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第四十六記録【Oh, my God, is this real?】



 五月六日、日曜日。


 ゴールデンウィーク最終日という絶望的な現実に、私は自室で廃人と化していた。

 

 遮光カーテンの隙間から、憎らしいほど爽やかな陽光が差し込んでいる。

 スマホを見ると午後二時。


 私はベッドの上で布団を頭まで被り、ミノムシ状態で丸まっていた。

 昨日の凪との一件でMPを使い果たし、さらに「明日から仕事」という現実逃避でHPもゼロ。


 「あーーーー! 無理無理無理! 明日が来るとか都市伝説でしょ!? 一生この布団の中で腐り果てたい!」


 ジタバタと暴れ、23歳児の駄々をこねる。

 仕事なんか行きたくなぁぁぁい!


 『はぁ……、昨日あんな情熱的なキスしておいて、今日はこれ? 茉莉子の情緒どうなってんのよ』


 宙に浮きながら、明菜が冷ややかな視線を送ってくる。

 彼女の手には、昨日のデートでこっそり私と凪のツーショット写真が握られていた。


 恭弥のときといい……。

 この悪魔、盗撮が趣味なのかよ……。

 ルシファー以上に最低な悪魔め!


 『アーハッハッハ〜 なんとでもいいなさーい!』 


 うるさい! 色恋で腹は膨れないの! 明日からまたあの監獄に行って、笑顔の仮面貼り付けるとか苦行すぎる!


 『へぇ。じゃあ会社辞めて、パパに養ってもらう? 凪とのこともパパに報告して』


 ……それはもっと無理! くそぅ、詰んでる!

 

 そのとき。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。

 一瞬、凪かと思ったけれど、こんな時間にアポなしで来るはずがない。ただの荷物だろうと無視を決め込む。


 ピンポーン。


 また鳴った。しつこい、直之早く出なよ。


 「まさか凪?」


 私は息を潜めた。

 耳を澄ませると、直之が誰かと話しているのが聞こえる。

 ゴニョゴニョとくぐもった声。誰だ?

 

 その瞬間。


 コンコン。


 部屋のドアがノックされた。


 「失礼いたします、お嬢様。……ソ様をご案内いたしました」


 え? ソ様? ユンジン!?

 どういうこと? なんであいつがここに!?


 「私はいまいません! 勧誘もお断りです! 私は無宗教ですから!」


 私は布団の中から叫んだ。

 しかし、扉の向こうでは話し声が続いている。上手く聞き取れないけれど、不穏な空気だけは伝わってくる。


 な、なんか重い……。


 布団の上から、ずしりとした重みを感じた。

 そっと隙間から覗くと、明菜が私の上に優雅に座り、タロットカードを広げていた。


 『観念しなさい♡ ほーら』


 彼女が示したカードは【KNIGHT of PENTACLES(金貨の騎士)】。

 そして、その周りには【THE TOWER(塔)】や【DEATH(死神)】といった不吉なカードが踊っている。

 

 ガチャリ。


 無慈悲な解錠音が響いた。

 直之ィィィィ! 裏切り者ぉぉぉぉ!!


 ドアが開き、まばゆい廊下の光と共に、一人の男が足を踏み入れた。


 今日のユンジンは、清潔感のある白のオックスフォードシャツに、ベージュのチノパン。

 袖を軽くまくり、腕時計が光る。

 休日のお父さんのようなラフさだが、その目は「汚物を見る目」をしていた。


 彼は部屋の惨状――

 脱ぎ散らかしたジャージ、飲みかけのペットボトル、お菓子の粉をぐるりと見回し、眉間に深い渓谷を刻んだ。

 

 「おいおい。ここはゴミ処理場か? それとも豚小屋か?」


 「ち、違うもん! 私の聖域だもん! 勝手に入らないでよ!」


 私は布団から顔だけ出して反論した。

 しかし、ユンジンの冷徹な視線に射抜かれ、声が尻すぼみになる。


 「立て。換気するぞ。……カビが生える」


 ユンジンは返事も待たずに窓を全開にした。


 「ギャー! 太陽光が! 溶ける!」


 彼は私の悲鳴を無視して、テキパキと床の惨状を処理し始めた。


 「これは洗濯。これはクリーニング行き。……なんだこれ? いつのペットボトルだ? 中身が変色してるぞ、捨てろ」


 「うぅ……」


 文句を言いたいが、彼の手際の良さと威圧感に圧倒され、従うしかない。


 「なんでユンジンが掃除するのよ。こんなの執事にやらせればいいじゃん」


 「直之さんはお前の世話係だが、俺はお前の管理役だ。……マリコが環境要因で品質劣化したら、ボクの評価に関わるんだよ」


 管理役ってなんぞ? 私、工業製品じゃないんだけど!?

 

……でも、言い返す気力が湧かない。彼の「品質管理モード」に入ると、どんな反論も無駄な抵抗にしかならないのだ。


 言い方は冷たいが、散らかったクッションをパンパンと叩いて整える手つきは丁寧だ。

 悔しいけれど、私より家事スキルが高い。

 

 部屋がある程度片付くと、彼は「腹減ってるだろ」と言い、キッチンへ向かった。

 私も渋々ついていく。


 彼は冷蔵庫の中身をチェックし始めた。


 「えっと……まともな食材がない。あるのは酒とチョコと……なんだこの高級食材の山は」


 彼は呆れたようにため息をついた。

 冷蔵庫には、パパが買い込んだフォアグラやらキャビアやら、使い道に困る高級食材が鎮座しているのだ。


 「庶民的な飯が食べたいんだよ……」


 彼はボヤきつつ、奥からトリュフと最高級のパルミジャーノ・レッジャーノ、それに冷やご飯を見つけ出した。

 

 トントントン。


 リズミカルな包丁の音。

 手早くフライパンを煽る姿は、まるでプロのシェフだ。

 香ばしいチーズとトリュフの香りが漂ってくる。


 その広い背中を見ながら、私は少しだけ見惚れてしまった。

 悔しいけど……スペック高すぎでしょ。仕事できて、掃除できて、料理もできるとか……前世で徳を積みまくった高僧か何かなの?


 『あら、胃袋掴まれちゃった? チョロいわね』


 ダイニングテーブルには、湯気を立てるトリュフチーズリゾットと、彩り豊かなサラダが並んでいた。

 

 あっという間に料理が並ぶ。

 私たちは向かい合って座った。


 「いただきまーす……ん、美味しい」


 胃に優しい味。五臓六腑に染み渡る。

 高級食材を使っているのに、どこか家庭的でホッとする味だ。


 ユンジンはコーヒーを飲みながら、タブレットを操作している。


 「そういえば、来週のどこか空いてるか?」


 「えっ、今その話する?」


 「明日から忙しくなる。今のうちに共有しておかないと、お前の頭じゃパンクするだろ」


 「うぐっ……」


 確かにそうだけど、休日の食事中くらい来週の話はやめてほしい。

 でも、彼の完璧な管理のおかげで、私自信助かってるのも事実だ。


 満腹感と、部屋が綺麗になった開放感で、私の警戒心が緩んでいた。

 リゾットをスプーンで運びながら、私は何気なく、邪魔なサイドの髪を耳にかけた。


 さらり、と髪が落ちる。


 その瞬間。


 白い首筋に刻まれた、赤黒いキスマークが、照明の下で露わになった。


 カチャ。


 ユンジンがコーヒーカップをテーブルに置く音が、やけに大きく、硬質に響いた。


 「ん? どうしたの?」


 顔を上げると、ユンジンの表情が消えていた。

 さっきまでの「呆れ」や「世話焼き」の顔じゃない。

 無表情。瞳の奥だけが、絶対零度で燃えている。


 「……」


 「え、なに……?」


 「首のそれ、なんだ?」


 声の温度が氷点下まで下がり、室内の空気が張り詰めた。


 凪につけられたキスマークがバレた……。

 ヤバいヤバいと辺りを見る。


 助けて!HELP!NAOHISA!!


 助けて!HELP!NAOHISA!!

 視線を巡らせるが、さっきまでキッチンの入り口に立っていた直之の巨体は、影も形もない。

 チクショー、あのゴリマッチョ。

 危機察知能力だけは一流かよ!

 

【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(油断大敵)

・状態:爆弾処理失敗


新規獲得アイテム

・【最高級リゾット】:HP・MP全回復。ただし副作用あり。

・【管理者の逆鱗】:発動条件「所有権の侵害」。効果:回避不能の即死攻撃。


【明菜の分析ログ】

 

 完璧主義者が一番嫌うもの、知ってる?

 

 それは「想定外のノイズ」。

 自分が手塩にかけて管理している庭に、野良犬がマーキングしていったとしたら……。

 

 ……ふふ。管理者のプライドが、どう暴走するか見ものね♡ 

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