播磨なる荒野、ぺたの旗ひるがえる
都を発って十七日、加藤清光の一行は播磨国の国府・姫路のはずれに到着した。道中で見た田畑は刈り取りを終えたはずなのに稲株がまばらで、土はひどくひび割れている。秋の長雨が一度も降らず、貯水池は干上がり、里人は米代わりに木の実を拾い歩いていた。
国司代行・藤原家成が居を構える古びた政庁は、瓦が欠け壁がはげていた。出迎えに現れた家成は痩せて青白く、背後の役人たちの装束は埃を被っている。
「都から直々に下司が来るなど、十年ぶりですぞ」
家成はへらりと笑い、手土産にと海苔の束を差し出した。清光は首を傾げる。
「国府の蔵は空だと聞きましたが、海苔はどこから?」
「年貢を前借りしただけですな。民には……まあ、後で辛抱してもらう方向で」
言外に漂う搾取の臭い。清光は木刀の柄を握り直し、笑顔で返した。
「胸の大小で搾取はできませんから、心を改めましょうか。まずは蔵の帳簿を見せてください」
「なっ……」
家成の顔から血の気が引く。帳簿を改竄しているのだろう。清光は即座に検分役を置き、余剰米を市に放出させた。
翌朝、城下の広場に臨時の炊き出し所が設けられた。鍋の湯気に子どもたちが集まり、粟粥だけでも笑顔を見せる。清光は腰をかがめ、かゆいところを掻くように米を盛った。
「殿様、胸が小さくてもおらに粥をくれた!」
少女の声に周囲がどっと笑い、清光は頬を掻いた。
「胸の大きさは関係ない。おかわりもどうぞ」
その言葉は瞬く間に町へ広がった。“胸で差別しない殿様”は滑稽でも、民にとっては福音だった。
しかし夕刻、山から煙が上がる。播磨を荒らす山賊・赤松党が炊き出しの米を狙い、宿場近くに火をかけたのだ。清光は木刀を背負い、わずかな郎党と民兵を率いて坂道を登る。
火の手を上げる砦に飛び込むと、赤松党の頭目・弥五郎が鉞を構えて笑った。
「新任の殿様が木刀一本で何をする!」
「胸の大小を問わず、腹ぺこを斬る!」
清光は木刀で鉞の柄を打ち上げ、腹に頭突きを食らわせた。芯に黒檀を仕込んだ木刀は折れず、弥五郎は呻いて倒れた。残党が逃げ散り、火は水を掛けて消える。
夜更け、静まった砦で赤松党の隠し倉を開くと、米俵と銭箱が山と積まれていた。清光は里へ戻り、蔵を空にした家成へ俵を放り投げる。
「これが民の米です。返していただきましょうか」
家成は脂汗を流し、膝を折った。清光は町の広場で俵を開き、民と山賊の捕虜に平等に粥を振る舞った。
「胸も肩書も関係ない。飢えた腹は同じだ」
その夜、清光は国府から都へ文をしたためた。斎子姫には“胸より広い畑を耕しはじめた”と書き、小夜には“折れた木刀は折れずに働いている”と記した。
そして平清盛へは短い一行――
播磨国、ぺた魂にて鎮定の兆し。
次は政の整地。
文を巻き終える頃、月明かりの庭先に黒い影が二つ忍んでいた。ひとりは山賊崩れの若者、もうひとりは都ことばの貴族風。
「播磨の変人殿に興味があるか?」
「ええ。“胸で世を救う”噂が本当なら……利用価値がありますわ」
闇の縁で交わされた声は、やがて嫋々と夜の風に溶けていった。
(第22話につづく)
次回予告
第22話「闇からの饗応、胸と金の取引」
播磨を救う粥に群がる新たな影――都の貴族が送り込んだ策士、そして赤松党の残党を抱えた商人組合。金と胸で揺れる取引の席に、ぺた魂はどんな一手を放つのか? 加藤清光、折れない木刀と平らかな心で宴の闇を斬る!




