしっかり水生成器を編んでいたため、宴会に登場したのは俺が酔いつぶれた後だったらしい。職人さんたちもお酒を飲みながら編んでくれたようで、翌朝には設計図通りのものが砂浜に出来上がっていた。
ただ、下に置いたバケツには全然水が溜まっていない。
「なにが違うんだぁ?」
糸には水滴はついているがアラクネの糸は太すぎるようだ。
「社長、どうですかぁ~?」
眠そうに目をこすっているメルモがやってきた。
「ああ、失敗だ。糸が太すぎるのかもな。あとは編み方とか」
「失敗が嬉しそうですね」
確かに、顔がにやけているかもしれない。実験はいくつになっても楽しいものだ。
「朝露がついている蜘蛛の巣とか草を観察して、実験していこう」
アラクネの糸は大量にあるので、再び編んでもらうことに。ただ今度は水分が吸着しやすいように糸をわざと裂いて細い繊維の束にしてみたり、朝露がついていた草を真似て網を重ねてみたり試作品をいくつか作ってみる。もちろん休憩を挟みながら、砂浜で作業をしていると休んでいた職人さんたちも集まってきた。
「不思議な仕事だねぇ」
女将さんは手伝いながら笑っている。打ち上げの後片付けは俺一人で全部済ませたことを知ると、皆手伝ってくれた。俺としては邪魔だったから片付けただけだが。
網を吊るす骨組みは軽い竹材で作り、持ち運びや組み立ても考えておかないとな。
「これがうまくいったら私の地元の村にも作ってもらえませんか?」
そう言った若い職人さんに見覚えがあった。年の頃は13歳くらいか。同世代よりも背が大きいからか大人に見えるが、少女の顔をしている。
「構わないけど、どこかで会ったよな?」
「覚えていますか? イトと申します。ヴァージニア大陸の砂漠の村に住んでいた娘です」
「ああっ! サキの妹かぁ!」
「はい!」
サキという名のサキュバスが冒険者に化けて住んでいた村があった。5年の間にずいぶん、大きくなっていた。どうやらメルモがローカストホッパーの駆除の依頼をしている時に、裁縫の筋が良かったからスカウトしたらしい。実家には年に一度帰っており、今は魔族領にいるサキとはちょいちょい会っているのだとか。サキは飛べるからなぁ。
「不思議な縁だなぁ。わかった。メルモ、試作品ができたらもう1つ作ってくれ」
「はぁ~、イト、作り方を教えるから自分で作りな」
メルモはお姉さんのようにイトに編み方を教えていた。
結局、水生成器を作り直すのに、丸2日かかった。
「おおっバケツには水が溜まっているな」
「実験成功ですね」
俺とメルモは拳を当て合った。
試作品は2つ。一つはヴァージニア大陸にある砂漠の村に置いておくことに。
「よし、アーリムとフェリル、行くぞ~!」
「はい!」
「また地面としばらく会えなくなるのか」
フェリルは空飛ぶ箒がちょっと苦手らしい。
「メルモ、あの通信できるシャツ、もっと売っといてくれ」
「はいはい。それも社長の計画の一部みたいですね」
「そういうことだ。じゃあ、またすぐ呼ぶから」
「ええ、準備だけして待ってますよ」
そう言って俺はアーリムとフェリルを魔力の壁の中に入れて、空飛ぶ箒に魔力を込めた。
晴天。青い海にはイルカの魔物が泳いでいるのが見えた。
アーリムとフェリルに海の魔物を見せながら、東へと飛ぶ。ヴァージニア大陸の砂漠についたのは昼過ぎだった。
手早く水生成器を作り、村長に使い方を教えた。村はコムロカンパニーの得意先でもあるため、話がすぐに通ってしまった。イトが元気そうにしていたことを伝えると、村長は喜んでいた。
ナツメヤシに似た実を干したデーツという甘いお菓子をたくさんお土産に貰って、再び東へ向かう。
砂漠を渡り、山脈を超え、一本道が通った荒れ地をすぎれば、ノームフィールドに辿り着く。
前は数軒の家が立ち並ぶだけの村だったが、今では有料道路の中心地で、競馬場もでき、ヴァージニア大陸の主要な町の一つになっている。
「先生、競馬ってなんですか?」
「馬券を買って夢を見ることだよ」
「夢見る馬券!」
競馬場に夢を託そうとしているドワーフの姉妹を引き止めて、俺は役所へと向かった。




