第76話「ランドフィア王都攻防戦(6)」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、第76話からお読み下さい。
ナタリア王女は、ゆっくりと近づいてくる。
以前のように『通信用の鏡』は使っていない。
マジックアイテムの『槍』を手にした兵士を釣れているわけでもない。
ナタリア王女は直接、俺と話をするつもりのようだった。
「はじめに、弟のことをお詫び申し上げます」
ナタリア王女はスカートの裾をつまんで、一礼した。
「弟が金蛇侯爵家を動かして黒熊領に兵を向けたこと。交渉の場に『不死兵』を差し向けたこと。すべて、あの子の過ちです」
あの子の過ち、か。
つまり、王家全体の過ちではない、ってことか。
「その過ちに、王家はどう対応するつもりだ?」
「あなたの要求をすべて受け入れましょう」
ナタリア王女は、淡々と答えた。
「金蛇侯爵家から軍船を取り上げることと、王家と灰狼侯および黒熊侯との間に不戦同盟を結ぶこと。そして、王家より灰狼領に人質を送ること。これらを王家の名において承認いたします」
「大盤振る舞いだが、いいのか?」
「魔王に領地へ帰ってもらう代償としては、妥当かと」
「確かにな」
俺たちは大量の『不死兵』を引き連れて、王都の前に集まっている。
今すぐに王都に攻め込むこともできる。
もちろん、王家は『不死兵』やマジックアイテムで対抗してくるだろうけれど、被害は出る。
しかも、俺の『不死兵』が増えたのはジュリアン王子のミスによるものだ。
これで王都の住民に被害が出たら、ランドフィア王家の威信は地に落ちる。
その上、聖女は他国に『国王が病床にいる』って情報を流したらしいからな。
その情報をもとに他国が動くこともあり得る。
俺たちと戦っている状態で、別方面から他国が攻めてきたら、ランドフィア王国は挟み撃ちにあうことになる。そうなったらさらに被害は増えるだろう。
だから王家は、俺たちにさっさと帰って欲しいんだろうな。
こちらの要求を丸呑みするのは、そのためだ。
「聞いてもいいだろうか? ナタリア王女よ」
「なんでしょうか。魔王さま」
「ジュリアン王子は、これからどうなるのだ?」
「あの子は……戦に行くことになるでしょう」
ナタリア王女は遠い目をして、そんなことを言った。
「ジュリアンは国を乱した責任を、戦場で取ることになるのです。詳しく申し上げる義理はありませんが……あの子が灰狼領や黒熊領の者の前に姿を現すことは、二度とないでしょう」
「それが、王家の者の責任の取り方か」
「そうですね。これで次の王位は、私が継ぐことになりましょう」
「祝辞を申し上げた方がいいか?」
「まさか。私は……自分が王位につくことなど、望んでいませんでしたから」
口元を押さえて、ナタリア王女は笑った。
「王にふさわしいのはジュリアンのように、裏表のない者の方がよいのです。その方が、臣下も安心して仕えることができましょう。陰謀をめぐらし、暗躍を善しとする王は、平時にはふさわしくないのです。正しい臣下を得られるなら、王にふさわしいのはジュリアンの方だったのでしょうね……」
それはたぶん、俺に向けられた言葉じゃなかったのだろう。
ナタリア王女は、王都の方角に視線を向けている。
それから彼女は、長いため息をついて、
「いずれにせよ、ここから先は王家の問題です」
「わかった。こちらも無用な干渉は望んでいない」
「申し上げた通り、そちらの要求はすべて受け入れます。そちらが管理権限を奪った『不死兵』についてですが……」
「それをどうするかは、我々が灰狼に帰ったあとの話だ」
今、『不死兵』を返すわけにはいかない。
いや、もともと全部を返還する気はないんだけどな。
『不死兵』を返した後で、背後から襲われる可能性だってあるんだから。
「後ほど、使者を送って欲しい。その者と交渉を行おう」
「承知しました」
ナタリア王女は、うなずいた。
「……そちらが警戒するのは、当然ですからね」
「使者とは、人質の話もしたいのだが」
「わかりました。人質の人選について、条件は?」
「王位継承権を持たない者で頼む。次期王位に関わる者だった場合、こちらも気を使うからな」
これは嘘だ。
王位継承権を持つ人間を人質にできない理由は他にある。
理由はシンプルだ。
王位継承権を持つ人間が来たら、マジックアイテムの管理権限を奪われる恐れがある……それだけ。
灰狼には『不死兵』をはじめとする、多数のマジックアイテムがあるからな。
それらの管理権限を奪われると、トラブルの元になってしまう。
だから、人質は王位継承権を持たない人間でなければいけない。
それが絶対条件だ。
「……王位継承権を持つ者を人質として出すわけがないでしょう?」
ナタリア王女は、あきれたような顔だった。
だけど、目は笑っていない。
俺が『王位継承権を持つ者は不可』としている理由に、彼女も気づいているのだろう。
「他になにかありますか? 魔王コーヤ=アヤガキさま」
ナタリア王女は静かな口調で、告げた。
「王家の者が、こうして交渉の場に来ているのです。言いたいことがあるならおっしゃってください」
「そうだな。では、許可をいただきたいことがある」
「なんでしょうか」
「これは黒熊領の者の希望なのだが、黒熊領と王都の間に防壁を設置したい」
「……防壁を」
「理由はわかるな?」
「ジュリアンが金蛇侯爵家を動かして、黒熊領に兵を向けたからですね」
「ああ。黒熊領の者は王家を警戒しているのだ」
「……承知しました。信頼を取り戻すまでは、ご自由に」
「王家としても、その方がいいのではないか?」
俺はできるだけ重々しい口調で、続ける。
「南方で紛争が起こりつつあるのだろう? 聖女が、使い魔を送り込んだ国との間で。王都の前に防壁ができれば、それは魔王が王都に干渉しないという証明になる。二方向から侵攻されることがなくなるわけだ。ならば、民は安心するのではないか? 」
ハッタリだった。
けれど、大きく外してはいないと思う。
聖女が異国と連絡を取ったことに、ジュリアン王子は本気で怒っていたからな。
「さあ、なんのことでしょうか?」
ナタリア王女は首をかしげた。
「仮に我が国が他国と紛争を起こしているとして……魔王は、それに乗じますか?」
「干渉しないと言っただろう?」
俺は肩をすくめた。
「敵を増やすようなことはしない。俺は人の味方をする魔王だからな」
「無敵の魔王のお言葉とは思えませんね」
「俺は自分が無敵だと思ったことはねぇよ」
「そうでしょうね。あなたは自分のできることと、できないことがわかっている。その上で、できることには責任を取ろうとしているのでしょう」
ナタリア王女は、深々と、俺に向かって頭を下げた。
「だからこそ、交渉相手として信頼できるのでしょうね」
「次期国王に評価されて光栄だ」
俺はナタリア王女に会釈して、背中を向けた。
そのままアリシアやティーナ、メルティのいる場所へと歩き出す。
ナタリア王女とは……また会うことになるだろうな。
ランドフィア王家との縁は切れそうにない。
少なくとも、俺が魔王をやっている間は。
ナタリア王女は危険な人物だ。
それでも交渉相手として信用できるのは、彼女が利害を重視する人物だからだ。
ナタリア王女は、ジュリアン王子を戦場に送ると言った。
聖女に踊らされて国を乱したジュリアンが王家にいることは、大きなデメリットになる。
だから、あいつは戦場へと送られる。
ナタリア王女は、そういうことができる人物なんだ。
ナタリア王女自身は、おそらく、ジュリアン王子を大切に思っている。
たぶん……彼女が言った『ジュリアン王子の方が次期王にふさわしい』という言葉は、嘘じゃない。
それでも彼女は、ジュリアン王子を切り捨てた。
国と、王家の威信を守るために。
ナタリア王女はジュリアン王子以上に、国というものを重要視している。
だからこそ、利害関係がわかる。
魔王との約束を破ることがデメリットになるって、わかるはずだ。
国のために弟を切り捨てられるナタリア王女は、怖い人物ではあるんだけどな。
「さてと、じゃあ、帰ろうか」
「はい。それでなんですが、コーヤさま」
「ん? どうした。アリシア」
「メルティさまのお話を聞いて差し上げてください」
「ティーナも、同意見なの」
アリシアとティーナは興奮した口調でうなずく。
メルティは、ぶんぶん、と手を振ってる。
なにか、俺に言いたいことがあるみたいだ。
「あのねあのね。コーヤさん──」
メルティは目一杯背伸びして、俺の耳に顔を近づけた。
そして、彼女が口にした言葉は──
「…………なるほど」
俺はふたたび、ナタリア王女の方に向かって、歩き出す。
ナタリア王女の隣には魔法使いダルサールと、宰相エドガー。
すでに彼女を次期王として認めているかのように、側に控えている。
うん。
権力者が3人そろっているなら、ちょうどいいな。
「ナタリア王女に、もうひとつ頼みがあるのだが」
「……なんでしょうか?」
「船をお借りしたい。できるだけ大きなものを」
「船を」
「ああ」
「金蛇の船をどのように分配するかは、のちほどお伝えするつもりですが?」
「今、船が必要なんだ。王家も、俺たちがさっさといなくなった方がいいだろう?」
「おっしゃる意味がわかりません」
「俺の仲間の父親が、ちょうど近くに来ているんだよ。せっかくだからその者に、灰狼まで運んでもらおうと思ってな」
「……は?」
ナタリア王女が、ぽかん、と口を開いた瞬間。
ざばああああああああああぁん!!
海の方で、巨大な水音がした。
俺たちがいるのは王都に近い、海沿いの街道。
ここからは海の様子がはっきりとわかる。
海に立った、巨大な水柱も。
飛び散った水滴が生み出す、七色の虹も。
その中央で鎌首をもたげている、竜王ナーガスフィアの姿も。
『我が友の魔王と、娘のメルティはどこにいるのだ? 長い旅を終えて灰狼に戻れば不在で、レイソンどのからは王都に行ったと聞いたのだが? どこにいるのだ──っ!?』
「こちらです。ナーガスフィアさま。ちょうど帰るところです!」
「お父さま! 人間を驚かせたら駄目でしょ!」
俺とメルティは竜王に向かって手を振った。
竜王ナーガスフィアは目覚めたあと、海を巡回していた。
それが終わって灰狼に戻ったら、俺とメルティは留守だった。
だからレイソンさんに居場所を聞いて、訪ねてきたらしい。
メルティは父親の存在を感じ取っていた。
だから竜王が近づいているって、俺に教えてくれたんだ。
船があれば、みんな素早く灰狼に帰れるんじゃない? って。
「……竜王、ナーガスフィア。あんな存在までも目覚めていたなんて」
「言い忘れていたが、竜王は灰狼の客人。いわば、住人だ」
俺はナタリア王女に告げた。
「当然、王家は灰狼へは不干渉なのだから、竜王にも不干渉を貫いてもらう。竜王の娘のメルティは俺の友人でもあるからな。竜王への攻撃は、魔王への敵対とみなす」
「あなたは竜王という切り札を隠していたのですか!?」
「竜王を道具みたいに言うな。竜王は俺たちを迎えに来ただけだ。船を用意してもらえれば、竜王がそれを動かしてくれる。俺たちはさっさと姿を消すことになる」
「…………それは」
「俺たちが素早く立ち去ることは、王家のメリットにもなると思うのだが?」
「……あなたはやはり、油断できない相手です」
「魔王だからな」
「使者を送ります。竜王の話は、そのときに聞かせていただきましょう」
「船は?」
「すぐに用意します!」
ナタリア王女は俺をにらみつけながら、宣言した。
後のことは魔法使いダルサールと宰相エドガーに任せる、と告げて、彼女は王都へと歩き出す。
振り返ることは、なかった。
そうして俺たちは魔法使いダルサールと宰相エドガーの手配で、灰狼に帰るための船を入手したのだった。




