第82話「人質の少女と出会う(2)」
「断る」
俺は言った。
選択の余地も、なかった。
「ネレイド・アスファが『首輪』をつけたままでいたいなら外す必要はない。だけど、俺は人質を『首輪』で縛るようなことはしたくない」
「え、ええっ!?」
「無論、あとで身体検査はさせてもらう。あなたが王家から、危険なマジックアイテムを持ち込んでいないかどうかを確認するために」
それはレイソンさんに提案されたことだ。
王家はなにをするかわからないからな。
ただ、ネレイド・アスファが攻撃的なマジックアイテムを持ち込むことはないと思う。
爆発炎上するようなものを仕込んだら、人質も犠牲になるわけだからな。
ナタリア王女が、そんなリスクを冒すとは思えない。
だけど、こちらの動きを探るためのマジックアイテム──通信用や盗聴用のマジックアイテムを持ち込むことはあり得る。
だから、身体検査はさせてもらう。担当するのは俺じゃなくて、アリシアとティーナだけど。
もちろん、マジックアイテムを見つけたら無力化するつもりだ。
だけど『首輪』を起動するような真似はしない。
というか、俺も着けてたことがあったからな。その『首輪』
『王位継承権』スキルのおかげで無効化できたけれど、着けている間は、あんまり気分がよくなかった。
アリシアやレイソンさんなんか起動した状態でずっと着けていたんだもんな。
相当なストレスだったと思う。
そんなものを、俺は他人に着けたくないんだ。
「で、ですが、このネレイドは人質なのです」
ネレイドは『首輪』に触れながら、訴えかけるように、
「魔王さまならば、『首輪』を起動して、支配して、身も心も思いのままにするべきでは……」
「王家とは不戦の約定を結んでいる」
俺は言った。
「その王家から派遣された客人の生殺与奪を握るような真似はしたくない」
「コーヤさまのおっしゃる通りです」
アリシアはうなずいた。
「王家から来た方にそんなうらやま……いえ、そんなことは、コーヤさまはなさらないと思います!」
「アリシア?」
「は、はい」
「今、変なこと言わなかった?」
「王都から来た方の前で緊張してしまい、言葉を誤っただけです」
「そうなの?」
「お疑いなら、わたくしの『首輪』を起動してみてください。その後『アリシア・グレイウルフはコーヤ・アヤガキにいつわりを言わずに、すべてをさらけだすように』とおっしゃってください」
「いやいや、そんなことしないからね?」
「わかっております。ええ、わかっておりますとも」
アリシアは膝を合わせて、かすかに震えていた。
それから、アリシアはネレイド・アスファに視線を向けて、
「これでコーヤさまがどのようなお方なのか、ネレイド・アスファさまにわかりやすく説明できたと思います」
「すごいなアリシア!」
なるほど。
俺が『首輪』を着けた者をどうあつかうかを見せるために、無茶なことを要求したのか……。
もちろんアリシアは、俺が『アリシア・グレイウルフはコーヤ・アヤガキにいつわりを言わずに、すべてをさらすように』なんて命令はしないとわかっていたんだろう。
目的は、俺がそれを断るところをネレイド・アスファに見せること。
そうすることで、俺がどんな人間なのかをネレイド・アスファに示す。
それがアリシアの作戦だったんだ。すごいな……。
「アリシアの言う通りだ。俺は客人をマジックアイテムで縛るようなことはしない」
俺はネレイド・アスファに向かって、告げた。
「あなたが敵対的な行動を取るなら別だが、そのつもりはないのだろう?」
「は、はい。ネレイドは……友好的であるように、言われています」
「だったら『首輪』を使う必要はない」
「そ、そうなのです?」
「できれば『首輪』をこちらに渡して欲しい」
俺は言った。
「王家からの客人が『首輪』をつけてうろつき回っていたら、灰狼の者たちも緊張するだろう。だから、こちらで預からせてもらいたいのだ」
「わたくしもコーヤさまと同意見です」
アリシアはドレスのスカートをつまみあげて、一礼。
それから彼女は、ネレイド・アスファに近づいて、
「灰狼侯の娘として、その『首輪』を預からせていただきたく思います」
「ですが……これはナタリア姉さんから渡されたもので……」
「わたくしが灰狼侯の名において、管理いたしましょう」
アリシアは膝をつき、ネレイド・アスファと目線を合わせる。
「決して失われることがないように、わたくしが責任をもって預からせていただきます。それでいかがでしょうか?」
「……わかりました」
かちり。
ネレイド・アスファは身に着けていた『首輪』を外した。
アリシアはそれを、恭しく受け取る。
それからアリシアは、ネレイド・アスファの手を取って、立ち上がらせた。
「アリシア・グレイウルフは、ネレイド・アスファさまを歓迎いたします。この灰狼の地で、わたくしたちのことを知ってくださいませ。王家と灰狼が敵対することなく、良き関係であり続けることを、わたくしは願っております」
「あ、ありがとうございます、です」
アリシアは、ネレイド・アスファを、灰狼の馬車へと導く。
これからネレイド・アスファは、うちの馬車で灰狼侯の屋敷に向かうことになる。
黒熊領のカナール将軍たちとは、ここでお別れだ。
「護衛の任務、おつかれさまでした。カナール将軍」
「魔王さまのお役に立てて光栄です」
そう言ったあとで、カナール将軍は声をひそめて、
「……王家より派遣されたのは、ネレイド・アスファさまの他、メイドが1名だけです。護衛の兵士は、ここで帰ることとなっております」
「……ネレイド嬢の他は、メイドが1名だけなんですか?」
「……王家からの人質にしては、あまりに人数が少なすぎます。なにか思惑があると考えた方がよいでしょう」
「……ご忠告、感謝します」
「……黒熊は灰狼の同盟者です。我が主君カリナさまも、あなたがたに期待していらっしゃいますよ」
カナール将軍は真面目な表情で、うなずいた。
それからカナール将軍と王家の馬車は、黒熊領へと引き返していった。
俺たちも、王家に思惑があるのはわかってる。
相手はナタリア王女だ。油断はしない。
だからこそアリシアは、ネレイド・アスファの『首輪』を受け取ったのだろう。
彼女の警戒心をゆるめて、思惑を探りやすくするために。
そんなことを考えながら、俺たちは灰狼侯の屋敷へと向かうのだった。
ネレイド・アスファには屋敷の離れが与えられた。
適度な距離があって、俺たちの目の届く場所だ。
ただ、到着した今日だけは、本館の方にネレイド・アスファの部屋が用意されている。
彼女の歓迎パーティを開くためだ。
灰狼侯のレイソンさんは、ネレイドを客人としてあつかうつもりでいる。
それはこちらに敵意がないことを示すためでもあるそうだ。
だから、初日は歓迎パーティをして、屋敷の方に泊まってもらう。
歓迎する意思があることを示したあとは、離れでのんびりしてもらう。
そういうことになっているそうだ。
ネレイド・アスファはそれを受け入れた。
彼女は専属のメイド──ライラという名前だった──と一緒に、用意された部屋へ入った。
場所は3階。
俺たちの部屋があるのと同じ階だ。
屋敷は精霊たちによって警護されている。
精霊たちは小さいから、人目につきにくい。
彼女たちは花瓶の中や、灯りの裏に隠れて、俺やアリシアたちを守ってくれてる。
精霊たちの協力があれば無難に乗り切れると思うんだ。
そうしてネレイド・アスファを、屋敷の部屋に送り届けた後で──
「コーヤさま、少し、よろしいですか?」
──俺はアリシアの部屋に呼ばれた。
ネレイド・アスファから預かった『首輪』のことで相談があるということだった。
「悩んでいるのです。ネレイド・アスファさまよりお預かりした『首輪』を、どのように管理すればよいのか……」
ベッドに腰掛けて、アリシアはそんなことを言った。
「王家より預かったものです。決してなくすわけにはいきません。ですが、管理方法が難しくて……」
「部屋の引き出しに入れておくのは?」
「それだとネレイドさまに『あの「首輪」はどうなりました?』と聞かれたときに困ります。できれば、いつでもお返しできるようにしておきたいのです」
「なるほど……」
律儀だな。アリシアは。
「今つけている『首輪』と交換するのは?」
「それは駄目です」
「駄目なの?」
「この『首輪』はコーヤさまと出会ってからの思い出が詰まっております」
「拘束用のマジックアイテムなのに?」
「価値観はひとそれぞれですよ? コーヤさま」
「まあ、そうかもしれないけど」
「ですが、ネレイドさまから預かった首輪も、身に着けておきたいのです」
アリシアは上目使いで俺を見た。
「ただ……首にふたつの『首輪』をつけることはできません。どうしたらいいでしょうか?」
「腕に着けるのは?」
「それもいいのですが……あまり目立つところはどうかと」
「足首とか?」
「それでは、歩くときに汚してしまうかもしれません。あ、でも、脚に着けるのはいいですね」
「脚?」
「は、はい。ふとももに着けると、ちょうどいいと思います」
ふとももに『首輪』を着ければ、スカートが隠してくれる。
服の下になるから、汚れることもない。
必要なときはすぐに取り外せる。
「と、いうことです。どうでしょうか、コーヤさま」
「うん。いいと思うよ」
「賛成していただけるのですね?」
「ああ。もちろん」
「ありがとうございます。それでは……よろしくお願いします」
「ん?」
「わたくしの脚に……『首輪』をつけてくださいませ」
アリシアは俺に向かって、ネレイド・アスファの『首輪』を差し出した。
ベッドから立ち上がり、スカートの裾をつまみ上げる。
そしてアリシアは──
「ど、どうでしょうか。もう少し上の方が、よろしいでしょうか」
──俺の前で、スカートをゆっくりと、持ち上げていった。
白い脚があらわになる。
きれいな膝と、健康そうなふとももが……って、
「俺が着けるの?」
「灰狼にあるマジックアイテムはすべて、コーヤさまの管理下にあります。わたくしが勝手なことをするわけにはまいりません」
「俺が許可する。アリシアが自分で着ければ……」
「わたくしは身体が固いもので」
「その話、今はじめて聞いたんだけど」
「でもでも『首輪』をふとももに着けるのは初めてです。うっかり落としてしまっては、ネレイド・アスファさまに対して失礼になります。やはりコーヤさまに着けていただくべきかと……」
「……あのさ」
「は、はい」
「俺……最近、アリシアのことがわかってきたような気がするんだが」
「わたくしは最初から、コーヤさまになにも隠すつもりはございませんよ?」
「そうなの?」
「証明いたしましょうか?」
「……今はいいかな?」
「わかりました。それで、首輪なのですけど」
「わかった。俺が着けるよ」
しょうがないな。
確かに、灰狼にあるマジックアイテムは俺の管理下にある。
灰狼に来たとき、アリシアの『首輪』外して、着け直したのは俺だ。
だったら、この『首輪』をアリシアの脚につけるのも俺の役目のような気が……。
……いや、しないな。
まあ、いいか。
アリシアは俺の共犯者だからな。
彼女の願いは、できるだけ叶えてあげたいんだ。
「それじゃ脚に『首輪』を着けるから」
「は、はい。お願いいたします……ひゃぁっ」
「まだ触ってないけど?」
「い、いえ。息が」
「やめる?」
「絶対にやめません」
耳たぶまで真っ赤になったアリシアは、決意のこもった視線で、宣言した。
そして──
「コ、コーヤさま。もう少し上で……あ、はい。もうちょっと……い、いえ、少し上すぎました。は、はい。そのあたりです…… (かちり)……はい、ありがとうございます。え? いえ、大丈夫です。ちょっと心臓がばくばくして……頭がふわふわするだけで……」
俺は十数回のトライの末に、アリシアの脚に『首輪』を着けることに成功したのだった。




