第80話「灰狼侯レイソンと秘密会議をする」
竜王継承の儀式を終えた数日後。
俺は灰狼侯のレイソンさんと話をしていた。
内容は、これからの灰狼領と黒熊領についてだ。
「単刀直入にうかがいます。灰狼領を独立させることはできますか?」
最初にたずねたのはそれだった。
灰狼侯爵家はランドフィア王国に属する、五大侯爵家のひとつだ。
だけど、王国に属するメリットは、特にない。
俺が来る前は隔離と封印をされていたからな。
領境には戦闘用ゴーレム『不死兵』が配置されていたせいで、灰狼の人たちは領地を出ることもできなかった。
なのに黒熊領の人間は、勝手に灰狼に出入りしていた。
その上、歴代の黒熊侯は、灰狼に無理難題をふっかけていた。
灰狼がランドフィア王国の一部であるメリットは、ほとんどなかった。
王家が灰狼をそんなふうにあつかっていた理由はシンプルだ。
やつらは灰狼領を『捨てたもの』『見たくないもの』としていたからだ。
だから灰狼を隔離して、魔王が復活したときの生け贄にしようとしていた。
魔王が灰狼を襲っている間に、王家と他の侯爵家は対応と対策を考える。
それが、ランドフィア王家の方針だったんだ。
灰狼が王家に従っていたのは、王家に力があるから。
『不死兵』のせいで、人々がこの土地を出ることができないから。
それだけだった。
だけど、もう灰狼は解放された。
みんな自由に生きられるようになった。
そして、王家に迫害されていた灰狼の人々に、王家への忠誠心はない。
だったら灰狼を独立国にしても、王家は文句を言えない。
灰狼を『捨てたもの』『見たくないもの』としてあつかっていたのは王家の方だ。
『お前はいらない!』と言われた側が、『わかりました。こっちはこっちで勝手にやります』と答えるだけなんだから。
それは『いらない』と言った王家の望みが叶うことを意味する。
ぶっちゃけ、ウィンウィンの関係だと思う。
だからもう、王家とは縁を切ってしまってもいいと思うんだけど……。
「灰狼が独立することは……不可能ではありません」
しばらく考えてから、レイソンさんは言った。
「ただ、王家は灰狼の独立を、良く思わないでしょうな」
「ですよね」
まあ、そうだよな。
灰狼の独立を認めてしまったら、他の侯爵領も独立すると言い出すかもしれない。
それは王家としては、絶対に認められない事態だろう。
「でも、独立に向けて動き出すなら、今が好機ですよね? 王さまは病床についてますし、ジュリアン王子の事件のせいで、王家の力は弱まっているはずですから」
「おっしゃることはわかります」
「ですよね」
「ただ、ひとつ問題があります」
「わかります。王家のメンツやプライドの問題ですよね?」
「それもあります。ですが、一番大きいのはあなたの存在なのです。コーヤどの」
レイソンさんは真面目な表情で、
「コーヤどの。あなたはナタリア殿下との交渉の場で、ご自分がランドフィア王家の血を引くかもしれないと示唆されたのでしたな」
「はい。その方が交渉がうまくいくと思ったので」
「それは正しい判断でした。ですが、それによりあなたは、自分にランドフィアの王位を継承する権利があることを示してしまったのですよ」
「……あ」
なるほど。そういうことか。
俺は初代王アルカインのマジックアイテムをあつかうことができる。
それは『王位継承権』スキルによるものだけど、そのことは公表できない。
だから、マジックアイテムを使える理由として、俺は『高貴な人間の血を引いている』と明言した。
王家の血を引いているとは言っていないが、そう受け取れるように言葉を選んだ。
だから、ランドフィア王家の人間は、俺がランドフィアの王家の継承権を持っていると考えているはずだ。
となると──
「俺はランドフィア王国の王位継承権を持っている。その俺がいる灰狼領が独立したら、第二のランドフィア王国ができたと思われるかもしれない。そういうことですね?」
「おっしゃる通りです」
レイソンさんはうなずいた。
「王家の血を引くと言われる魔王コーヤ・アヤガキどのが治める国ならば、皆は、それを第二のランドフィア王国として見るでしょう」
「……ですよね」
「そうなれば、王家に仕える者は迷うでしょうな。現在のランドフィア王国に仕えるか、灰狼の地にあるランドフィア王国に仕えるかを」
「そうなっちゃいますか……」
「そうなってしまうのですよ」
「俺は、ランドフィア王国をどうこうする気はないんですけどね」
たぶん、次期国王はナタリア王女になるはず。
彼女となら交渉ができる。
そんな彼女が国を治めるのを邪魔する気はまったくない。
ランドフィア王国は直轄領と、灰狼と黒熊を除いた3大侯爵領を治めていればいい。
それが俺の考えなんだけど……。
「俺がいる灰狼が独立するのはまずい……ということですか」
「コーヤどのの強さは、王家に仕える者を迷わせるのですよ」
「俺の強さ、ですか?」
「ランドフィア王家は『強さ』と『力』で人々を支配してきました。その力を使い、5大侯爵家を支配し、灰狼を封じこめてきたのです」
レイソンさんは、遠い目をしながら、
「そんな王家に仕える者たちは、強さと力を重視しております。より『強い』者が現れたとき、そちらにおもねる者もおりましょう。コーヤどのが王家の血を引く可能性があるならなおさらです」
「だから、今の王家に仕える者たちが、俺のところに来る可能性があるわけですね」
「そうです」
「そうなったら、俺はランドフィア王国にケンカを売ったことになっちゃいますか?」
「なりますなぁ」
「じゃあ、俺が灰狼を離れるのはどうでしょう?」
「本末転倒ですな」
レイソンさんは苦笑いした。
「コーヤどのがいない灰狼が独立することは、誰も望みますまい。それに、私やアリシアに独立国の王になるのは無茶が過ぎましょう。なにより私は、コーヤどののいない灰狼領は嫌ですな」
「……そうですか」
「ただ、この灰狼が独立して国となるのは……いいですな」
独立国になれば、すべて自分たちで決められる。
独自に他国と交流することもできる。
ランドフィア王家の臣下ではなく、灰狼の王の臣下として生きられる。
それはとても夢のあることだと、レイソンさんは言った。
「その夢は、コーヤどのが灰狼に来てくださったからこそ、見られたものです」
レイソンさんは、笑った。
「ありがとうございます。良い夢を見せていただきました」
「現実にするのは難しそうですけどね」
「そうですな」
「すみません。無茶なことを言いました」
やっぱり、灰狼を独立させるは難しいのか。
ただ……ランドフィア王家から距離を取る方法は、考えた方がいいな。
あの王家、これから色々と問題が起きそうだからな。
巻き込まれないようにしないと。
「堂々と独立するのはやめましょう」
俺はレイソンさんに向かって、そう言った。
「ただ、少しずつ、王家から距離を取るようにしましょう。王家でなにかあったときに、巻き込まれないように」
「なるほど。いつでも縁を切れるようにするわけですな?」
レイソンさんは、あっさりとうなずいた。
それから、彼はおだやかな笑みを浮かべて、
「名ではなく、実を取る。独立という形式にはこだわらない。ただ、ランドフィアの方針とは違うかたちで動き、外交を行い、自由に生きる……コーヤどのがおっしゃるのは、そういうことなのでしょう?」
「はい。その通りです」
「それはいいですな。なんというか、わくわくします」
レイソンさんは笑った。
「水面下で、いつでも王家から離れられるようにする、これは楽しくなってきました。まさかこの齢になって、このようなわくわくする仕事ができるとは……」
「内緒ですよ?」
「わかっております」
「特に、王家から来る人質にはさとられないように」
「そうですな。気をつけましょう」
そうして、話は終わりになった。
レイソンさんはまるで子どもみたいに目を輝かせていた。
ランドフィア王家は勝手にすればいい。
ただ、灰狼はできるだけ影響を受けないようにする。
関わるのは最低限。
借りも作らないし、貸しも作らない。
ただ、灰狼は独自の行動を取る。
王家はそれに文句を言えない。
だって灰狼を『捨てたもの』『見たくないもの』としてあつかうという方針を決めたのは、王家の方なんだから。
俺たちはそれに従う。
そして、王家とは距離を取る。
俺たちにとっても王家にとっても、それがいいと思うんだ。
そうして、俺とレイソンさんがこっそりと打ち合わせをした数日後。
灰狼領に、王都からの人質がやってきたのだった。




