第81話「人質の少女と出会う(1)」
王家の馬車が到着したのは夕暮れ時だった。
今日、人質が来ることは黒熊侯のカリナさんと、精霊たちから聞いていた。
同盟を結んでからは精霊を通して、黒熊侯のカリナさんとやりとりをしているからな。
それで情報が伝わってきたんだ。
街道をやってくるのは、四頭立ての馬車だ。
そのまわりを兵士たちが守っている。
数は十数人。そのすべては黒熊領の兵士たちだ。
王家は人質の護衛を、黒熊侯に委託したらしい。
先頭にいるのは、黒熊領の将軍のカナールさん。
彼は俺やアリシアに気づいたのか、深々と頭を下げた。
「……カリナさんからの情報の通りだな」
「……王都から来た人物が黒熊領の兵士に守られているというのは異例ですね」
馬車に乗っている人物の情報は、すでにこちらに伝わっている。
人質の名前はネレイド・アスファ。ナタリア王女の従姉妹だ。
具体的にはナタリア王女の母親の妹の子にあたる。
いわゆる外戚だ。もちろん、王家の血は引いていない。
ただ、由緒正しい宮廷魔術師の家系らしい。
これらの情報は、カリナさんからもらったものだ。
先代の黒熊侯ゼネルスは王家とは親しかったからな。
その関係で、黒熊領には王家の情報がたくさんあるんだ。
「あのさ、アリシア」
「はい。コーヤさま」
「こういうときって、王家の血筋の人間を派遣するものじゃないのかな」
「普通はそうです。ただ……現在のランドフィアには、王家の血を引くお方が少ないですから」
「ジュリアン王子とナタリア王女の他にいないのか?」
「はい。現国王のリーナスさまは、お身体が弱いですから」
「だから王女の親戚を送ってきたのか」
「それでも、人質としての価値は十分、あると思います」
「……そうだな」
ランドフィアの次期国王侯補は、ジュリアン王子とナタリア王女のふたりしかいなかった。
けれど、ジュリアン王子は失脚した。
聖女カザネ──俺の戸籍上の父親の娘にそそのかされて、灰狼領と黒熊領にケンカを売ったんだ。
ジュリアン王子はそれに金蛇侯爵家も巻き込んだ。
王家のマジックアイテムを使い、偽の魔王軍をでっちあげるという、最悪のやり方で。
それらはすべて失敗に終わった。
ジュリアン王子は陰謀のすべてをあばかれて、大恥をかいた。
そのジュリアン王子が次期王位につくことは、たぶん、ない。
次のランドフィアの王位につくのはナタリア王女になるはずだ。
そのナタリア王女の従姉妹なら、十分、人質の価値はあるってことなんだろうな。
「そういえば聖女カザネは、他国に情報を流していたのでしたね」
ふと、アリシアがそんなことを言った。
「国王陛下がご病気だということを、あの人は他国に教えたと聞いています」
「うん。そうだったね」
「その聖女さまを重用していたのはジュリアン王子です。ですから、ジュリアン殿下が王位につくことはないと思います」
「ああ。あの聖女。本当にろくなことしないよな……」
血縁としては俺の義妹にあたるんだけどさ、あいつ。
もう会うことはないだろうな。
ジュリアン王子は、聖女を元の世界に追放するとか言ってたし。
そういうかたちで責任を取ったことだけは、ジュリアン王子を評価してもいいと思うんだが……。
……まあ、王位にはつけられないよな。
「次期女王はナタリア殿下です。そのナタリア殿下が、みずからの経歴に傷をつけることはしないでしょう。ですから人質を見捨てることはできないわけで……王家が灰狼に攻撃を加えることも、できないと思います」
それが、アリシアの結論だった。
「マスター。アリシアさま。人質のひとが馬車を降りるみたいなの」
「「「そのようなのですー」」」
ティーナと、馬車を見守っていた精霊たちが報告してくれる。
俺とアリシアは馬車に向かって歩き出す。
上空にはたくさんの精霊たちがいる。
街道沿いの海には、竜になったメルティが隠れてる。
相手は王家の関係者で、魔術師の身内だ。油断はしない。
なにがあってもいいように対策はしてある。
「灰狼侯レイソンの代理として来た。魔王コーヤ・アヤガキだ」
「灰狼侯の娘、アリシア・グレイウルフです」
俺とアリシアは馬車に向かって名乗りを上げた。
しばらくして、馬車の扉は開いた。
そこからゆっくりと、ドレス姿の女性が下りてくる。
最初に見えたのは、薄桃色の髪だった。
海からの風を受けて、ふわふわと揺れている。
次に緋色のドレスが目に入る。
王家が用意したものだろう。夕方の光を浴びて輝いている。
最後に見えたのは、おびえたようにこちらをうかがう表情と──彼女を飾る『首輪』だった。
あの『首輪』には見覚えがある。
というか、今もアリシアが身につけてる。
灰狼侯とその一族は、王家の命令で『首輪』を装着させられていた。
アリシアが灰狼から逃げたり、王家に逆らったりしたときには、炎を発して装着者を焼き殺すようになっていた。
もちろん、その機能は俺が解除してある。
アリシア自身の意思で、自由に外すこともできるんだけど……なのにアリシアはずっと『首輪』を身につけてるんだよなぁ。
理由を聞いても、幸せそうな顔をするだけなんだけど。
それはともかく。
人質の少女──ネレイド・アスファの首にはマジックアイテムの『首輪』がある。
あれはナタリア王女が着けたものだろう。
たぶん、ネレイド・アスファが逃げずに人質の役目を果たすようにするために。
それとも、『この人質は魔王に逆らえない』ことを俺に示すためか。
どっちにしても、気分のいいものじゃないな……。
「は、はじめまして。ネレイド・アスファと申します……です」
人質の少女──ネレイドは俺に向かって頭を下げた。
「あなたが……王家の血を引く、コーヤ・アヤガキさま、ですね?」
「王家の血を引くかどうかは不明だけど」
「王家のマジックアイテムを操ることができる、です?」
「それは間違いない」
「では、お願いがあります……」
少女ネレイドは、自分の首を飾る『首輪』に触れた。
「この『首輪』に触れて、管理者権限を手に入れてください……」
「管理者権限を?」
「今、この『首輪』は起動していないです」
俺の前で、地面に膝をつく少女ネレイド。
「ここで、あなたの手で、この『首輪』を起動してくださいです。私……ネレイドがあなたに逆らえないように。あなたがネレイドをどのようにあつかっても、大丈夫なように。それが姉さま……ナタリア・ランドフィア殿下に命じられた、ネレイドの役目なのです」
うるんだ目で俺を見上げながら、王家の人質ネレイド・アスファは、そんなことを宣言したのだった。




