最終話「将来の話をする」
「あのね。アリシア」
「……は、はい。コーヤさま」
ここは、灰狼の屋敷にある俺の部屋。
部屋にいるのは俺とアリシアとティーナだ。
アリシアは俺の正面に座っている。
床に膝をついて。
椅子に座れって言ったんだけど、反省のために……と言って聞かなかった。
ティーナとメルティは俺の隣の椅子に座ってる。
ふたりともお茶を飲みながら、俺の話を聞いている。
「あのね……アリシア」
「は、はい……」
「その……さっきの話だけどさ」
「…………はいぃ」
「俺もアリシアの趣味についてはなんとなく気づいてるんだけど」
「ち、違うのです。趣味ではないのです!」
アリシアは真っ赤な顔で、ぶんぶん、と頭を振る。
「ふ、不思議なのです。コーヤさまがいらしてから……わたくしはなんだか、おかしくて……」
「そうなの?」
「はい。コーヤさまの視線を感じるとぞくぞくして、全身でその視線を浴びたいと思ってしまって。抑えが効かなくなって……」
「わかった。わかったから」
アリシアは真面目な性格だ。
これまで灰狼侯代行として、封じられた灰狼を治めて来た。
『首輪』をつけられて。抑圧された状態で。
でも、俺が来たことで自由になった。
これまで押さえつけられていたものが解放されて──
「それでまぁ、すごく解放された気分になっちゃったんだろうね」
「ど、どうしましょう」
「無理に変える必要はないよ。俺も協力するから」
「あ、ありがとうございます」
「でも、人前ではやめるように」
「は、はい」
「……うん」
なんとなく見つめ合う、俺とアリシア。
なんだかすごく緊張する。
なんだろう。この感覚。
覚悟が決まってしまったような。将来が確定してしまったような感じだ。
それに……この世界に来て色々あって、俺も変わったと思う。
元の世界では父親関係のトラブルで、恋愛ものとかが見られなくなったんだけどさ。
父親と母さんは大恋愛をして、そのせいで二人の死後に、俺が遺産関係のトラブルに巻き込まれたからな。
恋愛とかは、まわりの人に迷惑をかけるものだって思うようになったんだ。
でも……今はそういう感覚も、なくなってる。
アリシアもティーナも、メルティも、俺を信じてついてきてくれる。
アリシアたちは誰かを否定したりしない
一緒に幸せになろうって言ってくれる
アリシアの性癖を受け入れるくらいふところが広い
だから、無条件に信じられるんだ。
なにかあって、もしも俺が死んだとしても……3人なら、トラブルが起きることもない。
きっと、仲良くやっていけると思う。
そんな気がしているんだ。
「あのあの、コーヤさん?」
不意に、メルティが手を挙げた。
「あたし、アリシアさんに協力したいんだけど」
「協力?」
「うん。あたしも、アリシアさんの気持ちがわかるから」
「……そっか」
「大切な人に自分を見て欲しいのよね? でもコーヤさんは、人目のあるところではやめなさいって言ってるんでしょ?」
そう言ってメルティは、ぽん、と手を叩いた。
「あたしとお父さまが住んでいた島なら、人間はいないわよ?」
「「「…………あ」」」
俺とアリシアとティーナが、顔を見合わせる。
確かに、メルティの言う通りだ。
これから俺たちはナーガスフィアとメルティが住んでいた島に行くことになる。
その島は神鳥クルトアの住処になるわけだけど、人間はいない。
人間はいないんだから、人目はない。
つまり……。
「あたしたちの島なら、気兼ねはいらないってこと」
「ありがとうございます。メルティさま」
アリシアはメルティに向かって頭を下げた。
「わたくしのことを考えてくださってうれしいです。でも……」
「え? だめなの?」
「メルティさまの島は遠いですよね?」
「そうね。あたしが船を引っ張っても、数日はかかるかも」
「でしたら……やはり、難しいと思います」
アリシアは真剣な表情で、
「わたくしの都合で、コーヤさまやティーナさま、メルティさまにお時間をとらせるわけにはいきません! 1日2日ならともかく、数日間もいただくのは無理です!」
「真面目すぎない!?」
思わず突っ込んでた。
アリシアが真面目なのはわかるけど……さすがに気を遣いすぎだ。
「俺は別に構わないんだってば。アリシアのためなんだから」
「いいえ。そうはまいりません」
アリシアは首を横に振った。
「わたくしはコーヤさまの臣下です。臣下が私的な都合で、主君を何日も拘束するわけにはいかないのです!!」
細い指で『首輪』に触れるアリシア。
かちん、と、『首輪』を鳴らして、その音に身体を震わせながら、彼女は、
「わたくしは、なによりもコーヤさまを優先したいのです。わたくしのために、コーヤさまのお時間を何日もちょうだいするわけには……」
「あ、1日で行けるところがあるみたいなの」
不意に、ティーナが、ぱん、と手を叩いた。
「今、精霊たちが神鳥クルトアから聞き出したの。灰狼の北に、聖女キュリアの隠れ家があるんだって」
「「「……え?」」」
俺とアリシアとメルティがティーナを見た。
「あのね。聖女キュリアは灰狼の近くに隠れ家を作って、精霊王……お父さまや竜王ナーガスフィアがちゃんと封印のされたかどうか、チェックしてたみたいなの。そのための場所が、山の中にあるんだって。そこはアルカインも知らない場所で、結界が張ってあるから、魔物も近づかないみたい」
ティーナは満面の笑みを浮かべていた。
「場所は、灰狼を流れる川の上流みたい。竜になったメルティさんに小舟を引っ張ってもらえば、数時間で着くらしいの。『魔力の泉』の源泉もあるそうなの。設備も充実してるから、落ち着いて生活できると思うの」
「灰狼の北に、聖女キュリアの隠れ家があったのか……」
「そうなの」
「でも、危険じゃないのか? 聖女の隠れ家ならトラップが仕掛けてあったり……」
「隠場の管理は神鳥クルトアがやってたんだって」
「神鳥クルトアが?」
「うん。だから、内部構造はクルトアが知ってるから、安全なの」
「なるほど」
「マスターも、聖女キュリアの隠れ家に興味があると思うの」
「……うん。あるけど」
「それに、近くだからからすぐに行って帰ってこられるでしょ? マスターは聖女の隠れ家を調べて、その間、アリシアさんとティーナとメルティさんは自由に過ごす。これなら、問題はないと思うの」
確かに。
場所が川の上流なら、簡単に行き来できる。
竜になったメルティに船を曳いてもらってもいいし、飛行魔法を使ってもいい。神鳥クルトアに運んでもらうこともできる。
俺はいつでも聖女の隠れ家の調査に行けるし、アリシアはいつでも自分を解放してストレス発散を……いや、それはいいんだけど。
とにかく、聖女の隠れ家があるなら、行ってみたい。
聖女キュリアの遺産や記録や……封印された者たちの手がかりがあるかもしれないし。
どのみち俺は世界を旅してまわるつもりだったからな。
まずは近場で、のんびり調査をするのもいいよな。
「わかった。聖女の隠れ家に行ってみよう」
「は、はい。コーヤさま」
「うん。ティーナも行ってみたいの」
「現地まではあたしが運んであげるからね」
アリシアは目を輝かせて、ティーナはほっとしたように、メルティは胸を張って──それぞれ、満足そうにうなずいた。
それから、ティーナはアリシアの手を取って、
「よかったの。アリシアさん」
「え?」
「聖女の隠れ家には人気がないの。あの場所なら、人目を気にする必要はないの」
「は、はい。人目を気にしなくていいのですね?」
「アリシアさんは気兼ねなく過ごすことができるの」
「気兼ねが……いらないのですね?」
「お風呂もあるし、日光浴のための部屋もあるそうなの。寝室もたくさんあるから、好きなように過ごせると思うの」
「好きなように過ごせるのですね!?」
「そうなの。いつでもアリシアさんやティーナは、自分の願いを叶えることができるの」
「願う通りに過ごしていいのですね!?」
「だって、マスターがいいって言ったんだもの」
……まあ、確かに。
聖女の隠れ家なら、まったく人目を気にする必要はない。
アリシアは自由にしていいってことだよな。うん。
「わかった。明日出発ってことでいいかな?」
「は、はい。コーヤさま!」
「了解なの。マスター」
「すっごく楽しみになってきたわ。色々と用意しないとね」
アリシア、ティーナ、メルディが手を叩いてる。
「帰ってきたら……神鳥クルトアを島に避難させに行こう、クルトアを島まで案内して、その後は一度、灰狼に戻ってこよう。封印された者たちを探しに行くのは、ランドフィア王国が落ち着いてからだね」
ナタリア女王が即位したら、ネレイドのところに連絡が来るはず。
それを確認して……落ち着くまでは、半年くらいかな。
それまでの間に大きな船を仕立てておこう。
みんなで一緒に、世界を回れるような船を。
「世界を回って、味方を増やそう。封印された者たちを解放すれば、灰狼の味方が増えるはずだから」
俺は言った。
「そうすれば100年経っても……俺が齢を取って死んだ後も、みんなが灰狼を守ってくれるだろ?」
「「「…………え?」」」
「そういうことを考えるのも、王の責任だと思うんだ」
俺はこの世界に介入してしまったからな。
しかも、魔王や精霊王、竜王まで名乗ってる。
でも、俺は人間だ。
100年もすれば寿命は尽きる。
俺が死ねば『王位継承権』スキルを持つ者はいなくなる。
王家のマジックアイテムも使えなくなる。
そうなった時のために、味方をたくさん増やしておきたい。
封印されし者たちを解放して、灰狼に呼び込む。
この地がみんなのふるさとになれば、守ってくれるはずだから。
そのための下地を作っておきたい。
それが、王を名乗った者の責任だと思うんだ。
──と、いうことを、俺はみんなに説明したんだけど……。
「…………あの、マスター?」
「どうしたのティーナ」
「マスターは魔王で、精霊王で、竜王で、神聖王なの」
「そうだね」
「精霊王は、長生きなの」
「それはティーナやジーグレットさまの場合だろ? 俺はただの人間で……あれ? どうしたのみんな?」
アリシアとティーナとメルティが額をくっつけて話し始めたんだが?
「ひそひそひそひそ……」って、なんの相談をしてるんだ?
3人とも真っ赤な顔でこっちを見てるのは……どうして?
「わかったの。よーくわかったの」
3人を代表して、ティーナが俺の方を見た。
「マスターは、ご自分が亡くなった後のことが心配なのね?」
「ああ」
「マスターが亡くなったあと『王位継承権』スキルを持つ者がいなくなるから?」
「そういうことだね」
「できるだけ心配はなくしておきたいのね? そのための手段を取るために、ティーナたちが協力してもいいのね?」
「…………ああ。協力してくれるなら助かるよ」
「ところで、マスター」
「ん?」
「マスターがお父さまから精霊王を継承したとき、なんて言ったか覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ」
「……言ってみて欲しいの」
「えっと……」
俺は記憶をたどる。
確か、こんなセリフだったはずだ。
「『もしも、俺よりも精霊王にふさわしい人が現れた場合は、その方に精霊王を継承してもらいます。できれば精霊の子孫で、ジーグレットさまやティーナさんが納得する方に』……だったと思う」
「うん。正解なの」
「よかった」
「お父さまはこう答えたの。『精霊の子孫で、貴公の次の世代の者にか? 我やティーナが納得する者ということだな』って」
「うん。俺は『そうです』って答えた」
「その気持ちは、今も変わってないのね?」
「変わってないよ」
「『精霊の子孫で、マスターの次の世代の者』が必要ってことなの。マスターはそれに同意したってことなの?」
「そうだけど……どうかした?」
「ううん。すごく納得したの」
「納得しました。すぐに言質を取るなんて、さすがティーナさまです」
「コーヤさんは『王の責任』って言ったもんね」
がしっ、と握手するアリシアとティーナとメルティ。
「それでは、旅の準備をいたしましょう」
「精霊たちにも協力してもらわないとなの」
「神鳥クルトアにも、向こうに着いてからのことを話しておかないとね。あの子は治癒と回復をつかさどるものだから、きっと手を貸してもらえるはずよ」
そうして、3人は俺にお辞儀をしてから、部屋を出ていったのだった。
……うん。
とにかく、みんなよろこんでる。
それだけで十分だ。
この世界に召喚されたから、色々あったな。
王都で『首輪』を着けられて、スキルを隠したまま灰狼に来て──
灰狼でアリシアやレイソンさんと出会って──
ティーナたちを解放して、精霊王を継承して──
そして、俺は魔王を名乗ることになった。
俺は王家と対等にわたりあえる存在となり、竜王の地位を得た。
神聖王は……ついでみたいなものだろうな。
あれは神鳥クルトアにとって必要な称号ってだけだから。
たぶん、これからも多くのものと出会うことになるだろう。
というか、まだまだ知らないことがたくさんあるからな。
アリシアやティーナ、メルティとも、まだ数ヶ月の付き合いなんだから。
ずっと……長い時間つきあっていくうちに、新たな発見があると思う。
でも、たぶん、大丈夫だ。
なにがあっても俺は彼女たちの味方だし、どんなことでも受け入れる。
俺は、みんなの王さまなんだからな。
この世界を楽しんで、この世界の味方を増やす。
そして、大切な人たちの願いを叶えて、幸せにする。
俺の『王位継承権』スキルは、そのためにあるんだから。
さてと、俺も旅の準備をしよう。
この世界の旅で必要なものはわからないからな。
とりあえず、レイソンさんに相談しよう。
レイソンさんなら、きっといいアドバイスをくれると思う。
そんなことを思いながら、俺はみんなのところに向かうのだった。
そして、数日後。
俺たちは聖女の隠れ家に到着した。
そこは、安全な場所だった。
聖女のトラップもなかったし、遺留品もなかった。
もちろん、誰も知らない場所だから人目もなかった。
みんなで安全性を確認して、手早く掃除をして、お風呂と寝室をチェックして。
そして、その後──
俺はアリシアとティーナとメルティがなにを企んでいたのかを、身をもって知ることになるのだった。
おしまい。
これでこの物語は完結となります。
コーヤたちはこれからも封印された者たちを解放したり、世界を回ったり、隠された王位を継承したりしていきます。
その前に聖女の隠れ家で、色々あったりするわけですが……。
きっとコーヤはこの世界で、これからも味方を増やして、不思議な王さまをやっていくのだと思います。
このお話を楽しんでいただけたのなら、本当にうれしいです。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!




