【書籍化記念番外編】「アリシア、コーヤの影武者に挑戦する」
ある日の朝。俺は灰狼侯爵家の屋敷の庭で『不死兵』を観察していた。
庭にいる『不死兵』は、もともとはアリシアやレイソンさんを灰狼領に閉じ込めるためのものだった。それを俺が『王位継承権』スキルで味方につけた。
灰狼領にいる『不死兵』はすべて、俺の指示に従うようになっているんだ。
「こいつらには色々と使い道がありそうだよな」
『不死兵』の専門は戦闘だけど、農作業にも使える。
土を掘ることもできるから、土木作業もできるだろう。
あとは──
「こいつらを、俺の影武者にできないかな」
俺は王家のマジックアイテムを私物化している。
そのことを王家に知られたら、命を狙われるかもしれない。
だけど、『不死兵』が俺の影武者になってくれれば、身の危険を減らせるはずだ。
「『不死兵』に人間っぽい動きができるか試してみよう。それじゃお前……中央にいる奴」
俺は庭に並んだ『不死兵』のひとつを指さした。
「お前はこれから、俺が指示する通りの動きをしてみてくれ」
『ルゥア?』
『不死兵』のうち一体が、俺の方を見た。
俺はうなずいて、実験を始めることにした。
『不死兵』のまわりには庭木が茂っている。実験をしても人目につくことはない。
これらは歴代の灰狼侯が植えたものだ。これまでずっと『不死兵』は灰狼の敵だったからな。屋敷の人たちは『不死兵』が怖いから、視界に入らないように、まわりに庭木を植えていたそうだ。その気持ちはよくわかる。
屋敷の中から『不死兵』を見ることができる部屋は、一箇所だけ。俺の背後にある部屋だ。そこだけは木々に隠れていない。たぶん、使われていない部屋なんだろう。
「人目につかないから、実験にはちょうどいいな」
『ルゥアアア?』
「それじゃ、俺は元いた世界で有名な体操をしてみる。朝、電波に乗って配信される体操だ。お前はそれを真似してみてくれ。とても有名な体操の第一をやってみるから」
俺は『不死兵』に指示を出しながら、身体を動かしはじめた。
『ウルァァァ』
目の前にいる『不死兵』が、俺の動きの真似をする。
身体を反らして、次に腕を振って……よし。いいな。
少しぎこちないけれど、同じ動きをしている。慣れればスムーズになりそうだ。
「ただ、俺と『不死兵』は体格が違うな。『不死兵』の方が背が高いし、体格もがっしりしている。いや……がっしりしているのは鎧を着ているせいか?」
『ルォォ?』
「お前、鎧を外すことはできるのか?」
『ウルァア』
がしゃん、と『不死兵』が身にまとった鎧を外す。
のっぺりとした、ゴーレムの本体が現れる。
俺は上着を脱いで、『不死兵』に着せてみた。サイズは合っていないけれど……遠目で見れば、俺と見間違えることもあるかもしれない。
「これなら俺の影武者になれるか? いや、どうだろうな……」
「どうされたのですか? コーヤさま?」
不意に、アリシアの声がした。
振り返ると、部屋の窓が開いて、アリシアが顔を出していた。
いつものドレス姿だ。
「お声が聞こえたので外を見てみたのですが……『不死兵』になにかあったのでしょうか?」
「『不死兵』が俺の影武者になれるかどうか試していたんだ」
「影武者ですか?」
「王家が俺を狙ってくることもあるだろうからね。『不死兵』に俺の服を着せれば、俺と似た感じになるかなと思ったんだ。でも、なかなか難しくてね……」
「そういうことだったのですね」
アリシアは納得したように、うなずいた。
「確かに『不死兵』が身代わりになれば、コーヤさまが安全になりますね」
「そうだね。王家が魔法を飛ばしてきても、『不死兵』が受け止めてくれるから」
「『不死兵』が受け止められなかったときは、わたくしが盾になりますものね」
「ならなくていいよ!?」
びっくりした。
なにを言っているんだ、アリシアは。
「俺がアリシアを盾にできるわけがないだろ?」
「え? でも、コーヤさまはわたくしの主君ですよね? 臣下が主君の盾になるのは当然のことでは……」
「いやいや、アリシアは俺の仲間で、共犯者だから」
俺はアリシアをじっと見て、言った。
「俺はアリシアを犠牲になんかしたくない。アリシアはいつも元気で、俺の側にいてくれなきゃ困るんだ。だから、俺の盾になるなんてのはやめてくれ」
「で、ですが……」
「盾とか、身代わりの仕事とかは『不死兵』にやってもらうから。いいね?」
「は、はい。わかりました」
「よし」
俺はため息をついた。
アリシアはたまにとんでもないことを言うよな。まったく。
「それで、アリシアから見てどうかな? 俺の服を着た『不死兵』は、俺と似た感じがするかな?」
「コーヤさまのような威厳はまったくありませんね!」
「外見の話だよ?」
「あ、はい。そうですね……遠目なら見間違えるかもしれません。このカーテンを透して見ると、身体のかたちが似ているように思えます」
アリシアは部屋のカーテンを半分、閉じてみせた。
「もう少し、全体のシルエットをコーヤさまに似せるようにすれば、敵の目をあざむくことができるのではないでしょうか」
「頭部はどうかな? 『不死兵』には髪がないから、違和感があるんじゃないか?」
「黒い布を巻いてみるのはどうでしょうか?」
「黒髪の代わりだね。いいと思うよ」
「あとは……」
俺とアリシアはしばらくの間、『不死兵』を変装させる方法について話し合った。
まずは『不死兵』の頭に布を巻いて、形を整えた。
次に、俺と似たシルエットになるように、服を調整した。
さらに『不死兵』に、少し膝を曲げてもらって、俺と身長を合わせた。
その結果──
「……うん。なかなかいいんじゃないか?」
「カーテン越しだと、コーヤさまとシルエットが近い感じになっています」
俺たちは『不死兵』を影武者っぽくすることに成功した。
もちろん、近づけば別人だってわかる。
でも、間に障害物があれば別だ。たとえば庭木の間から見える姿は、俺に近い感じがする。俺と同じ服を着て、黒い布を頭に着けてうつむいていれば、見間違えることもあるだろう。
カーテン越しに見える影もそうだ。
完璧な影武者になれなくてもいい。服装やシルエットが近い感じになれば十分だ。
影武者を作る目的は、遠くにいる敵をあざむくことなんだから。
「王家には高性能な遠距離攻撃用の武器があるかもしれないからな」
「長射程の魔法なんかもありそうですね」
「遠くから見て、影武者を俺だと勘違いしてくれれば、それでいいよな」
「十分、役に立つと思います」
影武者がいれば、遠距離用のマジックアイテムや長射程の攻撃魔法を、俺の代わりに受け止めてくれる。そちらに攻撃が集中すれば、アリシアたちも安全になるはずだ。
「頼んだぞ、影武者。アリシアたちを守ってくれ」
「コーヤさまをお願いしますね。影武者の『不死兵』さま」
『ウルゥオオオオオッ!!』
影武者の『不死兵』は気合いの入った声をあげた。
そのまま、俺が教えた体操の第一をはじめる。
「このカーテンをとおして見ると、シルエットが似ていますね」
アリシアはカーテンを透して、影武者の『不死兵』を見ていた。
「これならコーヤさまと見分けが……いえ、わたくしがコーヤさまと影武者を見間違えるようではいけません。わたくしだけは見分けられるようにならなくては」
「そこはこだわらなくていいんじゃないかな?」
「いいえ。わたくしには、コーヤさまの共犯者としてのプライドがあります!」
アリシアは拳を握りしめた。
「わたくしは、カーテン越しでもコーヤさまと影武者を見分けられるようになってみせます! そのためには、あらゆる手を尽くすことをお約束いたしましょう!!」
──翌朝、アリシア視点──
目覚めたアリシアは、窓を見つめていた。
カーテンを透して人影が見える。勢いよく腕と脚を動かしている。体操をしているようだ。
人影がまとっているのは薄手のコートとズボンだろう。それはシルエットでわかる。
窓の外にいるのはコーヤだろうか?
それとも影武者の『不死兵』だろうか……。
(お声を聞くことができれば、コーヤさまかどうかわかるのですが)
そんなことを考えて、アリシアはあわてて頭を振る。
声で判断するのは甘えだ。
アリシアは、コーヤと影武者の『不死兵』を、カーテン越しでも見分けると約束した。
コーヤの共犯者としてのプライドを賭けた誓いだ。守らなくてはいけない。
だからこそ──
(……今のわたくしは……目覚めた状態のままでいるのですから)
眠るとき、アリシアは寝間着を着ないことにしている。
下着もつけない。
今のアリシアは、生まれたままの姿だ。
この状態でカーテンを開けて……外にコーヤがいたら、アリシアは、とても恥ずかしい思いをすることになるだろう。
けれど、カーテンの向こうにいるのが影武者の『不死兵』なら、どうということはない。
相手はゴーレムだ。アリシアのことなど、気にも留めないだろう。
コーヤか『不死兵』か、二者択一。
影武者を見分けられるかどうかで、結果がきまる。
(……もしも間違えたら……罰を受けるべきでしょう。わたくしがコーヤさまの前ですべてをさらしてしまうのは……仕方がないことなのです……)
この選択にアリシアは、羞恥心とプライドを賭けている。
間違えたら恥ずかしい思いをするのは仕方がない。その程度のリスクを背負えない者に、コーヤの共犯者を名乗る資格はない。
そんなことを思いながら、アリシアはカーテンに映る影に目を凝らす。
シルエットを見つめて、その動きをじっと観察して、決断を下す。
(外にいるのは影武者の『不死兵』に違いありません! 直感です!!)
そうしてアリシアは、カーテンを掴んだ。
無意識に、高鳴る胸を押さえていた。
もしも外にコーヤがいたら……アリシアは彼にすべてを見られてしまう。
それでも、やめるつもりはない。
アリシアは、コーヤと影武者を見分けてみせると言ったのだ。
臣下として、それを証明しなければいけない。同様に、失敗したときのリスクも背負わなければいけないのだ。
(そ、それでは、カーテンを開けます! えいっ!!)
──しゃっ。
アリシアは勢いよくカーテンを開けた。
体操をするコーヤの背中が見えた。
(わ、わわわわ────っ)
カーテンが開く音に気づいたのか、コーヤの動きが止まる。
彼が振り返る前に、アリシアは大急ぎでカーテンを閉めた。
(……し、失敗しました。わ、わたくしは……なんてことを……)
アリシアはあわててベッドの陰に隠れる。
「……カーテンが開いた音がしたんだけど……アリシア? そこにいるの?」
「は、はい。おります! おはようございます! コーヤさま!!」
「おはよう。もしかして、俺が起こしちゃったのか?」
「い、いいえ。起きておりましたから!」
アリシアは真っ赤になった頬を押さえながら答えた。
「わたくしの意識ははっきりしております! 自分がなにをしたのかは自覚しております!! 反省もしておりますからっ!!」
「反省?」
「な、なんでもございません!」
「そうなの?」
「そうです! と、とにかく、コーヤさま!」
「うん?」
「影武者の『不死兵』さまは、十分、コーヤさまのお役に立つと思います!!」
アリシアでも、うっかり見間違えるくらいなのだから。
影武者がいてくれれば、コーヤの身は安全になる。それはアリシアにはうれしいことだ。
けれど、これからずっと窓の外には、コーヤの服を着た、影武者の『不死兵』がいることになる。カーテン越しだと、影武者はコーヤと区別がつかない。
つまり、アリシアはこれまで以上に、コーヤの存在を身近に感じながら生活することになるのだ。
それは素敵なことで、幸せなことでもあるのだけど──
(……毎日こんなにドキドキしていたら……わたくしの心臓は保つのでしょうか)
そんなことを思いながらアリシアは、ベッドの陰に身を隠したまま、コーヤと話を続けた。
話が終わるまで、服を着る機会はなかったのだった。
おしまい。
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イラスト担当はノキト先生です。
コーヤとアリシア、ティーナ、かわいい精霊たちが大活躍します。
番外編も追加していますので、書店でお見かけのときは、ぜひ、手に取ってみてください!




