第77話「灰狼侯爵領に帰る(1)」
俺たちは船に乗り、灰狼侯爵領に向けて出発した。
乗客たち──特に黒熊領の人たちはおどろいていた。
彼らは竜王を見るのもはじめてだからな。
最初は船に乗るのも怖がっていたくらいだ。
彼らが船に乗り込んでくれたのは、カナール将軍の説得のおかげだ。
「コーヤ=アヤガキどのは、人の味方をしてくれる魔王だ。それは黒熊領の我々が、一番よく知っているのではないか?」
将軍はそう言って、まっさきに船に乗り込んでくれたんだ。
黒熊領の兵士たちはその後に続いた。
おかげで、黒熊領の人たちを全員収容することができた。
よかったと思う。
俺たちだけが船で帰って、黒熊領の人たちは徒歩で……というわけにはいかないからな。移動中に王都側がなにかしてくるかもしれないし。
不戦協定を結んだとはいえ、ナタリア王女は油断できない。
だから黒熊領の人たちは、きちんと領地まで送り届けたいんだ。
やがて、王都の連中が見守る中、船が動き出す。
船は水面を滑るように進んでいく。
帆船なのに、風の向きはまったく関係ない。
たぶん、竜王が潮流を操っているんだろう。
王都の人々は、ぽかん、と口を開けて、俺たちを見送っていた。
たぶん、呆然としていたんだと思う。
もちろん、おどろいたのは乗客たちも同じで──
「まったく揺れないのだが」
「風景だけが、後ろに流れていきます」
「しかも速いのだが!? この力があれば、灰狼は大兵力を動かせるのでは!?」
「前方で竜王どのがにやりと笑っているのが怖いのだが!?」
──俺は黒熊領の人たちから、色々な感想を聞くことができた。
俺とメルティは船の舳先近くに立ち、竜王ナーガスフィアを眺めていた。
竜王は長大な身体をくねらせながら進んでいく。
なのに、波しぶきはほとんど立てない。
それでいて船はかなりの速度を出している。
感覚としては、元の世界の特急電車くらいだろう。
本当にすごいな。竜王の力って。
「あのね、コーヤさん」
なびく髪をおさえながら、メルティが言った。
「今回、あたし、あんまり役に立てなかったかも」
「そんなことはないよ。メルティは、十分力を貸してくれた」
メルティは『不死兵』に水上歩行の加護をつけてくれた。
おかげで、金蛇侯爵家の船団を、あっさりと降伏に追い込むことができた。
『偽魔王軍』との戦いのときもそうだった。
メルティは川で波しぶきを立てることで、奴らの気を引いてくれた。
なによりメルティは『魔力の泉』の存在を教えてくれた。
おかげで『不死兵』も強化できたし、王家のマジックアイテムの管理権限を奪うこともできた。
それは十分すぎる活躍だと思うんだ。
「というか、役に立つとかは考えなくてもいいだろ。メルティは灰狼の客人なんだから」
「そうなんだけど……アリシアさんやティーナさんを見ていると、もやもやするというか……」
メルティは頭を振った。
「……よくわかんない」
「それでいいよ。メルティも竜王さまも、灰狼でゆっくりしてくれれば」
「それがね。お父さまはまた、旅に出るみたい」
「旅に?」
「うん。お父さまは今、あたしに話しかけてきてる。『我が母港は灰狼である。だが、自分はもっと世界を見てみたい。封印された後に世界がどうなっているのか、この目で確かめてみたいのだ』って」
そう言って苦笑いするメルティ。
「自分は自由に旅したい。でも、帰ってくる場所は灰狼にしたいんだって。勝手なお父さまでごめんなさい……」
「別にいいよ。竜王さまの自由にしてくれれば」
母港が灰狼だと言ってくれるだけで十分だ。
それは、竜王が灰狼の味方になったことを意味する。
いつか竜王は、灰狼に帰ってくる。そしてまた、力を貸してくれる。
それはすごいことだと思うんだ。
「誰かを一カ所に閉じ込めるのは灰狼のやり方じゃないからな。竜王さまは自由にしてくれていいと思う」
「……そうなの?」
「ああ。それで、メルティはどうするんだ?」
「あたしは、灰狼に残るわ」
メルティは真面目な表情で、うなずいた。
「それでね、お父さまは旅に出る前に、次の竜王を決めておきたいんだって」
不意に、メルティが俺の手を取った。
小さなふたつの手で、俺の手を包み込む。
「次の次の竜王はあたしになるみたい。でも、あたしはまだ未熟だから……あたしが大人になるまでは、コーヤさんに竜王の位を預かって欲しいんだって」
「俺が? でも、俺は竜の一族じゃないんだけど」
「そのあたりはなんとかなるみたい」
メルティは、照れた顔で首をかしげた。
「コーヤさんは精霊王の位も、魔王の位も継承してるでしょ? それなら竜王の位も継承できるんじゃない?」
「それは確かに」
俺には『王位継承権』スキルがある。
その力で俺は精霊王と魔王を継承してる。
竜王も『王』なんだから、継承はできるだろう。
「竜王になるとコーヤさんには『水上歩行』『水中呼吸』『不可侵の鱗』の加護がつくわ。それって、便利だと思わない?」
水上歩行は、水上を地面のように歩くスキル。
水中呼吸は、水中でも息ができるようになるスキル。
不可侵の鱗は、皮膚をうろこ状に変化させて、高い防御力を得るスキルらしい。
「あとは、あたしへの命令権もつくわよ?」
「メルティへの命令権?」
「ほら、あたしって、自分の意思で竜の姿になれるでしょ? でもね、竜王の許可があれば、もっと大きなサイズの竜になれるの。竜王の命令で竜になれば、この船を引っ張るくらいはできるようになるわ。遠くの海へ偵察にも行ったりできるわよ?」
「メルティが巨大な竜の姿に、か」
「あたし、立派な竜の姿になりたいなあ」
……おいこら。
なんで上目遣いで、ちらちら俺を見てるんだよ。メルティ。
「コーヤさんが竜王を継承してくれれば、竜になって自在に海を移動できるのになぁ。もっと役に立てるのになぁ。竜王の位、引き受けて欲しいなぁ」
「あのさ、メルティ」
「うん。コーヤさん」
「そういう説得方法って、どこで覚えたんだ?」
「灰狼で。アリシアさんの書庫に入ったときに。こんなふうに男性を説得するお話があったわよ?」
「アリシアは普段どんな本を読んでるんだよ……」
「読んだ形跡はなかったわ。アリシアさんの趣味には合わなかったみたい」
「ちなみに、アリシアの趣味って?」
「ごめんなさい。それは、あたしの口から言うわけにはいかないの」
なんでここで赤面する?
いや、許可を求めるようにアリシアを見ても意味がないんだが。
アリシアは遠慮して離れたところにいるからな。
風が強くて、声は届かないだろうし。
「我が父、竜王ナーガスフィアの意を受けて、竜姫メルティより、魔王であり精霊王でいらっしゃるコーヤ=アヤガキさまに願いたてまつります」
メルティは、俺の前に膝をついた。
「竜王と竜姫の願いをお聞き届けください。どうか竜王の位を継承してくださいませ。コーヤ=アヤガキさま」
「ああ、わかった」
俺はうなずいた。
びっくりするほど迷いはなかった。
俺はもう、精霊王も魔王も継承してるからな。
もうひとつ王位が増えるくらい、どうってことないだろ。
メルティは強力な竜の姿になりたがってる。
たぶんそれは、強い竜の姿になれば、遠い海にいる父親に会いに行けるようになるからだろう。
俺が竜王になってメルティの側にいれば、いつでも、それができるようになる。
大きな竜になって海を渡るメルティを想像すると、なんだか、わくわくする。
そのために竜王を継承するのも、悪くないと思うんだ。
「精霊王にして魔王のコーヤ=アヤガキ、ナーガスフィアさまから竜王の位を継承させていただく」
「ありがとう! コーヤさん!!」
「それで、竜王を継承するって、どうすればいいんだ?」
「……ちょっとした儀式が必要みたい」
メルティは両手で俺の手を包み込んだまま、照れた顔で、
「それは灰狼に戻ってから説明するわ」
「そうだな。落ち着いてからの方がいいだろうし」
「コーヤさん。ううん。竜王陛下」
「ん?」
「あたしの主君になると言ってくれて、ありがとう」
メルティは潮風の中で、満面の笑みを浮かべたのだった。
次回、第78話は、今週中に更新する予定です。




