貴族たちの影、夜宴と不穏
都は一見、平静を取り戻したかに見えた。
けれどそれは、嵐の前の静けさだった。
保元の乱――未だ勃発には至らぬものの、院政の分裂、貴族たちの対立、武士の台頭と、新旧の権力構造が軋みを上げていた。
そんなある夜。
俺は内裏の一角、上流貴族主催の「月見の宴」なる集まりに、斎子姫の供として参加していた。
「まさか、俺みたいな変態がこんな席にいるとは……」
「“供”ですから。お行儀よくお願いしますね、加藤様」
小夜が呆れたように囁いた。
彼女も正装に近い装束を着ており、髪もきれいに結っていた。
(……普段と違って、めっちゃかわいい)
「加藤様、今、何かよからぬこと考えてました?」
「い、いやいやいや! 月がきれいだなぁ~って」
「へぇ。斎子姫の横で、それを言うんですね」
「ちょ、やめて、視線が刺さる刺さる!」
そんなやり取りをしながら、宴の席に並ぶ。
斎子姫は上座近くに控え、俺はその後方。
酒や肴が並び、雅な音楽が流れるなか、貴族たちは互いに探るような会話を交わしていた。
「左大臣殿、源氏と平氏の動きについて、何か耳にされたか?」
「なに、若造どもが少し吠えておるだけのこと。所詮は、都の政には届かぬ声よ」
「ですが、あの清盛は父・忠盛譲りの胆力を持ち合わせていると聞きます」
「……ふん。若き変人に過ぎぬ」
俺はその言葉にピクリと眉を動かす。
(“若き変人”……まさか、俺のことじゃないよな?)
小夜は俺の肩を軽くつつき、耳打ちした。
「どうやら、斎子姫のまわりで動いている人物――つまり加藤様のこと、気にしてるようですね」
「俺!? いやいや、俺ただの変態なのに」
「その“ただ”が、都では異常です」
斎子姫が席を立ち、ゆっくりと中央に進んだ。
「皆様、今宵の月を愛でに来たのならば、どうか心も清らかに」
その言葉に、一瞬、場の空気が静まり返る。
「政の話も、時には必要でしょう。
けれど、それが誰かの顔を曇らせるようなものであれば――それは、政ではなく毒」
その強くも優しい声に、数人の貴族が口をつぐんだ。
俺は思った。
(……この人は、やっぱり“姫”なんだ)
美しさでも、気高さでもない。
そこにあるのは、信じる者としての“核”。
自分の立場を守るためではなく、誰かの心を守るために言葉を発せる人間。
それが、斎子姫。
だから俺は、命を懸けても守りたくなる。
そして――
宴が終わる頃、ひとりの老人が近づいてきた。
「加藤清光殿とお見受けする。左大臣家にて聞き及んでおる」
「……はぁ、俺っす」
「内親王を守り、平家とも縁深く、源氏の若き武将とも面識があるとか」
「なにそれ、めっちゃフラグ立ってません?」
「案ずるな。わしは、そなたに“力を貸したい”だけじゃ」
「えっ?」
老人は懐から一枚の文を差し出した。
「白河院方に動きあり。どうか、この密書を清盛殿へ。
そなたが届ければ、都もまたひとつ……変わるやもしれぬ」
そう言い残し、老人は闇に消えていった。
宴の余韻が残るなかで、確かに――
次の“嵐”の兆しが、俺の手の中にあった。
(第14話へつづく)
次回「第14話:密書と密談、都の血脈」では、主人公が受け取った密書を巡り、都の奥深い陰謀と政争に踏み込んでいくことになります。




