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第八十五記録【屁理屈王はキミのもの!】




 私たちは繋いだ手のひらから互いの体温を分け合うようにして、ネオンの瞬く大通りから、次第に街灯の少ない静かな道へと歩みを進めていた。

 やがて辿り着いたのは、都心から少し離れた、広大な湖畔のある自然公園。


 木々がアーチを作るエントランスをくぐった瞬間、そこは別世界だった。

 コンクリートの照り返しは消え、湿り気を帯びた土と青々とした草の匂いが、スッと鼻腔を抜けていく。


 そして何より、視界を埋め尽くす圧倒的な光の数々。

 石畳の遊歩道の両脇や、奥に広がる静かな湖のほとりに沿って、無数のオレンジ色の灯りが蛍のように揺らめいている。

 よく見ると、様々な長さに切られた竹筒や、青や緑の色付きガラス瓶の中にキャンドルが入れられており、それがどこまでも続く幻想的な『光の回廊』を作り出していた。


 「うわぁ、綺麗……!」


 私は繋いでいない方の手で口元を覆い、感嘆の声を漏らした。

 水面に反射する無数の光が、波紋に合わせてキラキラと砕けてはまた結ばれる。


 「このイベントの光源は、主にパラフィンワックスの燃焼によるものだが、水面に反射する光の屈折率と、ガラスの透過率の計算式を当てはめると……」


 横に立つ恭弥が、メガネがないせいで無防備になった涼しげな目元を細め、またしてもロマンチックな雰囲気を木端微塵にする野暮な解説を始めようとした。


 私は彼の方へと身体を向け、少しだけ背伸びをして、満面の笑顔で彼を見上げる。


 「すっごく、綺麗だね!」


 私の言葉に、恭弥の口がピタリと止まる。

 コンタクトレンズの奥の瞳が、キャンドルの光を受けて微かに揺れた。


 「あ、ああ。……そうだな。非常に……美しい」


 彼は少し照れくさそうに言葉を飲み込み、視線を私から湖の光へとそらす。しかし、繋いでいる大きな手には、ギュッと少しだけ強い力が込められた。

 私たちはオレンジ色の優しい光に包まれながら、秋の虫の音が響く湖畔(こはん)の道をゆっくりと歩き始めた。


 ザク、ザクと、石畳の上に落ちた枯れ葉を踏む音が、二人の足元でリズミカルに重なる。

 歩きながら、恭弥が現在ラボで進めている「次なるロボットの計画」について、少し得意げな声で話し始めた。


 「今は『自律型泥濘地適応四脚マニピュレーター』のプロトタイプを組んでいるんだ。泥土の粘性抵抗をリアルタイムで計算し、各関節モーターへ最適化されたトルクでフィードバックループを構築して……」


 いきなり意味のわからない専門用語の羅列が飛び出し、私の脳内CPUは一瞬でショート寸前になった。


 「えっ、ちょっと待って。でいねい……なに? 泥?」


 私がドン引きしながら尋ねると、彼はハッとして足を止め、少し言い淀んでから、不器用に言葉を探し始めた。


 「……簡単に言えば、田んぼの泥の中で転ばずに、米の苗を自動で等間隔に植えてくれる機械だ。農業の自動化において、不整地でのバランス制御は極めて難易度が高いからな」


 泥だらけになって働く四本足のロボット。

 その映像が私の脳内で、ある一つのゲームと見事にリンクした。


 「なるほど! つまり、マ〇クラの自動農場システムをリアルで作るってことね! 土ブロックと泥ブロックの判定を自動でやって、村人のかわりに苗を植えてくれるみたいな!」


 私がゲームの用語に完全変換して一人で納得して頷いていると、恭弥はポカンと口を開けた後、少し呆れ顔になった。


 「マ〇クラ……? まあ、アルゴリズムの概念としては、遠からずだな」


 フッと、彼の口元から柔らかく、優しげな笑みがこぼれる。


 『五人の中で、屁理屈王は絶対に恭弥よね。雰囲気もクソもないわ』


 私たちの横で、明菜は歩きながら、呆れたように肩をすくめて囁いた。


 アハハハ、それは言えてるー。


 私は明菜に完全同意しながらも、隣を歩く彼の理屈っぽくて不器用な手の温もりを、ギュッと強く握り返した。

 どんなに小難しい言葉を並べても、私と会話を繋ごうとしてくれている彼の優しさが、その手のひらから痛いほど伝わってくるからだ。


 しばらく歩き、公園の奥まった場所にある自動販売機の前で立ち止まった。

 ブーンという低いモーター音が響く中、恭弥が小銭を入れ、冷たいアップルティーのペットボトルを一つだけ買う。


 ガコン、と落ちてきたそれを取り出し、私たちは湖面を揺らすキャンドルの光がよく見える、大きな柳の木陰のベンチへと腰を下ろした。


 「先に飲め」


 カチッとキャップを開け、恭弥が私にペットボトルを手渡す。

 指先から伝わってくる、ひんやりとした温度。

 一口飲むと、強い甘みと紅茶の香りが、歩き疲れた身体に染み渡っていく。


 飲んでから彼に返すと、彼はキャップの飲み口を特に気にすることもなく、そのまま自分の口へと運んで喉を鳴らした。


 一つの温かいペットボトルを交互に飲みながら、二人の間には、心地よい無言の時間が流れる。

 私はアップルティーの甘さを舌で転がしながら、周囲の暗がりをこっそりと見渡した。


 木陰にある他のベンチや、湖を見下ろす芝生の上には、私たちと同じように光のイベントを見に来たカップルたちがぴったりと身を寄せ合っている。

 なんなら、少し離れた奥の暗がりでは、情熱的にめっちゃキスをしている二人組までいるのが見えた。


 こういう雰囲気だと、やっぱり、そういうことしたくなるよね……。


 映画館から引きずっているドキドキと相まって、私の顔がボンッと音を立てそうなくらいに赤くなる。

 私が無意識に彼の方へ少しだけ身体を寄せた、その時だった。


 ゴクリ。


 隣に座る恭弥が、ジュースを飲んだわけでもないのに、大きく喉を鳴らした。

 彼の方を見ると、暗闇の中でもわかるほどに耳まで真っ赤に染め、呼吸を浅く繰り返している。

 そして、意を決したように、私に向かって真剣な顔を向けた。


 「……まーちゃん」


 低い、少し震える声。


 「オレの、口腔内の粘膜と、君のそれとを接触させ、互いの唾液を交換することによる精神的安定作用を……今、実証してもいいか?」


 沈黙。

 ……は?


 私は一瞬、彼が何を言っているのか全く理解できず、脳の処理能力が完全にフリーズした。

 口腔内の粘膜の接触? 唾液の交換?


 「なに、それ……」


 意味を理解した瞬間、あまりのムードの無さと、理系すぎる屁理屈な言い回しに、私は呆れて肩から力が抜けてしまった。

 しかし同時に、キスの一つをするのにも、こんな意味不明なロジックを武装しないと踏み出せない彼の不器用すぎる遠回しな言葉が、たまらなく愛おしく感じられたのだ。


 「なにも言わず、キスしてくればいいじゃん……」


 私は少し甘えた声で囁き、目を細めながら、自分から恭弥の端正な顔へと近づいていった。

 コンタクトレンズの奥の、涼しげな瞳が私を間近で捉え、そして、ゆっくりと閉じられる。


 重なった唇から、先ほど二人でシェアしたアップルティーの、甘くて爽やかな味がした。


 「んっ……」


 恭弥の少しひんやりとした大きな手が、私の後頭部から首筋にかけてを優しくホールドする。

 不器用な言葉とは裏腹に、彼の唇の動きはひどく滑らかで、熱かった。

 少しずつ首の角度を変えながら、唇が離れてはまた重なり、深く、ねっとりとしたキスが何度も繰り返される。


 キャンドルのオレンジ色の光と、虫の音、そして互いの熱い吐息だけが、私たちの世界を支配していた。


 ちゅ、と微かな水音を立てて唇を離す。

 恭弥は熱を帯びた、とろけるような瞳で私を見つめ下ろし、震える低い声で言った。


 「……オレの頭のバグは、君という変数がないと修正できない」


 彼の長い指が、私の頬を愛おしそうに撫でる。


 「オレの家に来い。君を……」


 言葉の最後が、波の音に消えそうになる。


 「君を、な〜に?」


 私はわざと彼のサマーニットの胸元を掴み、意地悪く上目遣いで聞き返した。

 恭弥はさらに顔を真っ赤にして、逃げ場を探すように視線を泳がせた後、観念したように私の耳元へと顔を寄せた。

 唇が耳たぶに触れそうな距離。


 「……抱きたいから」


 理屈も論理もすべて投げ捨てた、あまりにも素直で、可愛い声。

 その破壊力抜群のストレートなパワーワードに、私の心臓は完全にノックアウトされ、白旗を上げた。


 「……いいよ」


 私が蚊の鳴くような声で答えると、彼は私の手を壊れ物のように優しく、けれど絶対に逃がさないほどの強さで引き寄せた。


 私たちは足早にベンチから立ち上がり、幻想的な光の回廊を駆け抜けるようにして公園を後にした。

 こうして私は、自ら進んで不器用なサメに食べられにいくことになったのだった。



 【明菜先生の研究メモ】


 被験者データ No.002

 ・氏名:九条茉莉子

 ・状態:屁理屈王の不器用なデレに完全ノックアウト。捕食され待ち


 新規獲得アイテム

 ・【アップルティーのキス】:自動販売機で買った一本をシェアする、青春の味。

 ・【サメの直球の誘い】:理屈を捨てた「抱きたい」というパワーワード。


 【明菜の分析ログ】


 「粘膜を接触させ……」って、雰囲気ぶち壊しもいいところじゃない! ほんと、この男の屁理屈には呆れるわね。

 でも、それを「マ〇クラの自動農場」なんてゲーム用語で翻訳してあげちゃうアンタも、相当なオタクよ。お似合いのポンコツ理系&オタクカップルね。


 そして最後は、理屈を捨てた本能の誘い。「抱きたい」なんて可愛い顔で言われたら、そりゃあサメの口の中に飛び込みたくもなるわよね。

 ブラジルで大樹に開発された身体、今度は恭弥にどうやってバグ修正(意味深)されるのかしら? せいぜい、いい声で鳴きなさい♡

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