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密書と密談、都の血脈

夕刻、朱雀大路を朱に染めた陽が西の山に沈むころ、都の一角――今は無人となった三条殿の離れ座敷に、ひときわ静かな気配が落ちていた。

 その床几に腰を下ろすのは左大臣家の老臣・藤原成隆。月見の宴で俺に密書を託した張本人だ。そして向かいに座るのが、平清盛。俺は二人のあいだに膝を折り、緊張で喉を鳴らした。


「加藤清光――よく持って来てくれた」

 成隆が口を開き、白髭を撫でながら視線を落とす。卓に置かれた竹簡は、封を留める絹糸に紫の染めが施されていた。紫は高貴の証。下手人が触れただけで斬首になりかねない代物だ。


「中身は俺も見ていない。渡すのが役目です」

「律儀だな。覗かぬとは」

「死刑は嫌ですから」


 清盛が小さく笑ったが、成隆の表情は硬い。絹糸を解くと、薄い札が二枚、畳まれて現れた。墨はまだ乾いたばかりの黒光りを帯びている。その一枚を読み取った瞬間、老人の眉間が深く皺を刻んだ。


「……白河院が動いたか」

 成隆はもう一枚を清盛へ差し出す。平家当主の息子はサッと目を通し、感情より先に兵法の算段を巡らせているかのように無言で頷いた。


「何が書いてある?」

 俺の問いに清盛は息を吐く。


「鳥羽院近衛兵の半数が買収されたとある。しかも今夜、院御所の北門を内側から開ける手筈だと」

「つまり、白河院派の夜討ちが確定ってことか……!」


 心臓が早鐘を打つ。昨夜の襲撃は斎子姫をおびき出す陽動に過ぎず、真の刃は今夜、都の中心に向く――そう書いてあったのだ。


「成隆殿。なぜ私にこれを?」

「左大臣家は鳥羽院に与(くみ)する。だが院の御所が燃えれば、都の政そのものが潰える。平家は軍を持つ。源氏にも若き血がある。そなたら変わり者が結託する他に、今夜を越える道はあるまい」


 変わり者、と言った顔には皮肉も嘲りもなかった。老臣は己の命脈が尽きる前に、都の未来を託す覚悟を決めたのだ。


「清光」

 清盛が俺を見た。

「姫と小夜を守れ。夜討ちの火の手を止めるには、北門に潜り込み、門の楔を折るしかない。俺は兵をかき集める」


「一緒に行けとは言わないんだな」

「ああ。お前は剣より信を持つ。北門内部に残る買収兵の心を折れる者は、変態一名で十分だ」


「おい、変態言うな。ただ――」


 俺は帯の下で拳を握った。

(剣より信、か。姫を救った夜と同じだ。もう迷わない)


「分かった。ぺた魂にかけて北門を護る」


 夜半。空に雲ひとつ無いのが不気味だった。御所北門の築地塀の陰に潜む俺と小夜。鎖帷子の下に忍び装束を着込み、小夜は短弓を背負っている。


「本当に私で良いのですか?」

「小夜以外に誰がいる。心も胸もフラットで――」

「その続きは命拾いしたら聞きます」

「はい……」


 門内を見張る兵は十名ほど。だが半数は白河院の内応者。顔見知りの近衛らしく、鎧の紋を外し、緩んだ口調で酒を回している。そこへ灯を持った高位の蔵人(くろうど)が近寄り、鍵束を差し出した。


 合図だ。今だ。


 俺は小夜と目配せし、敷石を蹴って暗闇を駆けた。蔵人が閂に手をかけた瞬間、背後から俺が木刀の柄で後頭部を殴る。


「誰だっ――」

 近衛が振り返るより先に、小夜の矢が足元の石を撃ち割り、跳ね上がった砂塵で視界を塞ぐ。そこへ俺が飛び込み、叫ぶ。


「胸の大小で忠を買う気か! 恥を知れ!」

 呆気に取られた兵の刃が止まる。奇襲よりも“台詞”にショックを受けたらしい。


「何を――」

「胸は国を救わん! 救うのは平(ぺた)なる信だあああ!」


 絶叫と同時に、俺は鍵束を蹴り飛ばし、門扉の楔(くさび)を留める横木を折る。躊躇する兵士たち、しかし一人が我に返り、刀を振り上げた。


 その刃が振り下ろされる前、小夜が走り込み、柄で手首を払う。甲冑の隙間に打ち込まれた一撃で男は悲鳴を上げて倒れた。


「退け! 内親王の御前に泥を持ち込むな!」

 俺の声に、数人が怯む。そこへ外側から鬨(とき)の声。清盛率いる平家兵が突入してきた。


「北門確保――!」

 味方の旗が翻る。内応兵は完全に士気を失い、次々に武器を捨てた。門は閉ざされ、白河院の本隊は御所へ踏み込む手立てを失った。


 戦いは夜明け前に鎮火した。鳥羽院方が辛うじて御所を守り切り、白河院側は退却。都は再び深い闇に沈んだが、空気は確かに変わっていた。


 北門の石段で、肩を並べて座る俺と小夜。頬に返り血、腕には新しい擦り傷。でも、生きていた。


「加藤様……終わりましたね」

「ああ。お前がいたから、俺は信じ切れた」

「いいえ。私こそ、ぺた魂があったから怖くなかった」


 まだ夜気は冷たい。だが遠く、東の空が白み始めていた。戦火の煙を越えて、今日という日がまたやって来る。


 その光の中で、俺は胸に手を当て呟く。


「姫も、清盛も、義朝も、そして小夜も――守るべきものが多すぎて困るな」

「……全部守ればいいんです」

「簡単に言うなよ」

「簡単に言って、やり遂げるのが加藤様です」


 小夜の微笑みに、夜明けの光が差した。それは、戦を越えて芽吹いた誓いの灯。三人の絆はすでに揺るがぬ刃となり、次の乱世を切り拓く――そう確信できる夜明けだった。


(第15話へつづく)



<次回予告>

第15話「決起の狼煙、平家と源氏」

勝利の余韻も束の間、白河院方は源氏を前面に押し立て大規模な再攻勢を企図。清盛と義朝、幼い友情が初めて真正面から衝突する! ぺた魂は二人の武士を救えるか――?

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