第83話「黒熊侯カリナと打ち合わせをする」
王都からネレイドがやってきた日の夜。
俺は侯爵家の屋敷で、情報収集をしていた。
「ティーナ。精霊との通信の中継を頼む」
「了解なの。マスター」
ランドフィア王家とは不戦の約定を交わした。
だけど、それですべてが解決したわけじゃない。
王都がどうなったのか、これからどうなるのか、常に目を光らせておきたい。
……聖女カザネが、色々とやらかしたからな。
あいつは他国にランドフィア国王の病状を伝えたんだ。
その結果、南の神聖国とやらが兵を動かしてるらしい。
これからなにが起こるかわからない。
ランドフィア王家がどう動くかも不明だし、神聖国が灰狼に干渉してくる可能性もある。
だから俺は、王都に近い黒熊領に、大量の精霊たちを派遣した。
もちろん黒熊侯のカリナさんの許可は取ってある。
というか、カリナさんのところにも精霊を派遣してあるからな。
状況を共有して、おたがいの意見をすりあわせるために。
黒熊領のあちこちには、通信を中継する役目の精霊たちが配置されている。
そこから最終的にティーナとのことろに情報が来る仕組みだ。
「王都付近に配置した精霊たちから情報が来たの」
俺の膝の上で、ティーナは言った。
ちなみに、ティーナが俺の膝の上に座ってるのは、魔力的に接続するためだ。
精霊王と精霊姫とが一体化することで、精霊たちとの繋がりも強くなる。
遠くまで通信が届くし、精霊たちと感覚のリンクもできる、というわけだ。
「『王都そのものの様子は変わっていません』『城壁の上には兵士がいますー』『巡回してますー』『商人が普通に行き来してます』『荷馬車はたくさんですー』なの」
「黒熊領は?」
「『人々は普通に移動してます』『王都からも人が来てます』『旅行者もいます』『商人も来てます』だそうなの」
「わかった。メルティの側にいる精霊からの報告は?」
メルティは現在、竜になって海を偵察している。
場所は王都の近く。
王都の港と、船の様子を調べるためだ。
「……王都を出る船が、妙に多いそうなの」
ティーナがメルティからの伝言を伝えてくれる。
「出て行く船も、入って来る船も。特に、多くの人を乗せた船が目につく……それがメルティさんの報告なの」
「わかった。この情報を、黒熊領にいるカリナさんに送ってくれ」
「了解なの。カリナさまと一緒にいる精霊たちに伝えるの」
目を閉じて、ティーナが俺に体重を預けた。
「ついでに、カリナさんに伝言を頼む」
俺はティーナの耳元でささやいた。
「魔王コーヤ・アヤガキは、王都の動きを『戦争準備』と見ている。黒熊侯の判断はどうか、と」
「わかったの。えっと……カリナさまは、コーヤさまと直接お話がしたいみたい」
「そっか。じゃあ、中継してくれるか?」
「了解なの。ティーナがマスターの言葉をカリナさまに、カリナさまの言葉をマスターに伝えるね」
「頼むよ。ティーナ」
俺はティーナと精霊たちを経由して、黒熊侯カリナ・リトルベアとの話をはじめたのだった。
『魔王コーヤ・アヤガキは、王都の動きを「戦争準備」と見ている。黒熊侯の判断はどうか』
『情報をありがとうございます。魔王さま』
『同盟者と相談をしたかっただけだ。それで、そちらの判断は』
『私も魔王さまと同感です。ただ、戦争準備といっても、相手は私たちではないと思います』
『根拠をうかがっても?』
『ちかごろ、商人たちが黒熊領に住まいを移していることが確認されました。おそらくは戦争に巻き込まれるのを避けるためでしょう』
『これから戦争が起こる場所に居を構えるのはおかしいと?』
『はい。商人たちはめざとくて、身を守る術に長けているものですから』
『王家が黒熊領を迂回して灰狼領を攻撃しようとする可能性は?』
『低いと思います。メリットがありません』
『ああ。俺も同感だ』
『王家が灰狼と戦えう場合、総力戦になります。その間に南の神聖国の攻撃を受けたら……いかにランドフィア王家といえど……保たないでしょう』
やっぱり、カリナさんも俺と同意見か。
となると……王家の戦争準備は、南の神聖国に対してのものだろうな。
王家が俺たちにケンカを売るつもりなら、灰狼にネレイド・アスファを送り込む必要はない。
彼女はナタリア王女の従姉妹だ。
むしろ、ナタリア王女は、彼女を避難させたのかもしれないな。
俺は、ナタリア王女を敵だと思っている。
だけど、信頼できる敵だと考えている。
ジュリアン王子の事件のとき、ナタリア王女は俺たちと敵対しなかった。
逆に、国王が病床についていることを教えてくれた。
ナタリア王女は王家のことを第一に考えている。
そのためなら、他人を利用することをためらわない。
それでも、結んだ約定は守る人物だ。
そして魔王と敵対することは、現状では王家のメリットにならない。
だからナタリア王女は俺に敵対してこない。
それが、俺とカリナさんの意見だった。
『魔王さまは神聖国のことを、どれくらいご存じですか?』
『レイソンさんとアリシアから聞いた情報だけです。200年前の人物……聖女キュリアの故郷で、神聖魔術による肉体の強化を得意とするとか。生命をあれこれ調整する研究をしているという話も聞いている』
聖女キュリアは200年前、初代王アルカインと共に魔王を倒した女性だ。
神聖国は、彼女の故郷だそうだ。
200年前は教会を中心とする、小さな国だったらしいけれど。
『魔王さまのおっしゃる通りです。ただ、今の神聖国は新たな教義を掲げ、人心をあおっていると聞いております』
『独自の教義?』
『初代王アルカインは、聖女の功績を奪った、と』
『……アルカインが聖女の功績を?』
『魔王を討伐したのは初代王アルカインと聖女です。ですが、アルカインは広大な領地を手に入れたのに、聖女はなにも得られなかった。それだけではなく、神聖国に帰って来ることもなかった。結局、聖女は初代王アルカインにすべてを奪われた……それが、今の神聖国の教義だそうです』
聖女キュリアは、神聖国の王女だった。
彼女は魔王を討つために、初代王アルカインと手を組んだ。
そうして魔王を倒したけれど、彼女が神聖国に帰ることはなかった。
聖女は国に帰ったあとで、貴族と結婚して国を継ぐことになっていたらしい。
けれど、聖女は国に帰ってこなかった。
父である王に、一通の書状を送ってきただけだそうだ。
聖女が姿を消したことで、神聖国は次期後継者を失った。
結果、内乱が起こり、国は疲弊。
それは数十年で立ち直ったけれど、神聖国内部には、とある伝説が残った。
それは初代王アルカインが聖女キュリアからすべてを奪い、心を傷めた聖女が、世捨て人になってしまった……というものだったそうだ。
『現在の神聖王はその伝説を、ランドフィア王国への敵意をあおるのに使ったそうです』
『聖女カザネが神聖国に書状を送ったことも、影響がありそうだな』
『はい。聖女が神聖国に助けを求めたようなものですから』
あいつ……この世界にとんでもない迷惑をかけて行きやがった。
俺に文句があるなら、直接俺に言えばよかったんだ。
なんで国を巻き込んで騒ぎを起こすんだ。
本当に……俺の戸籍上の父親の身内はろくなことしないな。
『魔王さまは、どうなさいますか?』
『……俺は』
『私たちは自由に選べる立場になりました。背後から王都を攻撃することもできますし、この機会に、独立を宣言することもできましょう』
『ああ。そうかもしれない』
『黒熊侯カリナ・リトルベアは、魔王さまの判断に従います』
『俺の結論は「今は動かない」だ』
情報が少なすぎる。
他の3大侯爵家──金蛇、銀鷹、赤鮫がどう動くかもわからない。
この状態で動くべきじゃない。
それに──
『カリナ・リトルベアにうかがう』
『はい。どうぞ』
『あなたが側に置くとしたら「信頼できる敵」と「信頼できない味方」のどちらを選ぶ?』
『それは……隣人としてランドフィア王国を選ぶか、神聖国を選ぶかということですね?』
『その通りだ』
『魔王さまなら、どうされますか?』
『俺は、聖女にそそのかされて兵を動かすような連中を信じない。国王の病気に乗じて侵攻してくるような奴ならなおさらだ』
『ですが、魔王さまは王家に恨みがあるのでは? 勝手に異世界から召喚されて、「首輪」を着けられて……北の果てに放逐されたのです。そのあなたが王家に刃を向けたとしても、誰も非難することはできないと思います』
『俺は……一応は王さまなんだ』
『……は、はい』
『俺は、王が個人的な感情で戦争を始めるべきじゃないと思っている。そりゃまあ、勝ったら気持ちがいいだろう。だけど、俺たちがずっと強い立場でいられるわけじゃない。10年……100年先、こちらの力が弱まったときにのことも考える……それが王というものじゃないだろうか?』
『…………魔王さま』
『ん?』
『精霊王や竜王が、あなたを認めた理由がよくわかりました』
『そうなのか?』
『いずれにせよカリナ・リトルベアは、あなたの判断に従います』
『承知した。それと……神聖国については、もう少ししたら情報が入ってくると思う』
『と、おっしゃいますと?』
『たぶん、あっちの方から使者が来るんじゃないかな?』
『…………あ』
『もしも使者が来たら情報共有をよろしく』
『承知いたしました!』
『それでは、今後も連絡を密にする方向で』
『よろしくお願いいたします。私たちの魔王、コーヤ・アヤガキさま』
──そうして、カリナさんとの通信は終了したのだった。




