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第百四十七記録【招かれざるVIPと、キツネの罠】




 十二月一日、月曜日。

 午後五時。

 サイバー・リゾート・ハワイ。ラウンジ。


 大樹やユンジンたちが手掛けた現場の工事と内装がほぼ完了し、ハワイの美しい夕日を一望できる最高級の空間が完成していた。

 今日は、ハワイ州の特区ライセンス許可の最終権限を持つ州上院議員、Mr.スミスを招いての最終視察日だ。


 オープン前の超重要行事のため、今日のメンバーは全員が「かっちりとしたフォーマルなビジネススタイル」に身を包んでいる。

 私は、身体のラインにフィットするネイビーのスマートなパンツスーツに身を包み、髪もタイトなシニヨンにまとめていた。


 俊介はKUGEの社長として、ダークグレーのスリーピーススーツを完璧に着こなし、いつものチャラいヤンキー感は完全に鳴りを潜めている。

 そして、九条グローバル側。


 レオは、イタリアの高級ブランドで仕立てられたであろう、光沢のあるネイビーのスリーピーススーツ。

 パパも、今日ばかりは派手なアロハシャツを封印し、威厳あるチャコールグレーのスーツでビシッと決めている。

 直之は……まぁ、いつもの威圧感たっぷりの漆黒スーツにサングラスだ。


「いやぁ、素晴らしい。久下社長、そして九条CEO。見事な施設をハワイに作ってくれた」


 豪華な黒大理石の床、ハワイの海を一望できる巨大なガラス窓、真紅のベルベットソファ。

 Mr.スミスは、恰幅の良い身体を揺らしながら、柔和な笑みを浮かべてラウンジを見渡した。


 視察を終え、一同はラウンジの中央にある、重厚なマホガニー材のテーブルを囲むように着席した。

 俊介が、書類カバンから最終認可のサインを求める分厚いファイルを取り出し、スミス議員の前に恭しく置いた。


「まぁ待て……少しコーヒーを頂こう」


 スミスは、出されたハワイアンコーヒーを一口飲むと、ファイルをチラリと見て、わざとらしく深くため息をついた。


「……久下社長。このサインをするペンが、今日はどうにも重くてね」


 先ほどまでの柔和だった顔から一転、狡猾な政治家特有の、脂ぎった嫌な笑みが浮かんだ。


「……と、おっしゃいますと? 施設は事前の環境基準や保安基準を全てクリアしているはずですが」


 俊介が感情を抑え、冷静かつ丁寧な口調で尋ねる。テーブルの下で、彼の拳が微かに震えているのが見えた。


「ハワイの美しい自然を守るためには、さらなる配慮が必要だという声が多くてね。……このリゾートの利益の三十パーセントを、私が推薦する『環境保護財団』へ毎月寄付してもらいたい。それがないと、州民を納得させられないのだよ」


「……っ!」


 俊介の顔が、一瞬で険しくなった。


 利益の三十パーセント!? なにその法外な数字!


 私が内心で悲鳴を上げると、すかさず明菜の呆れたような声が隣から聞こえてきた。


『アッハハハ! 環境保護財団なんて名ばかりのダミー会社よ。要するに、オープンしたけりゃ自分の懐に毎月賄賂を入れろって、あからさまな要求ね』


 うわぁ、絵に描いたような悪徳政治家! ドス黒すぎる!


『これだから人間の強欲さは面白いのよ♡』


 明菜が、他人の不幸を蜜の味とばかりにクスクスと喉を鳴らす。


「スミス議員。お言葉ですが、事前の合意にはありませんでした。我々は全ての法的条件を満たしています。今になってそのような後出しの要求は……」


 必死に食い下がる俊介。だが。


「なら、オープンは白紙だね」


 スミスはふんぞり返り、懐から葉巻を取り出して火をつけた。


 なんだこのデブ? ふんぞり返って大きな顔しやがって!

 灰をその高級ソファに落としたら、ケチョンケチョンにしてやるからなー!


 だがやはり私としては少し……いや結構意味がわかってない。


 俊介とスミスのヒリヒリとした緊張感が走るやり取りのすぐ横で、私はパパのスーツの袖をツンツンと引っ張った。


「ねぇパパ……あれって、どういう状況? 環境保護って、海にサンゴとか植えるの? なんで俊介、あんなに歯を食いしばってるの?」


 私が小声で尋ねると、パパは頬に手を当てて、ニコニコととんでもなく甘い口調で解説を始めた。


「あ〜ん、まりちゃんは純粋で可愛いねぇ♡ あれはねぇ、公園の砂場でお城を作ってたら、意地悪なガキ大将がやってきて『お前のお小遣いを毎月半分よこさないと、このお城、足でグシャッと踏み潰しちゃうぞぉ〜』って脅してるんだよぉ」


「えっ!? なにそれ、ただのカツアゲじゃん! ヤクザのやることじゃん!」


「お嬢様。本職の我々でも、あそこまで下品なシノギはいたしません」


 背後に立つ直之が、スーツの胸元から何かを取り出そうとしながら、サングラスの奥でギラギラとした殺気を放った。


「……よろしければ、あの太っちょをハワイの海溝の底へ沈めてまいりましょうか?」


「直之ストップ!! 物理で解決しようとしないで! 捕まっちゃうから! ていうか、本職ってなに!? アンタ執事が本職なんじゃないの!?」


「ゴホン!」


 直之が、気まずそうに咳払いをして手を引っ込めた。


「そうだねぇ。でも俊介くん、怒るのを我慢して一生懸命頑張ってて、偉いねぇ〜♡」


 パパは、完全に息子の発表会を見守るお父さんのテンションで、ニコニコと俊介を見つめている。


「偉いねぇじゃないよパパ! 俊介が丸め込まれちゃうよ!」


『フランスの外交官、タレーランは言ったわ。「我々は、自分を許してくれた人を許すことは滅多にないが、自分が許してやった人のことは常に許す」ってね』


 そのドタバタなやり取りのすぐ後ろ、ラウンジの豪華な真紅のカーテンの陰から、明菜がふわりと顔を出した。


 どっから顔出してんのよ。


『あの腹黒いデブはね、自分にペコペコ頭を下げてくる人間からしか搾取することを知らないのよ。真っ直ぐで真面目なヤンキー社長の『正論』じゃ、あの悪徳政治家は狩れないわ』


 明菜はシニカルに笑い、再びカーテンの裏へと姿を消した。


 ギリッと拳を握りしめ、圧倒的な権力と理不尽な要求の前に言葉に詰まる俊介。

 その肩に、スッと細く長い手が置かれた。


「久下社長。ここは僕にお任せいただけますか?」


 レオが、彫りの深い端正な顔に余裕の笑みを浮かべ、俊介と入れ替わるようにスミスの正面へと座り直した。


「スミス議員。貴方の『環境保護への熱意』、深く感銘を受けました。九条グローバルとしても、是非その素晴らしい活動に協力させていただきたい」


「っ!? レオさん、あんた何言って……!」


 俊介が驚き、血相を変えて止めようとする。だがレオは、テーブルの下で俊介の足を軽く蹴り、制止した。


「ほう? さすが九条の人間は話がわかる。若い社長には少し荷が重かったかな。では、すぐに寄付の契約書を……」


 スミスがニヤリと笑い、身を乗り出した、その瞬間。


「ですが議員。ただ小切手にサインするだけでは、この最高級のカジノリゾートのプレオープンには華がありません。……貴方の要求する『利益の三十パーセントの権利』。これを懸けて、オープン前のこのVIPルームで、僕とゲームをしませんか?」


「ゲームだと?」


 スミスの眉がピクリと動いた。


「ええ。『テキサスホールデム・ポーカー』です。もし貴方が勝てば、要求通り三十パーセントの権利と、さらに九条から一千万ドルの特別寄付金を即金でお支払いしましょう」


「なんだと……!?」


「ただし、僕が勝てば、寄付の話は白紙。当初の契約通り『無条件でのライセンス即時発行』をしていただきます。……ラスベガスで名を馳せたという貴方なら、この程度の勝負、造作もないでしょう?」


 この親父、ギャンブラーなの?


 無理無理、そんなの勝てないじゃん……プロ顔負けなんでしょ? 明菜、なんとかしてよ! 手品とか幻覚とかで!


『いーや』


 なんでよ! 明菜だったら小細工の一つや二つできるだろうが!


『そんなことしなくたって、きっと大丈夫よ……多分ね♡』


 明菜が、長い指をさして、前を向けと促した。


 莫大な金と、自分のギャンブラーとしてのプライドをくすぐる法外な条件の提示に、スミスの目が強欲に濁った。


「……面白い。青二才が、私からカネを巻き上げられると思っているのか。受けて立とうじゃないか」


 見事に、レオの仕掛けた罠に相手が乗った瞬間だった。

 スミスが「少し準備をする」と黒服を連れて席を外した直後。


 ヒラヒラと、一枚のタロットカードが私の膝の上に落ちてきた。

 手品師のように机の上のものを操る青年の絵柄、【THE MAGICIAN(魔術師)】の逆位置。


『意味は「ペテン」「欺瞞」「悪知恵」。……あの金髪のキツネ男、完全に相手をハメる気満々ね。最高の詐欺師マジシャンのショーが始まるわよ♡』


 明菜の笑い声が耳元を掠めた。

 スミスが居なくなった瞬間、俊介がレオに食ってかかった。


「レオさん! あんた本気か!? 相手はプロ顔負けのギャンブラーだぞ! 負けたら三十パーセントどころか、九条の金まで取られるんだぞ!」


 焦りと怒りで、俊介の声が荒くなる。


「心配ないよ、俊介君。ポーカーは運のゲームじゃない。……『盤面テーブルを支配した者』が勝つゲームだからね。それに、僕一人で戦うわけじゃない」


 レオが、金色の髪をかき上げ、優雅にウインクをした。


「最高のゲームには、最高の『同卓者サクラ』が必要だ。……社長、そして直之さん。準備はよろしいですか?」


 レオが視線を向けた先には。


「まりちゃんのためにぃ、パパ、お小遣い全額ベットして遊んじゃおっかな〜♡」


 ホクホク顔で、何千万ドルもの価値があるチップの代わりのコースターを積み上げて遊んでいるタヌキ親父。


「お任せください。相手の心拍数、視線の動き、筋肉の収縮。すべてこの眼で監視し、いざとなれば即座に『排除』いたします」


 首の骨をボキボキと鳴らし、完全に裏社会の処刑人のオーラを全開にして放つヤクザ執事。


 勝てる。これなら勝てる!

 私は確信した。


「……レオ。いくらなんでも、この二人と同卓する相手、可哀想すぎない?」


 私は思わず、スミス議員に同情の目を向けた。


「ふふっ。これが僕の、最高の『盤外戦術(交渉術)』さ。……さぁ、強欲な人間を丸裸にしようか」


 俊介がポカンと口を開けてフリーズする中。

 九条グローバルが誇る、「最強のイカサマ(心理的圧力)テーブル」の準備が整い、最凶のポーカー対決が幕を開けようとしていた。


 

 【明菜先生の研究メモ】


 被験者データ No.002

 ・氏名:九条茉莉子

 ・状態:政治とカネのドロドロした交渉を、パパの「砂場のガキ大将」解説で理解し、キツネ(レオ)の仕掛けた罠の恐ろしさに戦慄する。


 新規獲得アイテム

 ・【悪徳政治家の要求】:オープンを妨害する、理不尽なカツアゲNPC。

 ・【極秘のポーカーテーブル】:レオが用意した、合法的にお金を巻き上げ、要求を白紙にさせるための処刑場。


 【明菜の分析ログ】


 相手に下手に出ても搾取されるだけ。だったら、相手の「強欲さ」を逆手にとって、自分たちの得意な土俵ギャンブルに引きずり込む。……あの金髪のキツネ男、本当に見事な手際ね。

 タロットは【THE MAGICIAN(魔術師)】の逆位置。まさにペテン師のショータイムの開幕よ。


 「お小遣い」感覚で国が買えそうな金を使うタヌキ親父と、殺気をダダ漏れにするヤクザ執事。この二人と同じテーブルに座らされるなんて、あの悪徳政治家がちょっと可哀想になってきたわ。

 さぁ、この極悪非道な九条ファミリーのテーブルで、哀れな人間がどう調理されるのか……見学させてもらいましょ♡

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