平らかな心、政の闇へ
保元の乱が止み、紫宸殿に立ちこめていた煤煙が風に払われた日から三日後――御所の大極殿では論功行賞の評定が始まった。
平清盛が正五位下・播磨守に昇叙され、父・忠盛は伊勢平氏初の従三位に列し、平家の名は一気に朝堂の中央へ跳ね上がる。
源為義は流罪、嫡男義朝は罪一等を減じられ伊豆配流。だが処分が下った瞬間、御所の空気は凍りついた。――「加藤清光」の名が、どの奏状にも記されていなかったのである。
夕刻。白砂の広場に立つ清光は、日の落ちかけた朱雀門を見上げていた。折れた木刀の柄を錫杖職に頼み金具で留め直したが、刃は相変わらず“無銘の木”だ。
「功を立てても位はもらえず、罪もなくても評定に掛けられる。それが“第三の声”の立ち位置だな」
背後から平清盛が歩み寄って来る。
「名簿に書けば貴族の派閥争いに巻き込まれる。書かねば存在を消せる。都はそうやって不都合を掃く」
「姫や小夜を守りたければ立場が欲しい。でも立場を得れば敵を持つ……難しいところだ」
同じ頃、紫宸殿の西廂では左大臣家の老臣・藤原成隆と、中納言・藤原頼長が密談していた。
「平家が伸びすぎた。あの“変人”を抱え込んでいる限り、院政の均衡は崩れる」
「加藤清光……彼の胸の理屈は奇怪だが、人を動かす。放逐する策は?」
「一筆あれば良い。『姫に不敬の振る舞いあり』と」
頼長の指が硯を叩いた。墨を含んだ筆先が闇に煌めく。
翌朝、清光は清盛の使いに呼ばれ、御所の小蔵人所へ出向く。そこには成隆と頼長が並び、書状が置かれていた。
「ここに“斎子内親王を惑わせ政を乱した”とあるが」
清光は一読し、木刀の柄を机に置いた。
「胸の大小を語ったことはあります。でも政を乱した覚えはない」
「証人は?」
「姫本人です」
扉が開き、斎子姫が静かに現れる。頼長が目を細める前に姫は言った。
「加藤殿はわらわを惑わさぬ。平らかな心で導いたのみ」
「内親王、ご自身が弁護なさるとは」成隆の声に嘲りが混じる。しかし姫は一歩も退かず答える。
「胸の大小に惑うは浅き理。心を平らかにするは深き義。わらわにとって政より尊い」
その場に沈黙が落ちた。頼長が扇で口元を隠し、成隆は口を噤むしかない。
清盛が微笑を浮かべて清光を見やり、囁く。
「勝負ありだ。姫の直言に刃向かえば院への不敬となる」
だが場は終わらぬ。頼長は代案を示した。
「加藤清光、信を貫く勇気は否定せぬ。ならば新設の播磨国下司として才を示すがよい。都から離れ、民を平らかに治められるか」
遠国出仕――栄転にも流罪にも転ぶ紙一重の辞令。清光は木刀を取り、静かに頭を下げた。
「受けましょう。胸の大小を問わず笑える国を、播磨に作ります」
その夜。館の庭で斎子姫と小夜、そして清盛が別れの盃を交わす。蝋燭に揺れる炎で小夜の瞳が潤む。
「都を離れてしまうのですね」
「播磨は遠いけど、心の距離は平らかだ。必ず手紙も送る」
斎子姫は袖から小さな布を取り出し、清光の木刀に結んだ。
「都の喧噪を忘れぬように。わらわの“ぺたの誓い”を添えて」
清盛は杯を掲げ、高らかに笑う。
「播磨で民の心を平らかにしたら、その旗を持ってまた都へ戻れ。武より強い政を見せてやれ」
東の空に一番鶏が鳴く頃、清光の旅支度が整う。折れた木刀と白布、そして平らかな心を荷に詰めて、都の闇を後にした。
(第21話につづく)
次回予告
第21話「播磨なる荒野、ぺたの旗ひるがえる」
都を離れた加藤清光が辿り着いた播磨国は、飢饉と山賊で荒れ放題。貴族の目も届かぬ辺境で、ぺた魂の旗は民を救えるか? 斎子姫と小夜に届く最初の書簡、そして新たな陰謀の影が動き出す!




