大好きな婚約者に冷たくされています、どうやら初恋は黒歴史どころか暗黒歴史だったようです
俺様が出生と同時に婚約したのは親の尻拭いだ。
このボアル国の王太子であった父親は神童なんて言われる王子で、自分の有能さを過信して婚約者を擁立せず愛し合っていた幼馴染の貧乏男爵令嬢(顔すら平凡)を王妃にした。
俺様が見目麗しいのは最悪なことに全て父親からの遺伝である、全くどれだけ血が濃いのだ、呆れる。
馬鹿父がやらかした結果、起こったのは権力を持つ貴族の反発。
いくら母が優しく馬鹿父とその取り巻きの権力者の息子共を魅了しようと、馬鹿父の側近共は王妃に懸想している時点で廃嫡対象(何が「生涯で唯一、愛した女性を得られなかったのだから結婚する気はない。跡継ぎは養子を迎えればいい」だ。自己陶酔にもほどがあるだろう、切り替えろ)となり、彼等の婚約者達は政略結婚のため新しく擁立された者達と結婚したが、有力貴族達は王妃となった母を嫌ったままである。
混乱はそれだけに止まらず、馬鹿父や母によって家を乱されたので馬鹿父の側近予定だった王を第一とする絶対主義派の貴族達すら馬鹿父に愛想を尽かした。
貴族連中を纏めることができない馬鹿父が行った対処が、息子を由緒正しい家柄で貴族連中の信頼は厚いが領地が特殊なので貧乏な中立派のザボン公爵家を引き込むことだった。
ザボン公爵の人脈のお陰で王家は政治の主導権を手放さずに済んだのだ。
俺様は8歳の誕生日パーティーで初めて婚約者であるルーレンディア・ザボン公爵令嬢に会った。
俺様は丁寧に作り込まれた人形のような婚約者に負けないように睨んでいたが、敵は顔立ちが整い過ぎていて「このまま婚約者でもいいかもしれない」なんて気持ちにさせてきた。
(クッソー、頬を染めて気があるみたいに見てきやがって……緑色の瞳が美しい♡いや!俺様が王太子だからそんな態度をしているんだ、俺様は騙されないからなッ)
その後は俺様の婚約者なのに俺様に侍りもしないで他の令嬢達に取り囲まれていた、チラホラ令息達も混じっているのに優雅に微笑んでいるのがとても気に食わない。
自分は愛による結婚をしたくせに俺様に政略結婚を押し付けた馬鹿父への反発心も加わり、俺様は誕生日パーティーの翌日から王宮を抜け出すようになった。
将来、国王になった時に治める国がどういう状態か見るためであって勉強が嫌とか遊んでいる方が楽しいとか、そういうんじゃない。
大嫌いだが父親似のため俺様は優秀なのだ。
建国祭も本来なら婚約者と共に過ごすことが決まっていたのだが俺様は抜け出してやった、あんな女は待ちぼうけをさせておけばいいのだ。
そう思っていたのだが、あの女は時間がきて俺様が姿を現さないと、俺様を待つことなく帰宅した。
「何だ、あの女ッ!少しは待つべきだろうッ!」
俺様は敵を観察するために木に登っていたのだが興奮したせいで落ちそうになってしまった、しかも俺様を探していた近衛兵達にバレて10日間にわたって開催される建国祭の期間中、部屋に閉じ込められて法律の勉強をさせられた。
俺様が部屋でこんなことをしなければいけないのも全て婚約者のせいだ。
「クソッ、あの女さえ待っていれば建国祭に一緒に行け……行くもんかッ、あんな女と絶対に行くもんかッ」
10歳の建国祭の最終日、俺様は王宮を抜け出して祭りに行ってやった。
そ、それまでの三年間、婚約者が誘いに来るのを期待して王宮で待ちぼうけていたわけでは決してないッ。
いつも通り下町の子供達を引き連れて歩いていると手下共が可愛い女の子に寄って行って熱心に話しかけだした。
「ユニ、家の手伝いはいいのか?」
「うん、今日はお祭りだからお父さんから「一緒にお祭りに行けないけど遊んで来ていいよ」って言われたんだ、お母さんはお父さんが手伝ってる」
「僕達と一緒に回ろうよ」
「私は私が好きな子と一緒に回るよ、だって貴方達は優しい子や年下に意地悪するから嫌いだもん」
「何だよ!」
「お前等はそんなことをしていたのか」
「たまにしか来ない出しゃばりは引っ込んでろ!」
俺様は何人で来られようと負けないので当然、勝った。
「お姫様は勝者のモンだ、これからは弱い者イジメするなよ!」
言い聞かせておいたのでアイツ等は大人しくなるだろう。
女の子の腕を掴んで建国祭の出店を案内させようとしたら助けてやった女の子が立ち止まった。
「チョップ!」
助けてやった女の子が変な掛け声と共に手刀で頭を殴ってきた。
「なんで私が物扱いされて私の意思は無視されなきゃなんないわけ?私は私の好きな友達と楽しく遊びたいの」
「助けてやったのに恩知らずなヤツだな!だが謝罪してやろう、我はパズだ今日は出店の案内をしろ」
「助けてもらったことは確かだし、ありがとう。私はユニ、どうせ今日一日だけのことだから案内してあげるよ」
そう言ったユニは案内すると言ったくせに同じ店に来ていた友人と喋って笑い合ったりする。
「ユニは今日は我の専属だ!」
「とっても迷惑!」
間髪入れずに叫ばれたが、次の瞬間に面白くなり笑い合っていた。
ユニは面白くて一緒にいると楽しい、一生共にするならユニがいいと思った。
「コレをやる!」
別れ際にユニにイルカのキーホルダーを買って渡した。
「ユニだから特別にやるんだからな、持っとけ!」
明日も会えると思っていたが翌日、俺様はユニに会えなかった。
手下共の話ではユニの母親は体が弱くてユニは家の手伝いをしているとのことだった。
下働きもいない平民の家庭は全て自分でしなければならないから、そういうもんだと分かっていてもツマラナイ毎日だった。
婚約者とはお互いの誕生日パーティーでしか交流しない。
子供ばかりが集められ開催される誕生日パーティーで俺様が婚約者に擦り寄ることはないが婚約者も俺様に近寄って来ない。
(俺様を何だと思っているんだッ)
俺様に擦り寄っている令息や令嬢達の弟妹の世話をしている婚約者は俺様に決して見せない優しい顔をしている。
小さい子供に囲まれた婚約者が絵本を読む姿は慈愛に満ちた光景で温かく、とても綺麗で……は……ない!
あの女は貴族の付き合いとして将来の手駒にしようと相手をしてやっているだけだ。
それと、あの女が今日はやけに俺様を見つめてくるせいで俺様は心臓がおかしいので気持ちを落ち着けようとバルコニーに行ったのだが、バルコニーに到着するなり大事なイルカのキーホルダーを落としてしまった。
拾うために跪いている俺様のすぐ近くで音がしたので顔を上げると婚約者だった。
「殿下は王太子の立場でありながら勉強を疎かにして市井で遊び回っていると聞き及びました。殿下は生粋のお馬鹿さんですこと、傀儡の王になりたいのなら、今後も、そう、なされませ。初恋だか何だか知りませんが、平民と恋に落ちた殿下が愛に突き進むのであれば誰からも口出しできない強い権力を持つべきなのではありませんか?私の家の人脈を殿下は侮っているようですが殿下の求心力だけでは乗り越えられるものではありません。政治的判断ができないまま恋愛するのでしたら、いつでも第三者に王位を譲れるように整理してからにしてはいかがかと存じます」
婚約者の言ったことは確実に自分の将来に起こる現実だと理解でき、雷が落ちたような衝撃を受け俺様の口が思わず開いていた。
そして婚約者が言ったことに何も言い返せない馬鹿丸出しの俺様がいた。
(何をしていたのだ俺様はッ、馬鹿父と同じことをしようとしていたではないか。俺様の結婚相手を誰が決めようとも関係ない、俺様が国王になった時に俺様の横に立ち国を導くに相応しい后はルーレンディア・ザボン公爵令嬢だッ!)
馬鹿父に負けないくらい馬鹿な俺様はルーレンディアと会う前に母から「結婚相手を決められて可哀想」発言や、馬鹿父との美しい思い出や、母への高位貴族令嬢達からの嫌がらせ(後に母の杜撰さと無作法への注意と知った……情けない)を語られていたせいで勝手な思い込みからルーレンディアを権力欲の強い令嬢だと決めつけた。
俺様はルーレンディアと初めて会った時にこの世にこれほど綺麗な女の子がいるのかと感動していた、婚約者が自分を好いてくれている様子も嬉しくて可愛らしいと思っていたし、他の令息達より美しい婚約者を得られて鼻高々だった。
それなのにルーレンディアの為人を誤解をしていた俺様は締まりのなくなりそうな顔をどうにかしようと意地を張ったのだ。
建国祭で帰宅された時は腹が立った、二人で手を繋いで会場を歩いて思い出を作りたかったのだ。
俺様の態度が悪いせいで王妃教育が王宮ではなく公爵家の屋敷となって毎日会えなくなったのにルーレンディアから抗議をされずにいたことも、婚約者誕生日パーティーでしか会えないのも不満だったし、俺様以外に向ける笑顔や優しさは不愉快だった。
ルーレンディアが幼子に向ける慈愛の姿は将来を彷彿とさせ照れ臭かったが、俺様はいずれそうなることを思い描いていた。
ずっと意地を張って認めていなかった俺様のルーレンディアへの想いが膨れ上がってきた。
跪いたまま固まっている間抜けな俺様に対し、ルーレンディアは会場に戻り王太子の婚約者としての役割を果たしている。
俺様が会場に戻ろうと立ち上がろうとした時、手の中にあるイルカのキーホルダーがカチャリと音をたてた。
(俺様は他の者に簡単に心を差し出してしまった)
身分を忘れて遊び回って楽しかった日に惹かれたユニ、俺様の正体を知らないから優しさを見せられても下心もないだろうと安心できたし、遠慮なく俺様を叱りもしてきたから自分にとって必要な存在だと思い込んだ。
俺様の立場を知っていても親身になり正しく扱ってくれる相手はすぐ近くにいて手を伸ばしてくれていたのに、王太子としての立場を忘れられて、心をそのまま見せても問題ない相手だと簡単に心を渡した。
たった一日過ごしただけの相手を優しくてシッカリしていて可愛いと思って、俺様はユニのことを何も知らないから理想を詰め込んで勝手な恋をしていたのだ。
しかも俺様がユニと体験した全てのことを本当にしたかった相手はユニではなくルーレンディアだったにも関わらずユニを代役にして好きだと勘違いした大馬鹿だ。
俺様は自分が情けなくなり誕生日パーティーを抜け出した。
俺様は誕生日パーティーの翌日から王宮を抜け出すのを止め、イルカのキーホルダーは持ち歩かず戒めとして小さな箱に入れておくことにした。
大嫌いな父親と同じ道を歩まぬように王太子としてやるべきことは多い。
教師に教えを請い、過去の政策を見直して公共事業にも携わる。学べば学ぶほど知りたいことは増えて忙しい。
俺様が何もかも完璧にしておかないと将来、俺様の后となるルーレンディアの努力が無駄になってしまう。
だが問題があった。
俺様の過去の行いが俺様に手酷い仕打ちと試練を与えている、俺様がルーレンディアに無条件で会えるのはお互いの誕生日パーティーのみだ。
(婚約者なのだからルーレンディアと頻繁に会えないものなのだろうか)
そう思いつつ王宮内を歩いていると、ルーレンディアの兄と遭遇した。
「なぜ、いる」
「次期王たるパズアドラ様にご挨拶申し上げます。近頃、昼食を抜くことが多くなった父親に昼食を届けた帰りです」
城には俺様がいるし、ザボン公爵に昼食を届けるのはルーレンディアでもいいような気がしたが、ルーレンディアが着飾って愛らしくなった姿で出歩くのはあらゆる意味で危険だからザボン小公爵が届けるのが正解なのだ、うん。
「そうか、ご苦労。ザボン小公爵、話があるのだが時間は大丈夫か?」
「殿下に申し上げます、立場的に断れないのにそういう聞き方をしてくるのは傲慢ですよ」
腹は立つがルーレンディアの兄であるから耐えられる、そしてルーレンディアにも似た口調な気がして好感が持てる。
「(顔は似ていないが流石、兄妹)我が寛大なことに感謝すべきだザボン小公爵、茶に付き合え」
背中を見せて歩くとザボン小公爵が付いて来たので王太子用の応接室で向かい合った。
(はぁ……愛しのルーレンディアならば……虚しい)
「そんなに嫌なら誘わないで下さい」
「単刀直入に聞くが、我がルーレンディアは屋敷で何をしている」
「我がルーレンディア?ふざけたことを言いますね、我が家のお姫様を勝手に「俺の物」扱いしないで下さいッ。我が家を照らす光である美しいルーは既に貴婦人としての教育や社交術を身に付けているため令嬢達に崇められ、事故で負傷したせいで隠されている令息を救い上げて女神の扱いを受けています。そうですね……殿下はもう足元にも寄れないくらい奇跡の存在ですよ」
ザボン小公爵がやけにルーレンディアの愛称を強調しながら喋っているが、俺様がルーレンディアの愛称呼びをルーレンディアから許可されていなくとも、ルーレンディアが他の令息達から崇められようとも、ルーレンディアは俺様の婚約者であるから気にする必要はない。
「我の将来の妻として精進しているのだな、楽しみだ」
「エート……耳が腐り落ちるような幻聴が聞こえましたので早急に救護室に行ってもいいですか?」
「「いい」わけ、なかろうが。で、で、ではルーレンディアは我については何と?」
「王家の方からルーレンディアを望んでおいておきながら聖女が出現するなり存在を無視して浮気に走る予定がある最低な婚約者という認識です。どうせ持ってるんでしょ、イルカのキーホルダー」
「なぜそれをッ!」
「あの国王の息子ですから愛に生きるのは結構なことなので我が家の生きる希望であるルーレンディアは婿でも迎えて一生、ザボン公爵家で面倒みますからお気遣いなく」
俺様に瀕死の重傷を負わせてザボン小公爵は無礼にも帰宅した。
「クソッ、初恋なんて幼少期のちょっとした気の迷いと思い出じゃないかッ、既に整理して終わったこと……でもないか、俺様の真の初恋はルーレンディア♡だった」
気を取り直してルーレンディアの行動を探り、何としてでも会う機会を作ることにした。




