第78話「灰狼侯爵領に帰る(2)」
船が黒熊領に着いたのは、その日の午後だった。
港にはたくさんの人々が集まっている。
桟橋近くにいるのは、鎧をまとった兵士たち。
主に弓兵だ。盾を持った兵士もいる。
うん。まあ、警戒するのはわかる。
王都の方角から船が高速近づいてきたんだからな。びっくりするよな。
しかも海は凪いだ状態だ。
港の警備兵からは、船が近づいてくるのがよく見えただろう。
そんなわけで、黒熊領は厳戒態勢。
矢を射られなかったのは、船が灰狼と黒熊の旗を掲げていたからだろう。旗印って大事だ。
それでも兵が集まっていたのは、旗印が偽装という可能性があったからだと思う。
黒熊領側が警戒態勢を解いたのは、カナール将軍たちの声が届く距離になってからだ。
「こちらは将軍のカナールと黒熊領の兵団である。同行しているのは魔王コーヤ=アヤガキどのと、そのご一行である!」
「「「我々は無事に役目を果たし、王都より帰還した!!」」」
「至急、黒熊侯代行のカリナ=リトルベアさまにお目にかかりたい!!」
カナール将軍たちはそんな言葉を叫び続けていたんだ。
おかげで船が接岸するころには、黒熊侯代行のカリナさんも港に到着していた。
彼女は、侯爵代行としての正装を身につけていた。
弓兵や盾兵は引っ込んで、代わりに港には儀仗兵が集まっている。
まるで一国の王や、王家の使節をむかえるような様子だった。
カリナさんはきっと、カナール将軍たちが役目を果たして戻ってきたのがうれしいんだろうな。
黒熊領はジュリアン王子と、序列一位の金蛇侯爵家から干渉されていた。
『偽魔王軍』による誘拐事件もあった。
カリナさんも領民たちも、相当なストレスを感じていただろう。
そこにカナール将軍たちが無事に帰還したんだ。
彼らのうれしそうな声を聞けば、王都との交渉が成功したことはすぐにわかる。
領民あげての大歓迎になるのも無理はないよな。
「ただいま戻りました。カリナさま!」
「「「無事に役目を果たして戻ったことをご報告いたします!!」」」
船が接岸すると、カナール将軍たちが次々に降りていく。
みんなカリナさんの前に集まって、膝をついている。
彼らが竜王ナーガスフィアの方を指さしているのは、竜王が味方だってことを伝えているんだろうな。魔物だと勘違いされたら戦いになるかもしれないからな。
竜王は気が利くから、港の近くでは水中に隠れてくれているんだけど。
きちんと報告してくれるのは、カナール将軍の心遣いなんだろうな。
「俺も挨拶をしてくる。ティーナ。頼めるか」
「はい。マスター。それじゃ──」
「「「通常魔法。『レビテーション』!!」」」
ティーナの指示で精霊たちが浮遊魔法を発動する。
俺とティーナはふわふわと移動して、桟橋へと降り立つ。
「カナール将軍、および黒熊領の方々を無事に故郷に帰せたことを幸いに思う」
俺はカリナさんに向けて、魔王口調で言った。
「王都と話はついた。今後、王家が黒熊領に手出しすることはないだろう。王都と黒熊領の間に防壁を作る件についても、許可をもらってきた。その時期については、後ほどお伝えする。どのような交渉が行われたかについては、カナール将軍に聞いてもらいたい」
「あ、あの。魔王さま」
カリナさんが、俺の方を見た。
彼女の手には封をされた書状があった。
本来は侍従に持たせるものだけれど、そういうのはまだ慣れていないらしい。
「こちらを、お納めいただけますでしょうか」
カリナさんは両手で書状を捧げ持ち、俺に差し出した。
「魔王さまに申し上げます。現在、黒熊領は灰狼領と同盟関係にあります」
「ああ、そうだったな」
「私どもはそれに加えて、魔王コーヤ=アヤガキさま個人との友好関係を結びたいのです」
「俺個人と?」
「黒熊領の者たちはコーヤ=アヤガキさまを信頼しております。その証として友好関係を結び……できれば、灰狼領と同じ立場になりたいのです」
カリナさんの表情は、真剣そのものだった。
彼女の後ろには黒熊領の人々がいる。全員、カリナさんの提案にうなずいている。
みんな、俺個人と友好関係を結ぶことに異論はないらしい。
……俺と黒熊領との友好関係かー。
まあ、気持ちはわからないでもないけど。
俺はこれから黒熊領と王都との間に、巨大な防壁──『ギガンティック・ストーンウォール』を設置することになる。
そのために黒熊領の中を、あちこち移動することになる。
魔王が領地をうろつくんだ。領民たちは落ち着かないだろう。
でも、正式な友好関係を結べば、少しは安心できる。
領民を説得することもできる。『あの魔王は友好関係の書類に署名している。だから、魔王がうろついていても心配しなくていい』と。
友好関係の書類には、そういう意味があるのかもしれない。
侯爵代行は第一に領民のことを考えなきゃいけないからな。
カリナさんも大変だ。
「わかった。魔王コーヤ=アヤガキは、黒熊領と友好関係を結ぶ」
「ありがとうございます!! ところで、魔王さま」
「うん?」
「黒熊領で一泊なさいますか? それならば、歓迎の準備をいたしますが……」
「いや、このまま灰狼に帰るつもりだ」
竜王に船を動かしてもらえば、日暮れ前には灰狼の港に着ける。
多少遅れても大丈夫だ。竜王は、夜目が利くそうだから。
竜王は普段、水中を移動しているからな。
昼も夜も関係ないらしい。
真っ暗闇になっても、安全に船を航行させられるそうだ。
「灰狼侯のレイソンさまも心配しているだろうからな。早めに帰らないと」
「そ、そうですか……と、ところで、魔王さま!」
「ん?」
「魔王さまは、王でいらっしゃいますよね?」
「……ん? ああ、そうだな」
魔王も『王』のひとつだ。
だから俺の『王位継承権』スキルで継承できたわけだし。
「そうだな。魔王は間違いなく、王だ」
「そうですよね。それで魔王さまは、王として、領地の民の幸せを願っていらっしゃいますよね?」
「もちろん」
聞かれるまでもない。
俺は灰狼領の人々が平和で、幸せに暮らせるようにするために、魔王をやっている。
魔王として、レイソンさんの領地の民の幸せを願っているわけだ。
それは間違いない。
「ああ。俺は、領地の民の幸せを願っている」
「……わかりました」
カリナさんは興奮した表情で、うなずいた。
「コーヤ=アヤガキさまは王であり、領地の民の幸せを願っていらっしゃる。だからあなたの王国は平和で豊か……そういうことなのですね?」
「そうだな。俺がいる王国は平和で豊かであって欲しいと思っているぞ」
ランドフィア王国についての責任は取れないけどな。
その王国の中で、灰狼領は平和で豊かであって欲しいと思っているし、そのために力を尽くすつもりでいる。
そんなの、わかりきってることだ。
「ありがとうございました。魔王さま」
カリナさんは俺に向かって、深々と頭を下げた。
それから、背後いる者たちの方を見て、
「聞いての通りです。コーヤ=アヤガキさまは王でいらっしゃいます。そして、この方がいらっしゃる国は平和で豊かな土地となります。これから皆で話し合って、黒熊領の身の振り方を決めようではありませんか!!」
「「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」」
歓声が上がった。
よかった。黒熊領は完全に味方になったようだ。
これからは灰狼との交流も進むだろう。
俺が黒熊領をうろついていても、警戒されることもなくなるかもしれない。
俺の居場所はまた、広がったのかもしれない。
黒熊領の人たちが俺を受け入れてくれれば、この地も俺の居場所なるはずだ。
俺は灰狼領と黒熊領を、自由に移動して、好きに生きることができる。
居場所が広がっていくんだ。
よかった。
魔王をやっていたかいがあったな。本当に。
──そんなことを考えながら、俺は船に戻ったのだった。
船は進んでいく。
午後の日差しの中を、灰狼領に向かって。
船に残ったのは、俺とアリシアとティーナとメルティ。
たくさんの精霊たちと、40体を超える『不死兵』たちだ。
俺たちは甲板に腰を下ろして、沈む夕陽を眺めている。
灰狼領まではもうすぐだ。
帰ったら竜王を継承して……あとは、しばらくのんびりできるかな。
あ、でも、『不死兵』の引き渡しと、王都からの人質の件があったか。
……そのあたりは灰狼侯のレイソンさんに相談しよう。
レイソンさんなら、きっといいアドバイスをくれるだろう。
俺のやるべきことは、少しずつ減っていくはず。
というか、アグレッシブな魔王ってまわりを不安にしそうだからな。
魔王は、のんびりとだらけているくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
そんなことを考えていると──
「あの、コーヤさま」
──アリシアがじっと、俺の顔を見つめていた。
「実は……黒熊領でのやりとりで、気になったことがあるのです」
「気になったこと?」
「カリナさまは、コーヤさまを『王』と呼んでましたよね?」
「ああ。魔王も『王』だからね」
「その後で『王として領地の幸せを願っている』『あなたの王国は平和で豊か』と言ってました」
「間違ってないよ。俺は魔王と精霊王で、俺のいるランドフィア王国が平和で豊かであって欲しいと思ってるから」
「はい。わたくしはコーヤさまのおっしゃりたいことがわかります。でも……」
アリシアは首をかしげた。
「カリナさまはもしかして、少し勘違いをされているのではないでしょうか?」
「というと?」
「……カリナさまは、コーヤさまが灰狼を領土とする王国を打ち立てるとお考えてなのではないでしょうか?」
「…………」
「…………」
「……だからカリナさんは『あなたの王国』と言ったのか?」
「……かもしれません」
「だとすると……どうなるんだ?」
「カリナさまは『黒熊領の身の振り方を決めよう』とおっしゃっていました。ということは、黒熊領の人々はランドフィア王国から離れて、コーヤさまの王国に帰属したいと考えていらっしゃるのではないかと……」
「…………アリシア」
「は、はい」
「それはさすがに……考えすぎじゃないかな?」
「そ、そうでしょうか?」
「だって、俺は異世界人だよ? 別世界からやってきた人間が、魔王と精霊王をやっているだけだよ? その俺に、黒熊領の人たちが臣下として仕えるって、あると思うか?」
「………………わかりません」
アリシアは難しい顔になる。
「ただ、黒熊領の人たちがランドフィアを離脱するタイミングとしては、今が最適です。リーナス王陛下は病床についています。そして、ジュリアン殿下は失脚されました。さらに、大量の『不死兵』がコーヤさまの手元にいて、灰狼領と黒熊領は王家と不戦協定を結んでおります。ですから、王家は黒熊領に手を出せません。黒熊領がランドフィアを離れてコーヤさまに帰属すると宣言しても、王家は文句を言えない状態です」
「……それは、確かに」
「しかも、国王陛下の病状が他国にばれてしまっております。この機会に他国がランドフィアに侵攻してきた場合、王家は決して、灰狼と黒熊を敵に回すことができません」
「南北から攻撃を受けることになるからか」
「はい。灰狼と黒熊を敵に回すよりも、独立を認めてしまった方がリスクが低いです。カリナさまはそれをわかっていて、ランドフィアから独立するおつもりなのではないかと。その上で、コーヤさまの王国に帰属しようとお考えなのでは……」
見事な分析だった。
さすがはアリシアだ。
……黒熊領がランドフィアを離れて、俺に帰属する……か。
ないとは思うんだけどな。
いくらなんでも短期間で国の体制が変わりすぎだろ。それは。
ただ、万が一そうなったとしたら……その時は。
「……責任を取るしかないかな」
灰狼領を独立させることについては、ずっと考えていた。
というか、灰狼領は元々独立しているのと変わらないんだよな。
アリシアたちも領民も、領地の外に出ることを禁じられていて、他の領地との交流もほとんどなかったんだから。
だから灰狼の人たちは、ランドフィア王国への帰属意識が薄い。
独立しようと持ちかけたら……乗ってくるかもしれない。
それに黒熊領が加わったら、色々と複雑にはなるだろう。
だけど、協力して国を作るのは不可能じゃない。
灰狼領と黒熊領を統合した、新たなる国づくり。
それもまた、楽しそうな気がする。
まあ……ナタリア王女と話をつけるのは、大変そうだけどな。
「それじゃアリシア」
「はい!」
いや、なんで目を輝かせてるんだよ。アリシア。
すごくわくわくした顔をしてるし。
独立を希望しているのはカリナさんじゃなくてアリシアの方じゃないのか?
うん。まあ、いいか。
アリシアは俺の共犯者なんだから。
これまでも協力してマジックアイテムを私物化したり、精霊王の封印を解いたり、魔王剣を私物化したりしてきたわけだし。
王家に対する罪がひとつ増えるくらい、どうってことないだろ。
「共犯者としてお願いだ。俺たちが独立するとしたらどんな手続きになるのか、調べてもらえるか?」
俺は言った。
「言っておくけど、仮の話だよ? これから黒熊領に防壁を作らなきゃいけないし、王都から人質についての交渉団も来るからね。それが終わってからの話だ」
「は、はい。もちろんです!」
アリシアはすごくいい笑顔で、うなずいた。
それから俺は、
「まずは帰って、レイソンさんを安心させよう。あとの話は、それからだ」
「はい。コーヤさま!!」
そんな感じで、船は灰狼領に向かって進んで行くのだった。
今回で第2章は完結となります。
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第3章は、ただいま準備中です。
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